タイヨ・オノラト&ニコ・クレブスは、ともにスイス出身のアーティスト・ユニット。全米を旅しながら、アメリカの象徴的なイメージを撮影・収集し、その歴史をユーモラスに、そして時にクリティカルに解体しながら新しいイメージを再構築したシリーズ「The Great Unreal」や、スイスからモンゴルまでを車で横断して制作した「Eurasia」など、現実の風景と虚構が織り成す作品シリーズで知られる。今回の制作現場は、建物の手前に角材を組み立て、建物の輪郭、そしてそこから延長された「空間」を作り出すだまし絵のような写真作品「Raise the Bar」の撮影。ベルリンの広大な空き地で、黙々と作業をするオノラトの姿を見つけた。
カイ・フォン・ラベナウ=写真
ユーモラスな視点でとらえる都市へのオマージュ写真
―ユニットとしての活動を始めたきっかけとは?
13年前、チューリッヒ芸術大学で知り合いました。はじめはファッション写真や建築写真のコミッションワークからスタートし、徐々にアートの方向へ進んでいきました。初期はいつも二人で一緒に制作をしていましたが、最近では、ニコがスロバキアに拠点を移したこともあり、個々に制作をするケースも増えています。例えば、ニコは現在、南アフリカで映像の制作をしていて、私はベルリンで二人のアシスタントと「Raise the Bar」の続編に取り組んでいます。それぞれ個別に制作した成果物も、二人の共同作品として発表しています。
―写真のみならず、彫刻やインスタレーションなど多様なメディアを用いる独自の作風には、どのようにして至ったのでしょうか?
写真を最も長い間続けているので、私たちはいつも、写真へと戻ってきます。そこからまたメディアの境界へと挑戦しています。その境界がどこにあるのか、そしてそれをどのように拡張することができるのかを試しているのです。
―ベルリンに拠点を移した理由とは?
大学を卒業し、奨学金を得てニューヨークに一年半滞在した後、スイスに戻ったのですが、チューリッヒの街は小さすぎると感じられました。私たちはドイツ語を話しますし、ベルリンは物価も安い。私たちにとって、気軽に移住できる場所だったのです。
―では、制作中のプロジェクト「Raise the Bar」の続編について、話を伺いたいと思います。2009年にスタートし、2013年に写真集を刊行した後も継続していたのですか?
2013年以降ストップしていたシリーズですが、私はまだ同じ街に住んでいますから、この春から継続することにしました。夏になると木々が生い茂りすぎて建築が引き立たなくなってしまうし、屋外での作業にベルリンの冬は寒すぎるので、春か秋がベスト。現在制作しているこの作品が、どのようなものになっていくかまだわかりませんし、作品のタイトルも違うものになると思います。
―「Raise the Bar」がスタートした経緯を教えてください。
最近ではもうほとんど見られなくなりましたが、ベルリンには不法占拠された建物が残っていて、その壁にはよく政治的なメッセージが書かれていました。最初は、それらの文字を使って作品を作ろうとしていましたが、私たちの興味は次第に建築そのものへと移りました。また、はじめはカラーで撮っていましたが、ベルリンはあまり美しい街ではないこともあり、モノクロームで撮影することにしたのです。それによって、建物のラインだけが強調され、前景と後景がうまく溶け合うようになったんです。制作プロセスは、まずベルリンの街を車で回り、建築とともに撮影するのに十分なスペースのある空き地を見つけたら、角材を組み立て、デジタルカメラでテスト撮影をします。問題ないと判断したら準備をし、最終的には大判カメラで撮影。これまでにベルリンのさまざまな地域で制作してきましたが、数年後にまったく違う風景になっていることも多いです。例えば、過去に撮影したポツダム広場の近くには、いまでは巨大なショッピングモールが建設されています。本作は、場所へのオマージュであり、ドキュメンテーションともいえます。
―どのような基準で、撮影する場所を選ぶのでしょうか?
空き地にはおそらくこれから何かが建設されるでしょうが、それが何かはわかりませんし、その場所の歴史についても調べたりしません。単純に存在感のある建築と、その前に空き地のある場所を探します。野外での制作はパフォーマンスであり、カメラがそれを記録するととらえています。グラフィティーとは違い、痕跡を残しません。ベルリンの冬は灰色で、気分も落ちてしまいます。このプロジェクトは、自然の中へ出かけるので――とはいえ大自然というよりは都市の中の自然ですが――屋外で1日を過ごすきっかけとなり、思考にも刺激を与えてくれます。都市と関わりながら、何かを組み立てて楽しみ、それを作品にする。シンプルで詩的な方法で、とても気に入っています。
Taiyo & Nico’s Tools
オノラトのアシスタントが、現場の地面に並べてくれた道具の中で、目を引いたのが、「ゼットソー」と書かれた日本製のノコギリ。ベルリンの工具店で購入したものだそう。「ヨーロッパのノコギリは、大体押すのが主流なんだけど、日本のこのノコギリは引いて使うんだ。そんなに力を入れなくてもすぐに切れちゃうから、ものすごく効率がいい。長く愛用しているよ」とオノラト。今回の屋外での撮影のための必須アイテムは、角材をつなぎ合わせるための釘や、電動ドリルとそのバッテリー、角材を土に固定する時に用いるハンマー、釘抜きのためのペンチなど、制作方法も道具もシンプル。そしてレンタカーの荷台には、たくさんの角材が積まれていた。
タイヨ・オノラト&ニコ・クレブス|Taiyo Onorato&Nico Krebs
ともに1979年スイス生まれ、2005年にチューリッヒ芸術大学を卒業。同年、イエール国際写真フェスティバル、13年にはアムステルダムのFoam Paul Huf Awardでグランプリを受賞。ドイツ証券取引所写真財団賞2017にノミネートされた。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。