2 March 2020

How They Are Made

vol.11 ロバート・ザオ(IMA 2018 Winter Vol.25より転載)

2 March 2020

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ロバート・ザオ「ラディカルでユニークな自然科学と芸術の融合」 | ロバート・ザオ

シンガポールを拠点とするロバート・ザオは、もはや動物学者と呼んでもいいのではないだろうか。幼い頃から自然に興味を抱き、動物園で写真を撮り始めたというザオは、リサーチに基づいたフィクションと独自の視点が生み出すファンタジーを組み合わせた作風で知られるアーティスト。例えば、金魚やリンゴ、卵など、一見生物の標本のような写真群が、実際は人工的に操作された架空のものであったり、インド洋に浮かぶクリスマス島の生態系を保護する想像上のプロジェクトを立ち上げたりしている。人間がどのように自然を理解しようとしているのか探求し、真実という概念に根底から揺さぶりをかける。研究室のようなアトリエを訪ね、作品の背景にある考えを訊いてみた。

ペイ・チュアン・タン=文
アーネスト・ゴー=写真

ラディカルでユニークな自然科学と芸術の融合

アルコール漬けにしたゴミムシの標本を見せるザオ。

アルコール漬けにしたゴミムシの標本を見せるザオ。

―独自のプロジェクト「動物学批評協力/Institute of Critical Zoologists(ICZ)」をスタートした経緯を教えてください。

今日の問題の多くは、私たち人間が、自らの住む世界よりもはるかに大きなシステムの一部にすぎないことを認識できていないことが原因です。人間は、自分たちこそ宇宙の中心的存在で、最も知的な生物であり、自分たちが引き起こした問題をすべて解決できると思い込んでいます。昔は自然保護のアクティビスト的な立ち位置で制作していましたが、彼らは偏見を持って科学を解釈する傾向があり、知識の体系である科学が、自然を尊重するための役割を十分に果たしていないと感じました。アートを通して、科学とは違う観点から自然について考察し、自分の解釈を表現する手段として2008年にICZを始めました。

―あなたの自然に対する独自の観点は、何から影響を受けていますか?

最近、私のスタジオの近くに白いカワセミが出没したので、多くのアマチュア写真家たちが撮影にやってきました。彼らがこぞって巨大な望遠レンズをカワセミに向けている中、私だけが小さな広角レンズを使っていました。明らかに視点が違いますよね。私は、20年間同じ方法で写真を撮っていて、それが私の世界を見る唯一の方法なのです。SNSやインターネットは、リサーチする上で非常に便利ですが、想像力をかき立てる物事との遭遇はほとんどありません。新しい場所を訪れるときは、できるだけ直感に頼って行動するようにしています。私の作品では、偶然が重要な鍵となっています。予想していなかったことが、結局のところ最も重要な発見だったということがよくあるので。

アーティストのスタジオにて。地元の高校が廃棄した理科室の実験器具のコレクションの前にたたずむザオ。

1956年にイギリス兵が撮影した、シンガポールのゴム・プランテーションを写した古い写真。そのほかにも、自然や動物が写っているファウンドフォトを何年もかけて集めている。昔はもっと動物の姿を見かける場所が、シンガポールにもあったという。 

種の発芽を示した標本。

顕微鏡に囲まれた瓶の中身は、アーティストが紙やすりを使って木を粉状にしたもの。


―制作の際に、科学者の協力を得ることもあるのでしょうか?

アートの観点から科学を解釈することに理解を示してくれるのは、自然に対する真の情熱と好奇心を持った科学者に限られますね。科学者の多くは、非常に客観的な視点で自然界を分類しているので、美的な観点からアプローチすることを理解できないのです。ある生態学者に、自然の中に設置された無人カメラがとらえた何千時間もの映像を解析し、その中から天使を探してほしいと頼みました。彼なら自分が見落とした何かを発見してくれるのではないかと期待したのですが、登場する鳥たちを分類するにとどまりました。科学者の目に映るもの以上の発見があると思うので、このビデオの解析をいまも続けています。また、これまでの制作を通して、科学者の多くは、世界を過去のある一時点で凍結させたい欲望に取り憑かれていると感じました。人類誕生よりもはるか昔の、エデンの園のような自然の状態に時計の針を戻そうとする人たちもいるのですが、自然はそんなロマンティックで生易しいものではありません。自然を「原始の」状態に戻すというアイデアは、自然を理解するというより、人間が自らを至高の存在としてとらえていることを如実に表しているのではないでしょうか。

―ドキュメンタリーとフィクションを融合するために、どのようにイメージを用いていますか?

イメージは、魔法のようなものです。いくつもの読み解き方があります。科学者たちと作品を制作したことで、私の描くフィクションとは、データのあるひとつの読み解き方にすぎないということがわかりました。私たちは、何かを目の前に提示されたとき、それが持つ情報に働きかけ、何らかの理解を導き出すためにさまざまな方法を試みます。イマジネーションを働かせるには、ゆっくりとしたペースで行うことが効果的だと思います。

「The Institute of Critical Zoologists」の看板が掲げられたスタジオの入り口

ゴキブリやヤモリ用のさまざまな捕獲器 

世界各地で集めた、生物にまつわる土産物

チンパンジーのロボット


―あなたの作品は非常に重層的です。プレゼンテーションの際のこだわりを教えてください。

作品を見せるときは、リサーチにおいて、私が実際にどのような体験をしたのかを伝えるようにしています。本の場合だと、読者への物語の伝え方をコントロールしやすいですね。最近、美術館で展示する機会が増えたのですが、成果物と合わせて、リサーチのために集めたオブジェや写真も発表しています。インスタレーションを通じて、重なり合ういくつものリサーチを、鑑賞者がそれぞれのペースで、体験してほしいと思っています。

―現在取り組んでいる作品は何ですか?

台湾で人々がどのようにして外来種を排除しているのかを調査し、同時にシンガポールにある“使い道がない”といわれている二次林に100台以上の無人カメラを設置し、その様子を記録しています。

Robert’s Tools

Robert’s Tools
廃校をリノベーションしたシンガポールのアートセンター、Goodman Arts Centre内にあるアトリエには、「Institute of Creative Zoologists (ICZ)」の看板が掲げられ、一歩足を踏み入れると、不思議なものたちが博物館のように陳列されていて、アーティストの頭の中に侵入したような感覚を覚える。今回選んでくれたツールは、撮影で使う無人カメラ、昆虫標本を作るためのピンセットやボトル、動物の実物大のレプリカ、フリマやeBayで集めた古いイメージ、動物を捕まえるためのわな、リサーチのために集めたヴィンテージの書籍など。彼が次々とものを集めて陳列するにつれて、写真を撮るまでの過程も制作の重要な一部であることが目に見えてわかり、動物学的な人間の視点に対する批判的な研究を中心に、あるひとつの物語がそこに展開されていった。

ロバート・ザオ

ロバート・ザオ|Robert Zhao
1983年、シンガポール生まれ。現在も同国を拠点に活動する。2008年にロンドンのCamberwell College of the Artsの写真学科を卒業し、2010年にはLondon College of Communicationの大学院で学ぶ。主な写真集に『A Guide to the Flora and Fauna of the World』『Mynas』などがある。

  • IMA 2018 Winter Vol.25

    IMA 2018 Winter Vol.25

    特集:日本写真のDNA

*展示情報などは掲載当時のものです

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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