How They Are Made

vol.10 イナ・ジャン(IMA 2018 Autumn Vol.24より転載)

7 February 2020

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イナ・ジャン「見る人に解釈を委ねる、穏やかな#MeTooの視点」 | Ina Jang, Utopia, Tangerine, 2017

Ina Jang, Utopia, Tangerine, 2017

色鮮やかなカットアウトを重ね、独自の抽象的な世界観を生みだすイナ・ジャン。2011年にイエール国際モード&写真フェスティバルで入賞し、顔や体の一部が不自然に切り抜かれた女性たちのポートレイトで一躍注目を集めた。その後も、世界各地で展示会を開催する一方、『花椿』『The New York Times』などの雑誌や新聞でコミッションワークを発表し、ボーダレスに活動の幅を広げている。近年は、彼女の軽やかで遊び心のある作風はそのままに、男性上位社会の問題をテーマとした作品制作に力を入れる。ブルックリンハイツの自宅兼スタジオを訪ね、アート作品と商業作品のあり方、#MeTooムーブメントやフェミニズムについて話を聞いてみた。

須々田美和=文
イナ・ジャン=写真

見る人に解釈を委ねる、穏やかな#MeTooの視点

見る人に解釈を委ねる、穏やかな#MeTooの視点

―雑誌や本の切り抜きを重ね合わせたり、型紙に色を塗ったりする制作のプロセスは、どのようにして生まれたのでしょうか?

アメリカに移住する前に、福岡にある日本語学校に妹と通っていたんです。来日当初は、言葉が通じなくて心細い思いをしました。そのような時期に、雑誌に載っている写真の真似をして撮影するアイデアが浮かび、妹を連れて日本の観光地を回って写真を撮り始めたんです。写真家になりたいというより、遊びの延長のような感じで、思いついたアイデアをすべて試しました。雑誌の切り抜きと自分の写真とを組み合わせ始めたのも、その頃です。

―その後、写真を専門的に学ばれたのでしょうか?

そこから写真に興味を持ち始め、東京工芸大学の写真学科に入学したんです。でも写真史や技術的な授業が多く、写真を使って何を表現するかとか、もともと自分が興味を持っていた制作を学べるクラスがなかったので早々に疑問を持ち始めました。その頃にデヴィッド・ラシャペルの本と出会い、ニューヨーク・スクール・オブ・ビジュアル・アーツのことを知りました。ラシャペルの想像力に満ちた作品から、この大学ならもっと制作や作品の主題にフォーカスできると思い、アメリカ留学を決めました。写真評論や哲学、写真表現について集中的に学んだことで、自分の世界観を作ることができたと思います。

黒色のモレスキンのノートにアイデアを書き留めるのは、学生時代からの習慣。南側の大きな窓からは、まぶしいほどの光が差し込んでくる。

壁に掛けてある作品は、「in a world without words」からの一枚。ラジエーターの上には切り抜きや絵筆、背景に使う色紙などが置かれていた。

パソコンの上の壁面は、作品を貼り、色や構成をチェックするスポット。

「Utopia」のために集めたグラビア雑誌の切り抜き。


―新作「Utopia」では、男性社会における女性への視線について疑問を投げかけていますが、色の選択や抽象性にこだわる背景を教えてください。

どちらも一義的な見方を避けるためにこだわっている点です。いまアメリカでは#MeTooムーブメントやフェミニズムの問題が、美術の世界だけでなく、政治的にも大きな問題としてクローズアップされて、「良い」「正しい」もしくは、「悪い」「誤り」というように一方向に偏った考えに陥る傾向があると思います。でも、フェミニズムにも多種多様な見方や意見があるべきで、絶対的に正しいひとつの考え方はないと思っています。色の種類が明らかにわかるような原色を避け、パステルカラーにすることで、見る人にそれぞれの見方をしてもらえます。また抽象性を高めることで、ジェンダー問題を人の記憶や琴線に直接的ではなく、感覚的に訴えたいと思っています。上から目線で「こう見るべきだ」と押し付けるのは避けたいのです。私自身、社会にはびこる権威主義や狭いものの考え方に嫌悪感を持っていて、オープンマインドにいろいろな見方が認められる社会が理想だと考えています。

―権威主義を嫌う背景は、ファッション写真とアートフォトを同等に発表する姿勢にもつながるのでしょうか?

まさにその通りで、私は、作品に序列をつけることはありません。『花椿』とは、2013年にG/P galleryで開催した個展「in a world without words」展を同誌の編集者が見にきてくれたことがきっかけで、何度かコラボレーションをしました。彼らは作家の意見を尊重し、自由に作るよう促してくれるので、制作がとても楽しいです。

作品に使用しなかった切り抜きが、次のプロジェクトで生かされることもしばしば。「Utopia」シリーズで残ったパーツから、どれをキープしておくか吟味している様子。

コラージュのためにカットしたフィルムは、トレーシングペーパーの袋に入れて分別。こちらは、「Mrs. Dalloway」で使用したフィルム。

居住空間でもあるので、部屋全体を使って作業するときは、ビニールシートを敷いて制作後の掃除が楽なように工夫するという。

キッチンにある本棚には、フェミニズム関係の書籍が多く並んでいた。


―「Utopia」の制作のプロセスを詳しく教えてください。

ノートにイラストを描いたり、頭に思い浮かんだことすべてを直感的に書き連ねることからスタートし、それから作品の構想を組み立てます。その後、インターネットやグラビア雑誌に載っている女性の写真をプリンターで印刷し、体の輪郭だけを切り抜きます。その切り抜きに部分的に色を塗り、色紙の背景の上でそれらをコラージュして写真を撮ります。最後にコンピューターで色調整をして完成です。

―自宅兼スタジオ内で、すべての作業が完成しているんですね。

「Utopia」に関しては、ここですべての作業が完結していますね。フェミニズムやジェンダー問題が主題なので、自宅で多くの資料や本を読み、大半の時間を過ごします。狭いスタジオタイプのアパートメントなので、作品や道具の管理には気を使っています。

―今後も、ニューヨークで作品制作を続けていく予定ですか?

ニューヨークに10年間滞在し、作家として一番大事な時期を過ごしましたが、移住することも視野に入れています。それがいつになるかはまわかりませんが、日本か韓国に戻るかもしれません。

Ina’s Tools

Ina’s Tools
雑誌や本、プリント、フィルムを切り抜くためのハサミやカッター、背景となる紙にペインティングするための絵筆、パーツを組み合わせるために用いるカラフルなマスキングテープなど、最もよく使う道具一式をピックアップしてくれたジャン。右上のL字のツールは背景の紙を固定するためのもので、中央にある木製の小さなキューブは、立体的なコラージュをセットアップして撮影するとき高低差を出すために使用する。左下のコラージュは、「Utopia」の試作品として作ったもの。隣にあるパステル絵の具を使って、グラビア雑誌の切り抜きの上に線を描き、「Utopia」の新バージョンとして試行中とのこと。

イナ・ジャン|Ina Jang

イナ・ジャン|Ina Jang
1982年、韓国生まれ。ニューヨーク在住。2010年ニューヨーク・スクール・オブ・ビジュアル・アーツを卒業後、2012年同校MPSファッション・フォトグラフィーで学ぶ。 2011年にイエール国際モード&写真フェスティバル、翌年にはFoam Paul Huf Awardのファイナリストにノミネートされた。これまでの主な展覧会に「Fashioning Identity」京都精華大学ギャラリーフロール(京都、2016)、デグ・フォト・ビエンナーレ2012(韓国)など。

  • IMA 2018 Autumn Vol.24

    IMA 2018 Autumn Vol.24

    特集:ミレニアル世代の“イット”フォトグラファーたち

*展示情報などは掲載当時のものです