23 January 2020

Interview
Yuji Hamada

濱田祐史インタヴュー
写真が空間になるとき:濱田祐史がめざす視覚の最深、アルミホイルの山の向こう

23 January 2020

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濱田祐史インタヴュー「写真が空間になるとき:濱田祐史がめざす視覚の最深、アルミホイルの山の向こう」 | 濱田祐史

現在、東京都写真美術館出開催されている新進作家6名による「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」で、濱田は山と水というテーマを軸に代表作のひとつ〈Primal Mountain〉と、新作〈watermark〉を対峙させている。同時期に写真集『Primal Mountain』を刊行し、またPGIで色について考察した個展「 K 」も開催するなど、精力的に活動を行っている。濱田の作品はまず技法やアイディアのユニークさに目がいきがちだが、今回は展示空間で作品をどう見せるかにもさまざまな仕掛けを施しているという。構想においても、制作プロセスにおいても複雑なレイヤーの集積から生まれる濱田の創作を紐解く。

インタヴュー・文=若山満大
写真=高野ユリカ(ポートレイト)

―「至近距離の宇宙」展では、二つのシリーズで空間が構成されています。そのひとつは、代表作でもある〈Primal Mountain〉です。このシリーズは、東日本大震災をきっかけに制作されたそうですね。

はい。錯綜する情報の中で、どうしたらいいのかわからなかったのは、たぶんみんな同じだったんじゃないでしょうか。どんな地位にあるかとか、立場に関係なく誰もが一個の身体として不安定な状況に晒されたのがあの震災だったのかなと思います。

自分としては、そんな時代の気分やムードを作品としてかたちにしたいと思ってはいたんですが、それには葛藤がありました。周りには被災地に行って写真を撮ったり、何らかのアプローチを試みる人もいましたが、僕はそうやって「当事者」になることに後ろめたさがあったし、何より当事者になりきれない自分自身と向き合うことが重要だと思っていました。だから、自分が今いる場所から何かできないかと考えたんです。

―きっと多くの人がその点で葛藤したでしょうね。つまり「当事者」とは何で、自分はどうやったら現地の生活者に感情移入できるのか。ただ、その問いに真摯に向き合えば向き合うほど、自分と被災地の隔たりだけが理解されていく。でも実際は、その絶対的な距離というか、寄り添えないという事実から出発するしかないんですよね。そういう意味で、濱田さんの「あきらめ」は正しいんだと思います。

震災から一カ月ほど経ったときに友人から山の写真をプリントされたポストカードが届いたんです。そのとき、その山の写真が嘘っぽく見えたんですよね。写ってるこの山は、果たして本物なのかなって。本当か嘘かわかんない。これって、いま漂ってる雰囲気と近いなって思ったんです。

僕はキッチンでタバコを吸うんですけど、ふと目をやった先に、ぐしゃっと折れ曲がったアルミホイルが置いてあったんですよね。陰影の入り方とか、ソリッドな輪郭とか、あのポストカードの山と本当によく似ていて。キッチンにいたせいか、そのイメージにさらにオーバーラップして来たのが、普後均さんの〈Flying Fryingpan〉でした。彼はフライパンに油を張って「星空のような景色」を作り出した。あの浮遊感と同質のものがそのアルミホイルにも宿っているような気がしました。

真実と虚が半ばする状態というか、写ってるものが何かわからなくする。その「何かわからない」という一点において、アルミホイルの山と自分たちが生きている現在がつながる気がしたんです。この飛躍は作品としての面白さでもあるし、祈りに近いものでもありました。目に見えない放射性物質に、そこはかとない不安を感じていた時期でしたからね。身近なものを用いて作品化することで、そういう不穏さや重さから解放したい。そう思っていたのかもしれません。また、真実と虚構のサイクルを行き来させるために背景は本物の空を用いなければならないと考えました。

〈Primal Mountain〉シリーズより

〈Primal Mountain〉シリーズより

〈Primal Mountain〉シリーズより

〈Primal Mountain〉シリーズより


―〈Primal Mountain〉と対になるかたちで、同展には〈watermark〉という新作を発表されています。この作品の特徴は、塩化銀紙(ソルティッド・ペーパー)を使ってプリントしているところですね。塩と硝酸銀を反応させて感光紙を作る、古典的な写真技法です。

この技法を用いるのは初めてだったため、何度かテストを繰り返しながら制作しました。今回発表した最大のプリントは長辺2.2メートルですが、こんなサイズのソルトプリントは気軽にやってられないと思います(笑)。というのも、材料の硝酸銀は劇薬で、取り扱いには細心の注意が必要だからです。でも、この作品の本質はこのバカバカしさにもある。

このシリーズは、東京湾の海水を塗って乾かした紙に、硝酸銀溶液を塗って感光紙を作ることから始まります。小さい方のプリントは、その上に水の流れをイメージしながら造形した食品用ラップを置いて制作したフォトグラムです。大きいプリントの場合は、何も置かずにそのまま直射日光に晒しています。すると、僕が硝酸銀溶液を塗っているときにできたストロークのムラだけが、紙の上に濃淡として現れる。さらにその上には、防腐剤として蜜蝋とラベンダーオイルをコーティングしています。写真は異なる物質の多層構造で成立しているわけですが、この作品はその構造それ自体を前景化させたものだといえます。

2.2メートルの〈watermark〉。「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」東京都写真美術館での展示風景。

2.2メートルの〈watermark〉。「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」東京都写真美術館での展示風景。


―なるほど。本来はその物理的なレイヤーを下部構造として、そこに結像したイメージが上部構造=表現内容になってくるわけだけど、本作は下部構造そのものを「内容」にしていると。

ストロークのムラが作り出す濃淡は、微細な物質の起伏が作り出したランドスケープだともいえるし、乳剤面が露出しているという点では「写真のヌード」だということもできます。

―いわば写真の 「生」 の状態ですね。写真の原理をシンプルな組成と技法で示したこともそうですが、ランドスケープやヌードという写真にまつわる概念を物質の側から再度とらえ直しているところも。要するに、写真を問い直している。

そうですね。原料も技法も完全に写真のそれなんだけど、結果だけ見れば、それは行為の痕跡でしかない。その中のどこに写真はあるのか、その答えは鑑賞者に委ねられています。何だかよくわからないものとして通りすぎてしまうこともあるかも知れません。

濱田祐史

―「名指せない」という怖さですよね。何ともわからないものと対峙するのは認知的に負荷がかかる行為だし、不快感や居心地の悪さをともなうものですから。

しかし、そういうところで発動する能力を、松岡正剛さんは「負の想像力」という言葉で説明しています。例えば「ない」という状態の中に何かを見出したり、深読みしたりすることがありますよね。そういう一種の誤読を経て「ない」という状態を更新していく創造性を、松岡さんは負の想像力といっています。〈watermark〉は、それを喚起してくれるんじゃないかなと期待してるんですけどね。

ちなみに、「至近距離の宇宙」展でやった〈Primal Mountain〉の展示にも、負の想像力を喚起するフックを仕込んだつもりです。複数の写真をロの字に配置した壁の対面に、横並びになった写真が2点かかっています。この2点は対面に平行移動すると、ちょうどロの字の真ん中部分に収まるように配置されています。気付いた人もいたかもしれませんが、二つの壁には、写真の有無に関わらず同じ数のスポットが当てられているんですよね。つまり、写真が「あるはずの部分」にも光が当たっているともいえるし、「あると仮定した状態」で照明が設定されているともいえる。

要するに、「ない」という状態の中に、何かを読み出すことができるような導線を設計したということですね。昨年12月に写真集『Primal Mountain』を上梓しましたが、ここでの造本の意図も展示のそれと根は同じです。この写真集を作るときに考えていたのは、今回の展示とは別の角度から〈Primal Mountain〉をより豊かに物語ってくれるものができないかということでした。

「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」東京都写真美術館での展示風景。

「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」東京都写真美術館での展示風景。


―濱田さんの写真集はどれもユニークな造本で、楽しいですよね。作り手自身が写真集というメディアを楽しんでいる感がある。今回の写真集でまずおもしろいのは、袋綴じに似た独特な綴じ方です。袋の中には、表の作品の拡大図が印刷してありますね。

造本はあくまでもグラフィックデザイナーの仕事ですが、要素定義はデザイナーとしっかり話します。表面で見せている作品の画像はいわば「全体」で、袋の中の拡大図は「部分」です。全体と部分は常に同時に知覚されているはずなんだけど、同時に認識することができない。全体を見ようとすれば部分が注視できないし、部分を見ているときは全体を把握できません。つまり、完全に見るということの不可能性について、造本それ自体でパフォーマティブに言及しているのがこの写真集です。さきほど、今回の展示では「負の想像力」の喚起が念頭にあったとお話ししましたが、この写真集においてもそれは同様です。見えないという状況の中で、知覚の次元を一段階飛躍させる。やはり造本は、それを立体化する上で大切な要素ですね。

写真集

―濱田さんは現在、東麻布のPGIで個展も開催されています。展覧会名の「 K 」は、Key plate(黒)とKervin(色温度)の頭文字だそうですね。

はい。〈 K 〉はこれまで発表してきた〈C/M/Y〉〈R G B〉の続編にあたるシリーズです。このシリーズでは、カラーネガとモノクロネガを使って、同じ風景を二回撮影しています。その二つのネガを、今度は同じ印画紙にプリントします。例えば、モノクロを8秒露光して、その上にカラーを0.8秒露光するという具合で。すると、モノクロともカラーとも言えない写真ができあがります。一見すると白黒なんだけど、微妙に色が乗っている。これが一点だったら大した違和感もないんですが、会場には40点並んでいます。こうすることで違和感は増幅されて、人によっては知覚が揺さぶられることがあるかと思います。この展覧会でやりたかったのは、鑑賞者の知覚と感情を刺激するスイッチとなりうる「空間」をつくることでした。モノクロともカラーともいえない写真が引き起こす認知的な不協和によって、それが可能になるのではと。

―ちょうど日差しに焼けたポスターのように、白黒にほんのり色が乗っている。モチーフの色を思い出そうとする瞬間、目には薄らぼんやりと色が映るので、気持ち悪いですね。自分の行動を先取りされたような感じが。

そうなんですよ。例えば、僕たちは赤いリンゴと書かれた白黒写真を見たら「赤色」の記憶を呼び起こして、形態に重ねます。でも〈 K 〉の場合は、その記憶色を呼び起こしている最中に「赤色」が認識されるので、行為が途中で遮断されるんですよね。逆にリンゴのカラー写真を見ることは、記憶の確認作業であるともいえます。「赤色」ってこんな色だったかな、この赤いリンゴは美しいなとか。しかし、それもさせてもらえない。白黒に限りなく近いカラー写真には、記憶の中の「赤色」が思い出せるほど、鮮明な色は乗っていないからです。普段の認知プロセスがことごとく不能になる。だから、満たされない状態になる。

―わかります。それでさらに、視覚がバグった状態で会場の壁を見ると、もっと困惑するんですよね…

はい、そうなることもあると思います。会場の壁は、今回あえてニュートラルグレーにしました。おそらく人によってはいろんな色が混ざって見えることもあるようです。さっきお話しした「空間」をつくるということはこういうことで、たとえ〈 K 〉で写真集を作ったとしても、この体験はできない。本の場合は、本に合う別の手段を考えなければいけない。写真集と展覧会で同じことを表現しても意味はなくて、それぞれ違った見立てで写真のポテンシャルを引き出さないといけないんです。展覧会という形式において僕が一貫して追求しているのは、どうすれば空間「として」写真を体感できるのかってことなんです。もっというと、見るということを前提とした概念の構築や空間づくりが、僕の作品の特徴だったりすると思ってます。

「 K 」PGIでの展示風景。

「 K 」PGIでの展示風景。

「 K 」PGIでの展示風景。


―写真集と同じように、ナラティブを見せようとする写真の展示は少なくありません。もちろんそれが悪いというわけじゃないんですが、展覧会のいいところはやはり、全身を使って空間を経験できるところですからね。さっきお話にもあった満たされない状態から発生する「酔い」は好例だと思います。〈 K 〉による空間を経験したことで、自分の身体性が少し変質した。あるいは、いままで疑わなかった身体のありようを相対化できた。そういう経験を写真によって達成しようとする試みは、とても刺激的で意義のあることだと思います。

〈Primal Mountain〉〈watermark〉では見立てや創造的な誤読を、色の三部作では視覚の生理を問題にしてきました。要するに、人間について考えてるんですよね。だからこそ、写真に相対した実存、自分自身の身体のありようには敏感でありたい。写真は、人間の快楽のひとつだと僕は感じています。でも、そこに浸ってるだけじゃわからないことがあると思うんですよね。「写真を空間で考える」っていうのは自分というサンプルを使った実験みたいなものなので、時に安全ではいられないし、不快感を伴います。でも、その不和の中にこそ、人間をより多面的に見るきっかけがある。そういう機会を、写真から見つけられるのではないかと思っています。

▼グループ展
タイトル

「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」

会期

2019年11月30日(土)~2020年1月26日(日)

会場

東京都写真美術館(東京都)

時間

10:00〜18:00(木金曜は20:00まで)

休館日

月曜(月曜が祝日・振替休日の場合は開館し、翌平日休館)

料金

【一般】700円【学生】600円【中高生・65歳以上】500円*1月2日(木)、3日(金)、21日(火)(開館記念日)は無料

URL

http://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3447.html

▼個展
タイトル

「 K 」

会期

2019年12月12日(木)~2020年2月5日(水)

会場

PGI(東京都)

時間

11:00~19:00(土曜は11:00〜18:00)

休館日

日曜、祝日

URL

https://www.pgi.ac/exhibitions/5346/

▼写真集
タイトル

『Primal Mountain』

出版社

torch press

価格

4,000円+tax

出版年

2019年

仕様

ソフトカバー/A4変型ヨコ/112ページ

デザイン

田中義久

寄稿

松岡正剛

URL

http://www.torchpress.net/2019/11/14/book-primal-mountain/

濱田祐史

濱田祐史|Yuji Hamada
1979 年大阪府生まれ。2003年日本大学芸術学部写真学科卒業。写真の原理に基づき概念を構築し、ユニークな技法で常に新しい試みを行う。 写真集『photograph』が Paris Photo/Aperture First Photobook Award 2014にノミネートされるなど、東京を拠点に活動し国内外で作品発表をしている。主な個展に「写真における色のシリーズ」の三作「 K 」「R G B」「C/M/Y」(PGI、東京)、「photograph」「Primal Mountain」(GALLERIE f5.6、ミュンヘン)がある。主な展示にスイスのFestival Images(2014年)、フランスのAix en Province Photo Festival(2015年)など。写真集に『C/M/Y』(Fw:books)、『BRANCH』(lemon books)がある。現在、東京都写真美術館での「至近距離の宇宙 日本の新進作家 vol.16」に参加、またPGIで個展「 K 」を開催中。昨年torch pressより写真集『Primal Mountain』を刊行。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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