リピートされる幾何学的な形、色鮮やかなグラデーション、人間の顔や身体のシルエット……ハナ・ウィタカーのグラフィカルな作品は、一見フォトショップで操作されたモンタージュのように見える。しかしよく目を凝らすと、イメージの重なりにズレがあることに気づく。実はこの作品は大判カメラで撮られ、デジタル処理されていない一枚の写真。固定観念を覆すイメージ作りに迫るべく、ブルックリンにあるスタジオを訪ね、写真というメディアそのものの本質を独自の手法で探求する、ウィタカーの魅力を紐解く。
須々田美和=文
今江洋=写真
現代の写真のあり方を探求する、抽象的でグラフィカルなイメージ
―早速ですが、まずは気になる制作過程について聞かせていただけますか?
私の制作過程は、ほとんどすべてがアナログ作業で、とてもシンプルです。順を追って説明すると、最初だけはデジタル作業になるのですが、まずはフォトショップを使って最終的なイメージの構想を練ります。使用するものは、4×5の大判カメラ、背景となるバックシートや格子や丸い穴の開いたアルミ板、あと私は「スクリーン」と呼んでいるのですが、フィルムをマスキングするための黒いシート。その後、そのスケッチをもとに、写したいところだけを切り抜いたスクリーンをフィルムと重ねて撮影し、次のスクリーンを設置して撮影する……というふうにパーツごとに撮影していく作業を何度も繰り返し、同じフィルムを多重露光させることで一枚のイメージを作り上げています。コラージュやデジタル加工は、一切行っていません。
―掲載作品の「Blue Bubble」に登場する女性の横顔をはじめ、イメージの中にある身体のパーツは、シルエットをかたどったスクリーンを使っているのですか?
いいえ。よく見るとリアルで立体的なのがわかると思いますが、どれも写真です。「Blue Bubble」の場合は、スクリーンの左側を半円の形に切り抜き、ブルーのバックシートの前で女性に横を向いて立ってもらい、撮影しています。私の写真に登場する人物は、いつも友人の女性なんですよ。
―とても細かい作業の連続ですが、苦労する点は?
コンピューターで作る最初のスケッチでは、一点の狂いもない構想が練れたとしても、手書きでスクリーンに線を引き、その線に沿ってカッターで切り抜き、カメラに異なるスクリーンを何回も挿入します。バックシートやライティングを途中で変えることもありますし、カメラの操作もアナログ……すべての作業をマニュアルで行うため、どうしてもパーツのズレが生まれます。でも、それは苦心している点であると同時に、ジョン・ケージが提唱したチャンス・オペレーション(偶然を利用してスコアを作成する方法)のように、アクシデントとしてズレが出てしまうことを意図的に受け入れてもいます。
―あくまで「写真」にこだわる理由は、何でしょうか?
それは写真が社会性のあるメディアだからです。現代社会では、写真なしで情報を得たり、誰かと交流したり、何かを経験することは難しくなってきています。彫刻とは違って2次元である写真は、インターネットを通して広く拡散させることが可能です。私たちは、イメージに支配されて生きています。アーティストとして、写真というメディアを検証していきたいと考えています。
―幾何学的な形、身体のパーツが繰り返し登場しますが、それぞれ何かの象徴として用いているのですか?
初期のコンピューターヒストリーにおいて、クリップアートや記号が繰り返し使われていたことにインスピレーションを得ています。また、記号論にも関心があり、ほかの作品で登場する、オーケーサインをした手は絵文字的な要素を表現しました。
―制作プロセスのメモを拝見しましたが、プログラミングのコードのような数字の羅列でした。
そうですね。スクリーンをナンバリングし、制作プロセスをその数字と色で書き留め、コードのように管理しています。
―近年の作品が、以前の作品に比べて、より抽象的でグラフィカルに変化してきている理由とは?
以前は、風景写真やポートレイトなど、何が写っているかはっきりとわかる具体的なイメージとスクリーンを組み合わせていました。最近は、色や形を制限し、より抽象的な表現になっていると思います。それは写真の持つ物質性や、写真は機械によって生成されるものであることをより意識的に考えるようになり、コンピュタープログラミングのように、制作においてどれだけ主体性を消せるかに興味が向かっていったことが影響しています。
―今後の活動を教えてください。
まだ詳しい情報をお伝えできる段階にないのですが、来年の春に個展を開催する予定です。新作を発表するので、楽しみにしていてください。
Hannah’s Tools
ウィタカーが取り出してくれた道具は、どれもスクリーン作りに使用するもの。4×5カメラに挿入するスクリーンの精度によって、最終的な作品の出来が大きく左右されるので、スクリーン作りは、彼女の作品にとって生命線のようなプロセスである。大小さまざまな丸や四角が型抜きされた製図用テンプレート、複数の定規に鉛筆、消しゴム…… まるで製図に使いそうなものばかり。文房具に特にこだわりはないものの、「シャーペンの芯の太さは、5mmが一番書きやすい」とのこと。右上にあるルーペは、スクリーンを細かく切り抜くときに使用する。左下には、カット前と後のスクリーンを並べてくれた。重なっていて少し見えにくいが、カットの細かさに驚かされる。
ハナ・ウィタカー|Hannah Whitaker
1980年、ワシントンDC生まれ。ニューヨーク在住。2002年イェール大学写真学部学士号、2006年国際写真センター大学の修士号を取得。パリのGalerie ChristopheGaillard、ニューヨークのMarinaro Gallery 、ロサンゼルのM+B Galleryで個展を開催し、オランダFoam写真美術館、Unseen Photo Fairでのグループ展にも参加。写真集に『Peerto Peer』(Morel Books、2015年)などがある。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。