『IMA vol.39』の関連記事第二弾は、昨年、23年間にわたり制作された作品を収録した写真集『American Polychronic』を刊行したロー・エスリッジのインタヴュー。アメリカの現代写真を牽引する作家の一人として、デヴィッド・ブランドン・ギーティング、グレース・アルホム、石野郁和など次世代の作家たちに多大な影響を与えている。ここでは、ブルックリンにある住居兼スタジオを訪ね、制作の根底にある思想、写真集や展覧会と向き合う 姿勢など、1990年代後半からコマーシャルとファインアートの分野の両方において第一線で活躍してきたエスリッジの作品の魅力を探ってみた。
インタヴュー&テキスト=須々田美和
―写真との出会いについて教えてください。
私は、フロリダ州マイアミで生まれ、ジョージア州アトランタ北部に位置するダンウッディという何の変哲もない小さな街で、メソジスト(プロテスタントの一派)を信仰する中流階級の家庭で育ちました。父はアマチュア写真家で、10代の僕とのコミュニケーションは、週末にカメラ店に行くことや写真について話すことでした。父の書棚にあったたくさんの写真集の中で特に惹かれたのは、リー・フリードランダー。どこにでもあるようなありふれたアメリカの街を撮るフリードランダーは、まさにアメリカの原風景を写している写真家だと感じ、南部育ちの自分にとって、しっくりとくる作品でした。
―そのほかにも影響を受けた作家はいますか?
退屈な田舎町で過ごしていた若いころの私に影響を与えたのは、アンディ・ウォーホルの『Andy Warhol’s Fifteen Minutes』というテレビ番組です。15分の短いプログラムの中で、ウォーホルがオノ・ヨーコやパンクバンド、ブロンディのデボラ・ハリーなどのアーティストやミュージシャンをゲストに迎えてインタヴューをするのですが、彼の進行には決まった台本などなく、会話の内容があちこちに飛ぶ自由な雰囲気に、高校生だった自分は夢中になりました。ウォーホルは多くの名言を残していますが、特に好きなのは「When you do something exactly wrong, you always turn up something(的確に間違ったことをすれば、いつも何かしらの発見がある)」という考え方です。私がこれまでに出版した写真集をご覧いただくとわかるのですが、具体的な物語を描くために写真を並べることはありません。意図的に意味がつながらない写真を組み合わせています。事前に立てた計画通りに物事を進行するのではなく、『Andy Warhol’s Fifteen Minutes』のウォーホルのように、感覚的なリズムと刺激的な視覚を重視するようにしています。
― アートスクールで写真を専攻していた頃から、直感的に作品を撮っていましたか?
1980年代にアメリカの大学で写真を学んだ人は同じ経験をしていると思うのですが、当時はデュッセルドルフのベッヒャー派のようなタイポロジー的な写真に傾倒していました。またその頃は、ナン・ゴールディンのような4×5で撮ったパーソナルなドキュメンタリーもクラスメイトの間で流行っていました。1990年代になるとジェフ・ウォールやフィリップ=ロルカ・ディコルシアのように現実と虚構を織り交ぜて社会を風刺する写真も人気でしたが、私はそういった流行には乗らず、ドイツの写真家たちのように主観を省き、8×10の大判フィルムでアメリカの原風景を撮ろうと意気込んでいました。
― ウォーホルのように即興的に撮影をしているのでしょうか。
特に商業写真の場合は、どう撮るか大体の構想を練り、リサーチをしてから撮影に臨みます。ただ事前に決めた方向性に固執してしまうと、つまらない写真しか撮れないので、当日の現場のモデルの状態やスタッフのアイデアを取り入れながら直感的に撮影するように心がけています。また写真集を作るときは、ウォーホルのように即興的な感覚でイメージを音符のように扱っているので、より自由を感じます。
― 今回の写真集はどのように誕生したのでしょうか?
480ページからなる『American Polychronic』には、23年間にわたって制作した作品を収録しています。この本では、伝統的なドキュメンタリーフォトのように物語を構築する手法は避け、パラドックスの要素を強調しながらイメージの流れを作っていきました。タイトルにした「Polychronic(多くの色彩を持つ、または示す)」という言葉には、ひとつの答えに導くのではなく、状況によって自在に解釈が変化する心地のよい状態という意味が込められています。構想自体は 年前、出版社MACKを主宰するマイケル・マックに伝えてあったのですが、本格的な制作を始めたのは、2020年に新型コロナウイルスが感染拡大してからのことでした。約2年間かけて、InDesignを使って自分で編集しました。
―今年の初めに、ニューヨークのガゴシアン・ギャラリーとアンドリュー・クレップス・ギャラリーで、同時に個展が開催されました。それぞれとの関係性について教えてください。
規模、クライアントのタイプ、ネットワークも異なる2つのギャラリーに所属することは、私の作家活動にとって意義のあることなので、これからも両者との関係を続けていきたいと思います。特にガゴシアンのキュレーター、サラ・ワトソンとはとても長い付き合いで、私がファインアートの作家としてのキャリアを築く上で分岐点となったともいえる、2006年の「Apple and Cigarettes」展からの付き合いです。作家としてのあり方についてたくさんの助言をくれたサラのおかげで、自分を高められたと思います。
― 最後に若い世代の写真家へアドバイスをお願いします。
「Get Ready(準備をしよう)」という一言を伝えたいです。準備をする上で大事なのは、ひとつの戦略に縛られすぎないこと。緻密な計画を立てたとしても、完璧ではない要素が必ず出てくるからです。重要なのは、どれだけ完璧な戦略を立てるかでも、正しい/間違っている、筋を通す/崩すといった二元論的な思考でもなく、状況によって自分の視点を変えられる柔軟な姿勢を保つことだと思います。なぜなら、それが自分のアイデアを超えた何かを生みだすチャンスへと導いてくれるので。この考えは、私がタイポロジー的なアプローチから、いまの作風へと移行した背景とつながるかもしれませんね。
タイトル | 『American Polychronic』 |
---|---|
出版社 | MACK |
制作年 | 2022年 |
URL | https://ja.twelve-books.com/products/american-polychronic-by-roe-ethridge |
ロー・エスリッジ|Roe Ethridge
1969年、マイアミ生まれ。1995年、アトランタ・カレッジ・オブ・アート 写真学部で学士号を取得。現在は、ニューヨークを拠点に活動する。ニューヨーク近代美術館、 バービカン・センター、Foam写真美術館、カーネギー美術館、 ボストン現代美術館、アトラ ンタ現代美術センター、グラン・パレ・エフェメールなどの美術館で作品を発表している。2011年にはドイツ・ボーズ賞にノミネートされた。
須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2021年より、ニューヨークのPenumbra Foudnationでワークショップを開催し、ニューヨークの美術大学Parsons School of Designの写真学部のポートフォリオレビューのアドバイザー、本年度のThe Paris Photo – Aperture Foundation Photobook Awardの審査員を務めた。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com