今年刊行されたばかりのヘンク・ヴィルスフートの最新作『Ville de Calais』は、難民によって築かれたフランス北部の町・カレーを10年間かけて定点観測した320ページにわたる記録。ドーバー海峡にほど近い森林内にひっそりとあった簡易キャンプは10年の歳月をかけて、次第に住宅のみならずレストランや教会などが生まれ、都市のように成長してゆく。一作目の写真集『Shelter』から難民・移民という主題を扱い、自分と同じ人間の問題としてとらえ続けるヴィルスフートの作品に通底する意思と眼差しを考察する。
レビュワー=マーク・フューステル
訳=片桐由賀
最近のヨーロッパの政治を語る際に、避けることのできないのが移民と集団移動の問題だ。2015年には、紛争から逃れたり経済的なチャンスを求めて二万人近くの人々が不法に海と陸からヨーロッパに押し寄せた。移民の数は2016年には急落したが、それでも不法移民の数は五十万人に上っている。ヨーロッパの国々の多くが直面している問題、膨れ上がる移民の数や政治不安が毎日のようにニュースを賑わしている。イタリアやギリシアを目指す難民で満員のボートや、危険極まりない旅に挑んだ者たちの悲劇的な最期といったイメージは、もはやありふれたものになってしまった。
人口わずか12万人のフランス北部の町カレーは、一見移民問題とは無縁に思われるかもしれない。しかし、フランスからイギリスに一番近く、英仏海峡トンネルのすぐそばにあることから、カレーは今日の難民・移民危機が最も目に見える形で現れた地域のひとつになっている。事実、カレーと欧州難民危機との関係は十年以上も前に遡る。トラック、フェリー、車、電車などに密航してイギリスに入国しようとする難民・移民・亡命者たちが殺到し、町の外に簡易キャンプを幾つも作り始めたのは2000年代の初めに遡る。
オランダの写真家、ヘンク・ヴィルスフートは、イラク、アフガニスタン、エリトリア、ソマリア、スーダン、パキスタンからやって来た何百人もの難民や不法移民がこの港湾都市の外側の森の中に身を隠していることを知り、2006年1月からカレーを訪れるようになった。この無許可の難民キャンプは、もちろん森の中にあるということもあるが、野蛮で危険な無法地帯であるために「カレー・ジャングル」と呼ばれている。それから十年にわたってヴィルスフートはこの「ジャングル」を定期的に訪れ、その絶え間ない変化を記録していった。
2017年の初めにヴィルスフートは、この地域を撮った二冊目の写真集『Ville de Calais』を自費出版した。専用のWebサイトでは英語版とフランス語版を販売している。一冊目の写真集『Shelter』(2010年/Post Editions刊)では、ヨーロッパ全土、中でもカレーの「ジャングル」に、難民たちが勝手に建てた一時的な住まいに焦点を当てていた。東京のホームレスが自らの手で作る仮設住居を撮った宮本隆司の『Cardboard Houses』(2013年/Bearlin刊)のように、『Shelter』においても、カレーの森に難民たちがシーツや古着などのごみを紐やテープでつなぎ合わせて作ったさまざまな仮設住居から、難民の置かれた状況の悲惨さが伝わってくる。
難民問題といえば誰もが思い浮かべるようなありふれたイメージから脱却するために、的を絞ったオリジナルな視点からこの主題に迫ったのが『Shelter』だったが、『Ville de Calais』では一転して、多面的なアプローチが用いられている。2015年にカレーの森で幕を開ける本書は、その後数週間の内に近隣エリアに拡大していったキャンプに焦点を移し、この森に暮らす何百人もの難民・移民が警察の強制介入によって近くの砂丘に移動させられるまでを写し出す。『Ville de Calais』でヴィルスフートは、2016年10月に強制退去・撤去されるまで六千人を超える難民が寝泊まりしていたというこの違法キャンプの始まりから終わりまでを、320ページに渡る徹底的な記録として残した。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。