Book Review
AINU

池田宏『AINU』ブックレビュー
対話としてのポートレイト

AINU 01

北海道に暮らすアイヌの人々を訪ね、約10年の歳月をかけて池田宏が写真に収めた写真集『AINU』。アイヌの民族や文化的な背景ばかりを思い浮かべると、そこに写されたさまざまな人たちの姿と、彼らの普段の暮らしに意表を突かつかれるかもしれない。それほど池田はそのコミュニティに溶け込み、ゆえにこれらの写真は彼らとの個人的な関係性から生まれている。コミュニティに入るための労力はもちろん、どのように撮るかという試行錯誤も含めて、長い月日をかけたこの写真集を、札幌国際芸術祭の統括ディレクターを務める天野太郎が紐解く。

レビュワー=天野太郎(横浜市民ギャラリーあざみ野 主席学芸員、札幌国際芸術祭2020 統括ディレクター)

池田宏の写真家としてのキャリアは2006年に始まる。それまで、学生時代から海外旅行をしながら写真撮影をしていたものの、未熟だった技術的なことも含めて職業としての写真家を本格的に目指すことになった。とはいえ、最初からこの写真集のテーマであるアイヌについて関心を示し撮影をしたわけではない。職業としての写真を始め、その後、独立して以降、それも徐々にこのテーマについて掘り下げることになった。漠然と「民族的なもの」に興味があった池田にとって、誤解を恐れずにいえば、 取っ掛かりは国内の中にある、それが繋がるテーマであれば何でも良かった。沖縄に目を向けたこともあったが、2008年以降、自分にとって未知の世界であるアイヌに方向性を定めたのも、比較的手付かずの分野でもあったからだ。一見安易にも聞こえる動機ではあったが、後述するが、そのことがむしろ池田にアイヌについての関わりを少なくとも現在まで継続させることになった。


高校の修学旅行で白老を訪問したことはあったのだが、人伝にアイヌといえば二風谷と聞いてまずこの地を訪れた。そこで最初にあった人物が、池田の「純粋なアイヌの人は居ますか?」という不用意な問いに、即座に「純粋な日本人は居ますか?」と返したことが事実上、これまで継続的にこのテーマ、多くはアイヌの人々の人物像を撮影してきた池田の動機付けとなった。

人にはそれぞれルーツと称する自己を規定する手段を持つが、同時にそのことを問い始めると、いまの自分が如何に混ざりもの=ハイブリッドな存在であるかを思い知ることにもなる。日本に住み、日本語を話し、日本の国籍を持つものを総じて日本人という事に似て、それは法的な裏付けであって、背後にはさまざまな異なる民族や文化の異なる価値観が存在している。池田の撮影はまさに、その一見一括りにされている存在の背後を個別に浮き彫りにする事だといえるだろう。来日が叶わない海外の人々が、未だに日本人は着物を着て生活をしているとか、子供がその両親に深々と敬いのお辞儀をする姿を想起することに似て、「アイヌ」という言葉から想起されるステレオタイプな視覚的イメージは根深く刻まれている。

池田が撮影するアイヌという民族的バックグランドを持ちつつ、さまざまな職業について生活を営んでいる人々のポートレイトがとりわけ印象深いのは、この民族に対するステレオタイプなイメージを超えた独立した人間像として昇華されているからだろう。実際のところ、池田の人物像の撮影は、それぞれの人物との対話をはじめとする人間関係の形成によって、初めて果たされることになる。それは、池田が決めたルールというよりは、その過程を踏むことによってでしか撮影が可能にならないからだ。アイヌの人々が、これまでのさまざまな言説を支える「証拠写真」として、夥しい数のイメージが無断で使用され続けて来たという重い事実が横たわっていることも理由のひとつだろう。しかも、それがようやく社会的な問題となり、アイヌの肖像権に関心が寄せられるようになったのはさほど昔のことではない。

池田のこのテーマでの撮影は継続的に行われている。それは撮影という行為に止まらず、向き合った人物との対話をポートレイト像と不可分なものとして構成しようとしている。オーラルのアーカイヴとして、オーラルの歴史として、これらのインタビューと写真が、それぞれが補完的と言うより自律した作品として立ち上がってくる。それらが不可分な関係であるのは、いまある彼ら彼女らの生活が長きに渡る抑圧と差別の歴史の上に立っていることを抜きに語れないからだ。

備考:アイヌ民族の肖像権に関する記載は、「アイヌ肖像権裁判・全記録」現代企画室編集部編を参照した。

AINU

タイトル

『AINU』

出版社

リトルモア

価格

2,900円+tax

出版年

2019年

仕様

ハードカバー/A4変型/128ページ

URL

http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=1001

池田宏|Hiroshi Ikeda
1981年佐賀県小城市生まれ。写真家。大阪外国語大学を卒業後、2006年「studio FOBOS」入社。2009年に独立。アイヌ民族をテーマにした作品制作を行っており、現在も定期的に北海道に足を運ぶ。近年の個展として「SIRARIKA」(2018年、スタジオ35分・東京都中野区)などがある。2019年に写真集『AINU』を刊行し、スタジオ35分と本屋Titleにて個展を開催した。

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