ストレートな写真集タイトルが示す通り、『JAPAN WORKS』は、アグライア・コンラッドが日本の都市を考察した1冊である。主にメタボリズム建築運動に焦点を当ているが、約500ページにも及ぶ本書に収録されているのは、有名建築ではなく、コンラッドが日本各地を歩いて目にした膨大が数の都市の断片である。実験的かつ野心的なプロジェクトの魅力をパリのライター、マーク・フューステルが紐解く。
文=マーク・フューステル
ヨーロッパの都市に住む人々は、戸惑いと共に日本の都市を体験するかもしれない。東京や大阪は、ヨーロッパの主要都市とは根本的に異なる構造を有している。19世紀のフランス人政治家ジョルジュ・オスマンの大規模な都市改造計画により、交通網や街並みが整備されたパリとは異なり、日本の首都には古いものと新しいもの、ガラスや剥き出しのコンクリートと風化した木材やトタンが肩を寄せ合うように並び、いくつもの層によって街が形成されている。そのような異なる層の蓄積は、路上でもはっきりと認識できる。
その違いが最も顕著に現れているのがインフラだ。ヨーロッパであれば基本的に見えないようになっているか、少なくとも見えにくくなっていることが多い。しかし日本では、多くの場合それが都市の表層を覆い尽くしている。見えているだけでなく、空間や都会的体験における強力な要素となり得るほどの存在感を持っていることすらある。
ブリュッセルを拠点に活動するポーランド人アーティスト、アグライア・コンラッドはヨーロッパとは異なる都市の在り方に魅了され、2019年の秋に日本を旅した。そこで彼女は、巨大な構造体と有機的な発展というふたつの考えによって推し進められ、都市形成における新たな方向性を模索した戦後のメタボリズム建築運動(黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家、都市計画家が開始し、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した)についてのリサーチを行った。同運動の象徴的な存在といえば、残念なことに2022年春に段階的な解体が始まった東京・新橋にある黒川紀章の中銀カプセルタワーだろう。
コンラッドは、メタボリズム運動の金字塔の新陳代謝に対する興味は大きかったものの、広がり続ける都市空間に存在する匿名の建築にまでリサーチ対象の範囲を広げ、ストリートレベルの経験まで受け入れ、偶然の発見に自らを解放していった。この旅は、2021年にRoma Publicationsら刊行された『Japan Works』という、496ページという驚くべき密度と広がりを持った写真集として結実する。数千に及ぶ写真が掲載された本書は、彼女が旅した東京、糸魚川、京都、名古屋、そして大阪の仔細かつ豊かな記録でもある。本書はモノクロ写真を大きく配置したページと、デジタルカメラで撮影した12枚のカラー写真をグリッド状に配置したページとの組み合わせによって構成されている。
コンラッドは自らの視線にカメラを組み込んだかのごとく、見たもの全て、歩いた全ての道、建築物を構成する全ての要素を、極めて記述的な視点から撮影しているようだ。美学的な関心を写真が提示することはなく、一連の観察として、都市空間の特徴に関する視覚的なメモとしての役割を果たす。本プロジェクトは、ストリートレベルから都市体験を翻訳する数千のイメージが集積することで機能している。
日本は近・現代建築を数多く生み出してきた土地であり、丹下健三、磯崎新、坂茂、伊東豊雄、そして今なお存在感を放ち続ける安藤忠雄など業界を牽引する建築家を輩出してきた。しかしコンラッドは建築史における偉業ではなく、柱、パイプやダクト、階段、標識やビルボード、貯水タンク、エアコンの室外機、そして頭上に張り巡らされた電線など、都市空間の細部に目を向ける。古典的な建築写真とは異なり、コンラッドは建築物や構造体そのものを美化するのではなく、周辺の環境や、そしてそれらがどのように調和を保っている環かを探求している。
本書の要所要所に差し込まれるオーストラリア人建築家で研究者のジュリアン・ウォラルによる素晴らしい文章が、混沌とした都市空間を読み解く鍵を読者に与えてくれる。ウォラルは主に特定の建築物について書いているが、リズムや反復、スピードなどといった都市空間の特性について記した短いテキストも掲載されている。彼は、東京を「包括的でありながら掴みどころがなく、区切りや終わりのない都市。東京の特徴は、氾濫、数の多さ、複雑さだろう。それは、ひとりではなく、複数の空間だ。(中略)都市は、膨大な数の粒子の集積、結晶のように懸濁している物質や物体のクラウドとして読むことができる」と表現している。掴みどころのない都市は、いつしかそれ自体が有機体となったかのようだ。
タイトル | 『JAPAN WORKS』 |
---|---|
出版社 | Roma Publications |
出版年 | 2021年 |
URL |
アグノリア・コンラッド|Aglaia Konrad
1960年、オーストリア・ザルツブルク生まれ。現在は、ブリュッセルを拠点に活動する。1970年代以降、急速に進むグローバルな都市化のプロセスを独自の手法で記録している。都市インフラや住宅建築などをとらえた数千枚に及ぶ彼女のアーカイブは、社会と空間の関係性に光を当てる。展覧会や書籍などのプロジェクトごとに作品を再構成している。1998年と1999年にボルドー、ニューヨーク、ロンドン、ヘルシンキ、ウィーンで開催された「Cities on the Move」、2000年のブリュッセル、上海ビエンナーレ、2004年のカナダでの「Future Cities」、クンストハウス・グラーツでの「KOPIE CITY」、「Spectacular City」、そして2004年のNASDAでの「Photographing Future」など多くの展覧会に参加。1997年にウィーンのオットー・マウアー賞、2003年にグラーツのカメラ・オーストリア賞、2007年にディートリッヒ・オッペンベルク財団と写真コレクションのアルベルト・レンガー・パッチ賞を受賞している。
マーク・フューステル|Marc Feustel
パリを拠点とするインディペンデントキュレーター、ライター、編集者。日本写真を専門とし、これまでにキュレーションを手掛けた主な展覧会に「日本の自画像-写真が描く戦後 1945-1964」(世田谷美術館)、「Tokyo Stories」(Kulturhuset、ストックホルム)、「Eikoh Hosoe: Theatre of Memory」(Art Gallery of New South Wales、シドニー)などがある。『British Journal of Photography』『The Eyes』など数々の写真誌で寄稿している。