5 July 2021

川内倫子の日々 vol.6

5歳の誕生日

5 July 2021

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川内倫子の日々 vol.6「5歳の誕生日」 | 川内倫子の日々 vol.6

5歳の誕生日

先日夕食をつくっているときに娘が話しかけてきた。ちょうど炒め物をしていて手が離せなかったので適当に生返事を返していると、何度も窓を叩く音が聞こえる。弱火にして振り返ると、キッチンの横のガラス窓越しになにか言っている。近づいてなに?と聞き返すと「子どものときなにしてたの?」と言われた。手持ち無沙汰で夕飯までの隙間の時間をどう過ごしていいのかわからなくなったようだ。いつもならテレビのキッズチャンネルを見たり、絵本を読んだりおもちゃで遊んでいたりするのだが、それにも飽きたらしい。一瞬考えて、うーん、本を読んでいたりしたかな、と適当に返すと、ふーん、と納得したような、納得していないような顔をして、首をかしげた。

炒め物の火を強め直してフライパンを振りながら考える。そうだよな、何してたっけ。1日が、1年が、いまよりもずっと長かったあの頃。

娘と同じ年の頃、滋賀から大阪に引っ越した。最初は親戚の家に遊びに来たのだと思ったが、親戚らしき人はいなくておかしいなと思っていた。何日か経ってから、いつ家に帰るの?と聞いたら、これからはここに住む、もう前の家には帰らへんよ、と祖母に言われてショックを受けた。時間が巻き戻せないことをそのときリアルに知り、なんだか絶望的な気持ちになった。

数年前、ある占い師に、ことしは40年に一度の変換期だよ、と言われて当時のことを思い出した。その年のちょうど40年前に大阪に引っ越したからだ。たしかにあのときの引っ越しは自分の人生においては大きな出来事だったし、いままで写真の仕事を続けているひとつの理由でもあるかもしれない、と思ったのだった。あのまま引っ越さずにずっと滋賀で育ったとしたら、いまの仕事はしていないだろう。もしかしたら別の次元にあのまま滋賀で暮らしている自分がいるかもしれない、と、思うこともある。

占い師が言った40年ぶりの変換期、というのは当たっていて、あの引っ越しからちょうど40年後に子どもを出産して自分の人生は新しい段階を迎えた。そしてあの頃と同じように時間が流れていくことの残酷さを再認識しながら、同時にその裏にある生の仕組みを実感した。目の前の赤ん坊は目が離せないほどのすごい速度で成長し、ただそれを見せてもらえることは、自分が存在することの答え合わせのような日々だった。

幼かった自分はただ世界が圧倒的に広がっていることが恐怖であり、時間が流れていることに畏怖を感じていた。40年経ってだんだん恐怖感は薄れてきて、そのときどきに潜んでいる奇跡的な瞬間を見つけてそれを享受できるようになったことは、ずっとこの世界にいることに居心地の悪さを感じていた自分にとって、とても大きな変化だった。

この時期になると、毎年蛍がうちのリビングの窓まで飛んでくる。なぜか毎年、一匹だけなのだが、今年も律儀にやってきた。ゲンジボタルよりも小さなヘイケボタルなので、いまにも消えそうな光で点滅を繰り返している。そのか細い光を眺めていると、どこか別世界からの使者のようにも見えて、別の次元でいまも滋賀に暮らしているかもしれない自分のことをまた想像した。

2週間後、娘が5歳の誕生日を迎えた。プレゼントはずっと欲しがっていた、光る運動靴にした。歩くと靴底が赤や黄色、緑などさまざまな色で点滅するものだ。相当嬉しかったのか、部屋のなかでずっとその靴を履いてスキップをして歩き周っていた。それは先日のか細い蛍の光と違って、派手な色で点滅を繰り返し、娘の持つ生の力強さと合わさって部屋を明るく照らしていた。

川内倫子の日々 vol.6

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