仮想通貨の世界のみならず、アート業界においてもブロックチェーンの技術を活用した「NFTアート」としてマーケットを賑わしていることは、もう誰もが認識していることだろうが、さて、それではいったい、このNFTなるものの実態とその機能、そもそもの存在意義とは何か?と問われたときに、スラスラと答えることのできる人がどれだけいるだろうか? 答えられないのも、半分は当然のこと。ブロックチェーンもNFTもまだまだ成熟しきる前の道程にあるがゆえに、まだその効力は未知数だから。しかし、裏を返せばとてつもない可能性を秘めた「世紀の発明」であるともいえるのだ。この連載では、アートや写真と極めて親和性の高いNFTをゼロから紐解いていく。語り手は、アーティストでもあり、国内においてNFTアートを事業化した第一人者でもある施井泰平。まずは第一回目として、まだまだ夜明けの朝靄の中にいるNFTアートの状況の解説からわかりやすくスタートする。
インタヴュー・文=小谷知也
構成=IMA
NFTが「いまだ黎明期にある」ことの意味
日本ファイナンシャル・プランナーズ協会なる団体が毎年調べている「小学生の『将来なりたい職業』ランキングトップ10(男子編)」によると、YouTuberがいきなりランクインしたのは2017年のことだそうだ。ちなみに順位はサッカー選手、野球選手、医師、ゲーム制作者、建築家に次ぐ6位で、以下、バスケットボール選手、大工、警察官、科学者と続いている。おそらく、歌手や俳優やタレントといった旧来の「芸能人」という概念はもはやYouTuberに集約され、さらにいうなら、テレビ局員や新聞記者といったかつての花形職業など、ひとりで楽しく配信している(ように見える)YouTuberを見慣れた子どもたちにとって、これっぽっちも魅力的に思えないのだろう。
カリフォルニア州で2005年に創業されたYouTubeは、こうしていつの間にかキャズムを超え、メインストリームのプラットフォームとして極東の国にまで膾炙したわけだ。
これからNFT--ノン・ファンジブル・トークン(非代替性トークン)--と呼ばれるテクノロジー/仕組み/概念の話をしていくにあたって、最初にYouTubeの一側面をダラダラと取り上げたのは、「NFTにとっての2021年」が、「YouTubeにとっての2005年」に相当すると考えられるからだ。
そう、今年に入り、とりわけアートの領域で話題を呼んだNFTは「いまだ黎明期の段階」だ。ヒップホップでいえばシュガー・ヒル・ギャングの登場以前、まだ、グランドマスター・フラッシュやアフリカ・バンバータのパーティに集まる客が、数十人程度だったころの状態だといえる。つまり、既存のパラダイムを打ち壊し、複合的な文化としてやがてメインストリームに拡がっていく可能性と攻撃性と創造性を存分に持ち合わせているものの、いまだ、多くの人がその本質に気づいていない状態、だ。それはこういい換えられるだろう。「まだあなたにも、NFTにおけるシュガー・ヒル・ギャングやRun-D.M.C.になれる可能性が残されている」と。
考えてみてほしい。大きなムーブメントになりうるコミュニティの黎明期に参加できる機会など、いったい、人生でどれだけ訪れるだろうか……。しかも、ヒップホップの黎明期は「時代&場所」というスペシフィック性が非常に重要なコンテクストを育んだけれど(2ブロック先に済むローカルヒーローがつくったミックステープの価値に、サウスブロンクスの若者以外は気づくことができなかったけれど)、インターネットがあるこの時代においては、現在NFT界隈を賑わせているBored Ape Yacht ClubやCool CatsやCryptopunksといったクリエイターたちの活動を、世界中のどこにいてもフォローすることができる。さらに、
・NBAが、スター選手の超人的プレイをデジタルのトレーディングカード「NBA Top Shot」として販売。発売30分でおよそ2億6,000万円の売上を記録
・TwitterのCEOジャック・ドーシーの「最初のツイート」が291万5,835ドル(約3億1,640万円)で販売
・アメリカのデジタルアーティスト・Beepleの作品「Everydays – The First 5000 Days」がクリスティーズのオークションにかけられ、最終的に約6,935万ドル(約75億円)で落札(存命中のアーティストとしては、ジェフ・クーンズ、デイヴィッド・ホックニーに次ぐ3番目の記録)
・日本の小学3年生 Zombie Zoo Keeperくんの「夏休みの自由研究」が160万円で落札
といった驚きの事例も、次々とネットニュースを通じて飛び込んでくる。そんなNFTの定義をまずはごくごく簡単に解説するなら、
「ブロックチェーン技術」を使うことによってアート、音楽、動画を始めとする「デジタルアセット」を固有のもの、つまりは唯一無二で「代替不可能なもの」として「所有可能」にする「認証コードのようなもの」
ということになるだろうか。
「WIRED」US版のエディタ−・アット・ラージを務めるスティーヴン・レヴィにいわせると、NFTという技術/概念のルーツは、1975年、ホイットフィールド・ディフィーとマーティン・ヘルマンというふたりのコンピューター科学者が「Diffie-Hellman鍵共有」という革新的な暗号鍵配布方法を考案したことによって「現代暗号理論」が勃興し、それが、オンラインの世界におけるセキュリティとプライヴァシーの確保につながったことにあるそうだ。
そして、NFTに直接つながるブロックチェーンは、2008年、サトシ・ナカモトと名乗る人物(もしくは集団)によって発明された技術/概念だ。ちなみにブロックチェーンというのは、「ブロックチェーン」という単体の技術ではない。少々難しいけれど、正確を期するために記しておくと、主には、
・スマートコントラクト
・コンセンサスアルゴリズム
・偽造防止/暗号化
・P2Pネットワーク
といった要素によって構成される技術であり概念である。
ぼくが、ブロックチェーンと、その技術/概念から派生したNFTに強く引き寄せられたのは、それが脱中心化をもたらし、二次流通機能を可能にする機能をもっていたからだ。ぼくが大学を卒業したのは2001年で、卒業したら当然アーティストになるものだと思っていた。しかし、冗談ではなく、当時はアーティストになる方法が本当に「わからなかった」。表だったマナーにせよ暗黙のルールにせよ、現代アートの世界には、それを成立せしめる絶対的な秩序(=中心)がよくも悪くも存在するけれど、NFTは、その構造を「脱中心」的にハックすることを可能にしてくれたのだ。そして、評価が定まっていなかったアーティストやクリエイターの作品が、後のオークションで高値を付けることは構造上仕方がないことかもしれないが、「二次流通機能」を可能にするNFTの登場によって、クリエイターに対して永続的にロイヤリティが還元される仕組みがようやく確立された。この脱中心化と二次流通機能については、今後この連載において、改めて深掘りしていきたいと思っている。
NFTは、アートだけ、金融だけ、アカデミアだけ、テクノロジーだけに閉じていない。すべてが絡まり合うエンタングルメントな技術であり、メディアであり、素材である。そして、いまだ発展途上の技術でもある。だからこそ、技術や法律、あるいはリテラシーの壁を超えることで、その可能性をより一層発揮できるはずだと考えている。
というわけでこの連載では、いまだ黎明期にあるNFTが、今後アートの領域(に留まらない、文化や社会)においてどのような意味や価値を創出していくのかについて、実践と思索を絡まり合わせながら検証していくことになるだろう。NFTを活用したアート表現の最前線では何が起きているのか。美術史、科学技術史、経済史において、NFTとはどのような存在であるのか。NFTがキャズムを超え、メインストリームになったとき、世界はどのように生まれ変わるのか……。そうしたトピックスについて、これから記していきたい。
次回はまず、ぼくがアーティストとしてたどってきた道を提示したいと思う。
施井泰平
施井泰平|Taihei Shii
スタートバーン株式会社代表取締役・株式会社アートビート代表取締役。1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2021年に株式会社アートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。