19 July 2022

川内倫子の日々 vol.18

プロフェッショナル

19 July 2022

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川内倫子の日々 vol.18「プロフェッショナル」 | 川内倫子の日々 vol.18

プロフェッショナル

10月から開催予定の個展の準備がだんだんと進んできた。
今回は東京のオペラシティアートギャラリーで展示のあと、滋賀県立美術館に巡回される展示で、自分としては規模の大きな展示となることもあり、建築家の中山英之さんに会場設計をお願いした。毎回打ち合わせのたびに、ブラッシュアップされた会場の模型を見せてもらえるのだが、それがとてもわかりやすくて実際に展示するイメージがしやすくて助かる。自分がざっくりと話したイメージに、中山さんとそのチームの皆さんのアイディアがプラスされ、自分では到達できない領域へ連れていってもらえることがとても嬉しい。

いままでの自分の個展のなかでも、かなり広い面積になるので、平面の図面だけではプランを考えづらいところがあったのだが、模型を見ているとぐっと現実感が出て、具体的に次の展開へ進めやすくなる。

先日も模型を見ながらこの部屋の映像の配置を替えてみようかな、とわたしがぽつりとつぶやいたら、数分後にその替えたバージョンの部屋の模型が出来上がってきた。横の部屋でいつのまにかスタッフの方々が作成してくれたようだ。その連携作業の素早さに驚きつつ、その横で中山さんが違う部屋の見せ方の実験作業を進めていて、新たなアイディアが打ち合わせのあいだに次々と現れ、その鮮やかな仕事っぷりに見惚れてしまった。

それと同時にポスターやチラシ、図録の編集作業も進むのだが、そこでもグラフィックデザイナーの須山悠里さんのアイディアや編集担当の方々、学芸員のみなさんの意見もあって、理想的なかたちへ近づいていき、自分の意図していたものを超えたものを見せてもらえる。

関係者一同で打ち合わせに集まる日にちをなるべく同じ日にするとなると、だいたい打ち合わせ時間は合わせて3時間くらいかかり、細かな話ができない場合は後日メールで、となるのだが、その時間みっちり話し合いを重ね、ぼんやりとしていた像がだんだん見えてくると、その場の空気も盛り上がってくる。それぞれのプロフェッショナルな方々に囲まれて、打ち合わせ中にふと多幸感が湧いてきた。

最近娘がどうして人は死ぬの?どうして死んだらもう生き返らないの?人間はどこからうまれるの?どうして昼と夜があるの?と、さまざまな疑問を問いかけてくる。そのたびに自分なりの答えを伝えるのだけど、それが納得できなかったりすると、またどうして?と質問し続ける。

そのたびに自分が社会人になったばかりの頃を思い出す。当時の先輩カメラマンにいろいろと質問ばかりしていたことを。6歳になったばかりの娘の質問とはもちろん違うのだが、社会人1年目の自分の目に映るものはすべてが新鮮で、なんとか会社のなかでの自分の居場所をつくろうとしていたのだろう。

自分の初めての社会人経験は大阪で、デザイン制作会社の写真スタジオで1年半くらい勤めた。そのときの何人かいる先輩に、仕事上の技術的なことから個人的な悩みごとまで、さまざまなことを仕事の合間に問いかけた。毎回皆さん丁寧に答えてくださってとてもありがたかったのだが、あるときそのうちのひとりの先輩に今後の進路について相談すると、「りんちゃんがやりたいことの一番近くの場所に行くのがいいんじゃないのかな。たとえばモデルさんが撮りたいなら、東京のファッション関係の人がたくさん来るスタジオや出版社のスタジオに勤めてみるとか?」と言われ、当時、大阪のスタジオでの仕事は商品の物撮りが多かったので、たしかにここにずっといるよりは、東京へ行くほうがいろんな経験ができるかもしれない、と思えた。大阪で働いているよりは、もう少しなにか自分がなりたいものに近づけるのではないかと漠然と思ったのだった。

そんなふうにもやもやと東京で働くかどうか悩んでいた頃、東京のスタジオにアシスタントとしてついていったことがある。スタジオマンの人たちがさっと動いて照明のセットを組んだり、フイルム交換をする姿を見て、レンタルスタジオの仕組みがなにもわからず、できない自分が恥ずかしくなったことを覚えている。

そのときにカメラマンになりたいという気持ちが強いわけではなかったが、またレンタルスタジオに行って恥ずかしい思いをするのは嫌だったし、技術を学びたかったということもあり、とりあえず東京のスタジオで働いてみるのがいいのではないか、と、その日の経験が上京を悩んでいた自分の背中を押した。

多分自分は早く自立してなにかのプロになりたかったのだと思う。結果的にはそれが写真の仕事になったのだけれど。

いま、さまざまな職種のプロフェッショナルに囲まれて仕事ができる幸せを噛み締めている。

川内倫子の日々 vol.18

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