20 December 2022

川内倫子の日々 vol.23

再会

20 December 2022

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川内倫子の日々 vol.23「再会」 | 川内倫子の日々 vol.23

再会

帰国時の検査がようやく免除されることとなり、約3年ぶりにヨーロッパへ行ってきた。開催中のチューリッヒでの個展でトークをすることと、パリにも寄ってパリフォトでサイン会と仕事の打ち合わせや、旧友と親交をあたためたり、などが目的だ。

コロナ禍以前は頻繁に仕事で海外へ行っていた。とりわけヨーロッパへはよく行っていたのだが、娘はそのことを覚えていない。自分を娘の年齢に置き換えても、覚えている最初の記憶は4歳くらいだ。ちょうど娘がそのくらいの年齢からコロナ禍に突入したので覚えていないのも当然だろう。
娘は最初、外国行きたくない、、と言っていたが、仲良しの友人の名前をだし、一緒に遊べるし、マカロンとかおいしいチョコレートもあるよ、と言うとじゃあ行きたい、と急に前向きになった。

旅の準備をしているあいだ、空港でのチェックイン中も、ずっと使っていなかった旅の筋肉の衰えを感じつつ、リハビリのように久しぶりの感覚を味わう。
スーツケース、何キロまでOKだったけ、、ウーバーっていまでも現地で使えるのかな、ユーロどこにしまってあったけ?などなど、頭のなかの奥のほうにある、かつての海外出張時の記憶の引き出しを開けていく。
無事にチェックインを終えるといつも、ラウンジでビールを一口飲んでとりあえず第一段階をクリアしたと安堵する。窓から見えるいくつも並んだ飛行機を眺めながら、やっと少し楽しめる気持ちになってくるのも懐かしい感覚だった。
現在ロシアの上空は飛べないので、いままでのヨーロッパへの時間より少し長めのフライトになった。機内は空いていたので、エコノミークラスでも足を伸ばすことができた。おかげで思ったよりもストレスなく過ごせ、娘も映画や知育アプリを楽しんでいたようでぐずることもなかった。
娘が小さかった頃は機内のせまいトイレでおむつ替えをしたなと思い出し、そういえば旅の荷物もコンパクトになって随分楽になったなと思う。

北極圏近くを通った際、ちょうど夜明けのタイミングでいままでに見たことのないようなピンク色に空が染まり、雪に覆われた大地がその光を反射した。その柔らかな空気に飛行機ごと包まれ、ふわりと束の間多幸感に浸った。そんなすごい景色が見られることも身体的には辛い、長いフライトのご褒美のような時間だった。

夕方パリに到着すると、その日はストで交通機関が乱れていて、宿泊場所に着くまで大渋滞。
車窓の景色を懐かしむ余裕もなく、チェックインするとぐったり疲れて倒れ込むように眠った。
翌日、街を歩くと誰もマスクをしていない。来る前から聞いていたけれど、実際に見ると日本とのギャップに少し戸惑った。それも1日経つとすぐに慣れ、この数年間で自分のなかで縮こまっていたある部分が伸びていくようだった。それは単にマスクをすることの身体的な窮屈さということだけではなく、日本のなかにある目には見えない同調圧力のようなものからの解放感だ。それはいままで海外に来るといつも感じていたことだった。自分は時々海外出張に来ることで、そういったことから一息つくことができていたのだなと気づいた。

ヨーロッパ滞在中はしばらく会えていなかった友人たちや仕事仲間との再会があり、ただ顔を見て食事やお茶をするだけでホッとするものがあった。また会えた、よかった、お互い元気でよかったね、という思いが空気のなかに充満して自分たちを取り囲み、みな自然に笑顔が途切れなかった。実際に会えることのすごさとありがたみが沁みた。

長年一緒に本を作っているニューヨークの出版社の編集者ともランチを兼ねて打ち合わせができた。彼女とはこの10年くらいのあいだに3冊の写真集を一緒につくっているが、また新しい本を出せたら、とメールで話していた。コロナ禍で長いあいだ顔を合わせていなかったので、お互いの近況報告と別件の本の企画の話をしたり、話は尽きなかった。しばらく使っていなかった英語での会話だったので、元々拙いうえにそこでもまた英語力の衰えを感じつつ、なんとか会話についていったが、ランチを食べながら話すには時間が足りず、あとはまたメールでやりとりしようと別れた。それでも顔を合わせて食事をし、数時間話しただけで会わなかったあいだの時間を飛び越えていくような感じがした。

パリとミラノ在住の長年の日本人の友人たちとも会えた。それぞれの子どもたちと娘はとても仲がいい。親が仲が良いからといって子ども同士が仲良くなるというわけでもないのだろうが、このふたりとはとても相性がよく、毎回会うたびにずっと話し続けていて盛り上がっている。娘にとって、ふたりに会えることがヨーロッパに来る喜びになったことは、親の立場からすると感慨深い。
料理研究家であるパリ在住の友人は、わたしの東京とスイスの個展開催のお祝いに、と赤飯を炊いてくれ、食べきれないほどのご馳走をふるまってくれた。テーブルの横を走り回って遊ぶ子どもたちを眺めながら、大人たちはゆっくり飲んだり食べたりしながら話をした。その時間は旅の疲れを解いてくれるようだった。
ミラノ在住の友人親娘はチューリッヒの展示に来てくれた。子ども同士は6歳差があるものの、娘が生まれたときから知っているから妹のように思っていてくれているようで、いつも娘の目線に合わせて遊んでくれているし、ただ合わせているだけではなく、一緒にいることを楽しんでいることが伝わってくる。
そんな子どもたちが遊んでいる姿を横目でちらちらと見ながら、限られた時間を惜しむようにして親同士もおしゃべりをずっと続けた。
どちらの友人も普段は遠い場所に住んでいるし、密に連絡をとりあっているわけではないけれど、会えばすぐに会えなかった時間を忘れるほどに距離が縮まっていく。親子ともども相性がいいというしかないような関係性で、そういったものは努力しても作れないものだなと思う。
異国に住み、母国語ではない環境で子育てをしている彼女たちと話をしていると自分の視点にはない部分から物事を見ることができ、視野が広がっていくように感じる。本人たちの苦労は想像に難くなく、自然と尊敬の気持ちが湧いてくる。

ミラノへ帰る電車に乗り込むふたりをチューリッヒ駅で見送った。
別れ際、電車のホームで娘たちは何度も手を降り、窓越しに手を合わせた。わたしと友人は目が合うとお互いに少し名残惜しい気持ちが伝わってきて、すぐに目を逸らし、それを何度か繰り返した。
つぎにいつ会えるだろうと思いながら電車を見送り、もう暗くなったよく知らない街を歩いた。少し寂しい気持ちで見たこの景色を多分ずっと覚えているのだろうなと思いながら。

川内倫子の日々 vol.23

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