戦後のアメリカ写真界の大御所だったアーヴィング・ペン(1917〜2009)の生誕百周年記念の大回顧展をニューヨークのメトロポリタン美術館がペン財団の協力で開催。その約70年にわたる壮大な写真家人生を、200点あまりの作品で丁寧に追っている。よく知られている商業用の静物、ファッション・ポートレイト、文化人ポートレイトの他、個人的作品として撮影されたヌード、タバコの吸い殻、後年の非西洋世界でのポートレイト、ビューティーなど、テーマごとに展示室が小さく区切られているため、その変遷を追いやすい。
ゴヤ、ドーミエ、ロートレックなどの絵画とデザインを勉強し、もともと画力を認められデザイナーとして修行した。生涯の付き合いとなる『ヴォーグ』誌で働き始めた1940年代後半、アートディレクターだったペンが撮影し始めたのは、専属フォトグラファーの写真に満足できなかったからだという。独特の緻密な構図の静物やポートレイト写真が生み出された背景だ。
カラー写真はアートと認められなかった時代に全盛期を迎えただけに、展示作品の大半はモノクロ。初期に撮影されたカラーの静物は、1984年に焼き直されたダイトランスファー・プリントで展示されていた。
ホリゾントの前でポーズする人
Small Trades(労働者)シリーズの展示
ピカソ、オードリー・ヘップバーン、ジャン・コクトーら著名人のポートレイトをあしらった展示室の中央に、ペンが何十年間も使用した灰茶色の厚手のホリゾントが設置され、鑑賞者がその前に立って撮影できるようになっている。このインタラクティブな装置に喚起されて、幕を背景にした展示作品を眺め直すと、ペンの民主的な姿勢が見えてくる。幕の前に立ったのはモデルや文化人だけでない。ロンドン、パリ、そしてニューヨークの各種の職人、掃除人、配達人などの労働者たちも幕の前でポーズした。ペルー人やニューギニアの部族の撮影もこの幕を用いて行われた。少し後輩だったリチャード・アヴェドンが用いた白幕と比べて、微妙な陰影が出るこの幕は、写真全体をより絵画的なものに近づけている。
4枚のプリントの展示
また、職人気質だったペンらしく、独学で身につけたプラチナパラディウム・プリントと、通常のゼラチンシルバー・プリントを、異なる年にプリントした同一作品4点によって比較展示。説明によれば、たいていの写真家がプリントの均質性にこだわるのに対し、ペンはプリントごとに出てくる差異がそれぞれ「完璧」だという柔軟な立場を取っていたという。
モロッコでの撮影シーンを写した映像内でカメラに向かうペン
非西洋世界を雑誌に紹介するプロジェクトのひとつとして、モロッコで撮影された作品群は、貴重な撮影シーンと共に展示されている。
商業写真とアート写真のせめぎ合いを経た長い撮影人生の終焉近くには、しぼみかけた花に美を見い出す。「写真は個人的には、人生に限りがあることを乗り越えるための方策だ」という引用が添えてあった。
Text and Photos by Yuriko Yamaki
タイトル | 「Centennial」 |
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会期 | 2017年4月24日(月)〜7月30日(日) |
会場 | |
URL | http://metmuseum.org/exhibitions/listings/2017/irving-penn-centennial |
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。