近年増えつつあるダミーブックアワードの中でも、カッセル・フォトフェスティバルがいち早くスタートしたKassel Dummy Awardは、オンライン上でも応募できることから、世界各国の写真家たちがこぞって応募する人気のアワードだ。2010年に始まり、世界的な写真専門家を審査員に招いて選ばれるこの賞は、3日間のカッセル・フォトブック・フェスティバルでショートリスト(最終候補者)たちのダミーブックが並び、最終日に受賞者が決定。受賞作には写真集出版の権利が与えられる。今年のフェスティバルのディレクターであるディーター・ノイバートと審査員サルヴァトーレ・ヴィアターレのインタビューを交えながら、ダミーブックアワードの応募のコツを知ろう。
文=浦江由美子
写真=山田梨詠
1. Kassel Dummy Awardとはどんな賞?
申し込み方法:
毎年、1月中旬からオンラインで登録がはじまる。4月までにダミー本をカッセルに郵送で送る。費用は45ユーロ(2018年)、送料は自己負担。毎年、異なる審査員によって、まず50冊がショートリストに選ばれる。ケルンで開催される選考には男女、なるべく違った国籍の審査員をゲストに招待する。6月の最終選考では1位から3位までが選ばれ、1位の受賞者にはドイツの出版社Verlag Kettlerからの出版が決まり、2位、3位には賞金が与えられる。また、ショートリストに選ばれた50作品は世界のフォトブック・フェスティバルに巡回展示されることになる。
https://fotobookfestival.org/about/
2018年はダミー・アワードに394冊、46カ国からの応募があった。4月7日にケルンで行われたショートリスト選考の審査員8名は以下のとおり。
Valentina Abenavoli(Akina Books/イスタンブール)
Anne-Katrin Bicher(Montag Stiftung モンターク財団/ボン)
Sonia Berger(Dalpine/マドリード)
Andreas Schmidt(Verlag Kettler/ドルトムント)
Frederic Lezmi(The PhotoBookMuseum/ケルン& The Book Lab/イスタンブール)
Markus Schaden(The PhotoBookMuseum/ケルン)
Salvatore Viatale(YET magazine/ローザンヌ)
Dieter Neubert(Fotobookfestival/カッセル)
ファラーグ・ケトラー|Verlag Kettler
1934年に印刷所としてドイツ、ドルトムントにグスタフ・ケトラーにて創業。1980年代に2代目ハートムート・ケトラーが美術関係の出版社を立ち上げた。現在は上質な印刷のアートとデザイン系の出版社として知られる。年間でアーティスト・ブック、展覧会図録、写真、建築、デザイン、コンテンポラリー・アートの本、約100冊を出版。
https://www.verlag-kettler.de/en
会場でのショートリストによる展示の様子
2. サルヴァトーレ・ヴィアターレ(『YET』誌編集長)が語る、ショートリスト選考の現場
「送られて来た大量の本に目を通してほかの審査員とディスカッションを行うのは容易なことではない。ダミーブックのコンセプトと良いレイアウトがどれだけの影響を与えるかという話が中心となるが、実際に送られてくるダミーブックのほとんどは、デザイン、印刷や紙など、すべての要素が高いクオリティだ。
私の考えるダミーブックのコンセプトは、“ワーク・イン・プログレス”という感覚を持つ、存在感のある本だということ。応募作品を見ると、インターネットなどの影響で技術はリーズナブルに入手が可能になり、コンテンツに関してもリサーチが簡単になってきていることがわかる。よく考えられた編集、違ったシークエンス、そしてフォーマットと、プロフェッショナルがそれぞれのスキルを発揮できるのが自費出版の良さだろう。
審査員の一人、フレデリック・レズミの引用を紹介したい。「Only killers, no fillers(キラーだけで、ただ空白を埋めているだけではだめ)」。フォーマットよりも作品全体について考えること。主題に対する強固なコンセプトを持ったアプローチがまず必要で、それを機能的に考えながら、ページに落とし込んでいくこと。創造性をフルに引き出して、直感的にイメージを選ぶ。物語を持っていて、自分が手にとって見たくなる本、はっきりと首尾一貫した構造のある本であること。
ショートリストの選考は2段階で行われる。最初のディスカッションではほかの審査員の意見にこちらが折れる場合もあり、そこから長い時間をかけてショートリストが選ばれる。審査員同士がじっくり話し合い、結局、みんなでもう一度見返して、さまざまなアプローチの写真集50冊(実際には53冊)を厳選した。選ばれた本のクオリティは高く、さまざまな都市を巡回する展覧会によって、観客は素晴らしい作品を手にすることができるだろう」
3. ディレクター、ディーター・ノイバートが語る最終受賞者が選ばれるとき
ダミーブックアワードのショートリスト展は2018年、カッセルでのフォトブック・フェスティバルのほか、ダブリン、ハンブルク、オスロー、マドリード、ローマ、ザグレブ(クロアチア)、ケルン、オーフス(デンマーク)、ニーダ(リトアニア)とさまざまな都市で巡回される。毎年、アワードを受賞しない本でも、巡回中に目に留まった2、3冊に出版社から声がかかる可能性がある。
今年からショートリストに選ばれた候補者が、カッセルのフォトブック・フェスティバルに参加すると最終審査員とのトークにも参加できる。現地に行くことで専門家から意見やアドバイスをもらい、今後の活動に役立つとディレクターのディーター・ノイバートは薦めている。
フェスティバルのディレクター、ディーター・ノイバート
2018年の最終審査員は以下。フォトフェスティバルに招待された実際に写真集作りの経験豊富なアーティストが参加することが特徴。
Valentina Abenavoli(Akina Book/イスタンブール)
Morten Andersen(写真家、ブックメーカー/オスロ)
Andreas Schmidt(Verlag Kettler/ドルトムント)
Pierre Bessard(Editions Bessard/パリ)
Corinne Noordenbos(写真家、教育者/アムステルダム)
Dana Lixenberg(アーティスト、写真家/アムステルダム、ニューヨーク)
Salvatore Vitale(YET Magazine/ローザンヌ)
「まず、各審査員が5冊の本を選び、2、3人以上が選んだものが一致しているかを確認する。2018年のダミーブックアワードの受賞者、ミヒャエル・ダナーの作品は4名の審査員がそれぞれのベスト5で選出していた。ダナーの本は最初に見たときから多くの支持を受けると感じたよ。移住というテーマが稀にみる表現方法でまとめられていた。『Migration als Avantgarde(最先端、前衛としてとらえた移住)』という、やや挑発的なタイトルが付けられた本には、難民の写真があるわけでもないが、「移住」という現代のテーマを間接的に導いている。ショートリストの選考と最終の審査員の多くが、この本を何度も読み返しているのも印象的だった。判断基準は、いい本というのはすぐに納得できるものでもなく、見る人に何か強い印象を与えるということ。ストレートではない写真をうまく変化に富んだ編集で見せて飽きさせることがない。いま、社会的な問題として最も注目されている移住というテーマを、第二次世界大戦での難民のアーカイブ写真や、すぐにはピンとこない哲学者ハンナ・アーレントの言葉を組み合わせることで、ここにしか成立しない表現となり、総合的に受賞の評価へと結びついている」
受賞したミヒャエル・ダナーによる『Migration als Avantgarde』
「2位(『Hayati』Karim El Maktafi)と3位(『Water Tanks in Mathare Slum』フィリッポ・ロマノ)の受賞作品は一貫したテーマと写真がキーになっているが、全体的なまとまりという点で、どこか欠けている部分があった。全体的にブックデザイン、装丁にも工夫があり、サイズや素材の違ったページを貼り込み、観音開きを用いたり、文書を貼付けたりなど、写真集作りのトレンドが見られた。ここ数年、自らの幼少期や家族の歴史など、プライベートな視点をテーマにする人が多かったため、今回は選ばれなかった。審査員は毎年、新鮮で独自のテーマを評価する傾向にある。そういう意味では、日本からのエントリーは常にレベルの高い作品が多い」
2位に選ばれたKarim El Maktafiによる『Hayati』
3位に選ばれたフィリッポ・ロマノによる『Water Tanks in Mathare Slum』
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。