Interview
Hayahisa Tomiyasu

富安隼久インタヴュー
一匹の狐との出合いから始まった、ある卓球台の物語

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富安隼久

昨年、MACKのFirst Book Awardを受賞した『TTP』は、学生寮の窓から卓球台を定点観測するというコンセプトのキャッチさはもちろん、その構成の巧みさで話題となった一冊だ。そこには富安隼久という、見知らぬ日本人の名前があった。富安はライプツィヒで学び、現在チューリッヒを拠点にする写真家だ。卓球台に集う、卓球をしない人々を撮り続けたきっかけは、ライプツィヒで一匹の狐に出合ったことだった。『TTP』には狐は登場しないが、昨年末POSTで開催された展覧会では、最初に狐に出合ったときに撮影した「Fuchs」もあわせて見せていた。「撮ることもそうですが、大事なのはどうやってそれをプレゼンテーションするかです」と語る彼のその編集の妙と、ドイツやスイスで学び働く環境について聞いた。

インタヴュー・文=IMA
写真=白井晴幸

―今回の展示で置かれているテキストは、本の裏表紙のテキストを和訳されていますが、ここにはある日街で狐に出合ってから、狐を追っていたら卓球台に遭遇するというエピソードが書かれていますよね。

ライプツィヒで勉強していた当時、散歩していたら家の近所で狐を見かけたことに新鮮な驚きがありました。その二週間後の朝、起きたら窓の向こうにまた狐を見つけて、その時期から窓辺でぼーっとしながら視線の先にある卓球台で卓球台をしている人たちを眺める時間が増えていきました。

このテキストだけを読んでも、フィクションだと思う人がいるのですがフィクションではなく、こういった一連の出来事があって撮影が始まっていったという具体的な状況提示でもあり、また「TTP」へのプロローグ的側面もあります。

「Fuchs」(2011/2016)

「Fuchs」(2011/2016)

「Fuchs」(2011/2016)


―狐を見つけるまで、卓球台にはあまり気にかけてなかったのですか?

全く気にかけていませんでした。狐を待っていたら、だんだん卓球しない人達もいることがわかってきて、そこから卓球台で卓球しない人たちを撮ってみようと思い撮り始めました。最終的に2012年から2016年までの5年間撮影を続けました。

―過去作ではモノクロが多いですが「TTP」は最初からカラーと決めて撮っていたのでしょうか?

基本的にデジタルカメラを使っているので、撮る時はカラーで撮ることが多いです。「Fuchs」も始めはカラーで撮っています。場合にもよりますが、撮影の初期段階で決めることはあまりないですね。

―アウトプットの際の使い分けはどうしているんですか?

カラーのもつ情報を伝える必要があるかないかで決めています。「TTP」では風景や土の色の変化などのディテールが大事なのでカラーにしました。季節の移ろいを出すにもカラーである必要がありました。

―写真集『TTP』は定点観測的な視点もありながらも、それぞれの写真の背景を想像させるような構成で面白いですよね。この写真集の構成は時系列ではないと思うのですが、どのように構成をされたのですか?

定点観測の場合、時系列に並べるのは正攻法のひとつではありますが、個人的にある定点観測によって制作された作品を見る時、それが時系列で並べられているとわかると、自分の中でその作品に対する集中力が少し後退すると感じられることがよくあります。この作品ではそれをどうすれば最後まで一台の卓球台としての物語を推進しつつ、集中力を持続できるかを考えました。

編集の過程で、僕がライプツィヒで学んでいたペーター・ピラー教授は、アーカイブ写真を再編集し本来とは異なる文脈に置くことで、新しい認識を生み出していく手法で作品をいくつも作っている作家なので、その影響はあると思います。はじめの頃はいろいろな編集方法を試していたので、その度にペーターに見せ、ディスカッションをしました。色々試していく中で、そのうち時系列ではなく一枚の写真が次の写真にスムーズに繋がるように編集し始めました。

連想や類似性、ドラマ的な要素、背景の自然の変化などの視覚情報を使い、鑑賞者が1枚の写真を見て、それが記憶にとどまり、ページをめくり、次の写真を見るときに露骨にではなく、なんとなくどこかしら点と点で前後の写真同士の繋がりを感じられるようにしました。集中力を継続できるように、もしくは写真集の中にすっと入り込めるようにすることを心がけて編集しました。

「TPP」(2012-2016)

「TPP」(2012-2016)

「TPP」(2012-2016)

「TPP」(2012-2016)

「TPP」(2012-2016)


―ドキュメンタリーというより一枚一枚に物語を想起させるようなシーンがありますよね。最後の写真が象徴的ですが、そういった物語性を意識的に作っていますか?

本のフォーマットで何かを読む行為は漫画や小説が身近なものだと思うのですが、そこに入り込んでいる時ってとても楽しいんですよね。写真集も本としては似たフォーマットなので同様に、その世界に引き込ませるためには、ストーリーテーリングが必要で、そのためにも無理強いさせることなく気軽になんとなくめくりたくなるようにするのは意識しました。

―途中で撮っていた写真を、写真集ではあえて最後に持ってきたんですね。

どうすれば見る人の緩急をつけられるか考えました。これだけ枚数を重ねていくと、日本人の場合はおそらくですが特に、卓球台に対する感情移入が少しずつ、少しずつ起こってくるのではないかと思います。また最後のページまでめくると卓球台がある種ひとつの生き物のように見えてくる部分もあると思います。

―ではどのように写真集として形になったのでしょうか?

本を作ることは自分の中で決まっていたのですが具体的に話が進んだのは、ルーカス(Lukas Marstaller)とオリバー(Oliver-Selim Boualam)のデザイナー&アーティストユニット「BNAG」から声をかけられたのがきっかけです。2016年の春に、彼らが自分たちで卓球台をデザイン、作製し、卓球トーナメントの開催をシュトゥットガルトのアートスペースで企画していました。その時に僕の作品をインターネットで偶然見つけて、大会期間中にそこで行われるスペースの壁面に展示したいという話しがありました。かなりの量の卓球台の写真を彼らに送ったところ、これだけの枚数があるなら展示ではなく写真集を作ろうという話になり、そこからこの本の具体的な制作が始まりました。

―それで彼らと一緒にデザインも詰めていって、そのダミーをFirst Book Awardに応募したのですか?

2016年9月にダミーを作り終わってから、ドイツで助成金をとって出版しようという話をしていました。この作品はライプツィヒで作ったので、ライプツィヒの出版社から出したいと思っていました。2017年のFirst Book Awardでもこの本の推薦の話をいただいたのですが、そのときはそういった理由もあり応募しませんでした。その後一年間くらいドイツ国内で可能な限りの助成金に応募したのですがどれにもひっかからず、そんなときに去年もう一度First Book Awardへの推薦の話を今度はマリアンネ・ミュラーよりいただきました。資金面の理由でライプツィヒから出版するのが叶わないかもしれないとわかったとき、それは作品の撮影地とその地の出版社との地理的関係性がなくなってしまうことを意味していました。その場合にもうひとつの候補地として頭に浮かんでいたのは、卓球の発祥地であるイギリスだったので、二度推薦の話をいただいたことは何かの縁でもあるのかなと思い応募しようということになりました。


富安隼久

―それで応募したら、見事に受賞されたんですね。構成を考えるときに影響を受けた写真集はありますか?

この写真集を制作している時、一番よく見返したのはロバート・フランクの『Americans』とベルント&ヒラ・ベッヒャーの作品群です。僕にとってはそのふたつが大きな存在で、どうやってそれを自分の中で消化し、反映できるかを考えました。コンセプトは違いますが形と機能の関係性に対するアプローチ方法という意味では、ベッヒャーのタイポロジーのことを意識し、写真集としてはフランクの編集の仕方をすごく研究しました。なぜ『Americans』が写真集としてあんなに完成度が高いのか、その視覚言語をどうやって成立させているのかを研究しました。

―撮ったあとの編集にも、すごく時間をかけて作っているんですね。そういった視覚言語を扱い、考えたときに、何が一番重要だと思いましたか?

写真を見てまず目に入ってくる情報と、その後に分析した情報を、情報として次の写真が持っている情報といかにつなげるかが、この写真集で視覚言語という意味においては大事だと考えました。

―この作品より前は、どんな作品に取り組んでいたのでしょうか?

1冊目は25部限定の自費出版で、ドイツと日本の車をテーマにした『Silber』です。ドイツにいると、日本車に自分の視線が反応することに、そして日本にいる場合だと逆にドイツ車に反応している自分がいることに、ある日気づきました。背景はいつも違うのに、頭の中でその背景の違いが比べられないので、同じモデルをドイツと日本で探して撮って並列してみようと思いました。車の進行方向もドイツと日本では逆なので、横から撮った写真を並列にしたら、車同士は鏡開きみたいになります。車をひとつの基準に、都市構造の違い、また都市建築のそれぞれの固有性を視覚化しようと思って始めたのがきっかけです。

『Silber』(2014、自費出版)

『Silber』(2014、自費出版)

―ヨーロッパで学んだことによって、撮った後の見せ方やアウトプットの仕方をすごく吸収されたんですね。

向こうでは、撮ることもそうですが、どうプレゼンテーションするかもとても重要視されます。なぜそのアウトプットでないといけないのかを考えなければいけません。僕は写真集という形態は好きなのですが、作る場合にはその一連の写真がなぜ写真集という形式じゃなければいけないか、その理由が自分の中でわからないと一冊の写真集を作ることは難しいです。『TTP』と『Silber』は写真集じゃないといけない理由が明確にあったので、自分でも違和感なく楽しくつくることが出来ました。

―日本の工芸大を出てからドイツに留学された経緯を教えてください。

誤解を恐れずにいえば、その当時日本で主流だったのは刹那的な写真というのが個人的な印象でした。自分の場合、異なる目的を目指して撮った作品であっても、見てみると写真上のどこかにそういった刹那的な写真の歴史の痕跡や影響が見てとれるという状況があり、それをどうにかしなければいけない必要性を感じていました。2005年に東京国立近代美術館で「ドイツ写真の現在」という展覧会があって、そこに参加していた彼らのやっている視覚言語の扱い方を見て、引き続き自分の学びたいことが何なのかそのときに明確になりました。

そこからドイツのことを調べたら、ドイツの大学の学費は低く、生活費もそこまで高くなく、教えてくれる人たちはアートの最前線でバリバリにやっている作家達ということがわかり、行かない理由の方が見当たらなくドイツに行くことを決めました。最初の一年間はデュッセルドルフでドイツ語を勉強して、ライプツィヒの大学に入りました。自分の作品制作にとって重要な作家と直接ディスカッションできて、本音が聞けるというのはとても有意義でした。

―ライプツィヒで学ばれた後、同アカデミーで夜間講座の非常勤講師をして、いまはチューリッヒで助手をされていますよね。ドイツやヨーロッパでは、助手などをしながら作品を制作している作家も多いんですか?

多いと思います。助手のポジションも向こうでは若手育成にたいする助成の意味合いもあるので、助手でも基本的にはフルタイムではありません。学校の仕事に拘束されるのは50パーセントくらいで、あとは自分の時間として使えます。逆に作家活動をしっかり継続して新しい作品を制作していくことも条件のひとつです。現役の作家が、いまの状況を一番伝えやすい存在ですし、何よりも学生達に「そんなこといったって作家活動全然してないじゃん」っていわれたらそれで終わりですから。

あとライプツィヒで長い間学生をして、学生側の立場から芸術学校がどういうふうに動いているのかはわかったのですが、教える立場から芸術学校がどんなふうに機能して、どういう指針を持って芸術を教えるということを考えているのかを知りたいなと思い、卒業した時にチューリッヒ芸術大学から助手の応募が出ていて、そこに応募したら運良く受かりました。そもそも芸術を教えるということはどういうことなのか、それをどんなコンセプトと展望のもと大学側が考えているのかというのを知りたかったので、いまはまたすごく吸収することが多いです。

展示風景

タイトル

『TTP』

出版社

MACK

価格

5,550円+tax

発行年

2018年

仕様

ソフトカバー/200mm×270 mm/260ページ

URL

https://www.twelve-books.com/products/ttp-by-hayahisa-tomiyasu

富安隼久|Hayahisa Tomiyasu
1982年生まれ、神奈川県出身。2006年東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。2013年ライプツィヒ視覚芸術アカデミーにてディプロム、2016年同校にてマイスターシューラー号取得(ペーター・ピラー教授)。2014-2016年ライプツィヒ視覚芸術アカデミー夜間写真講座非常勤講師。2017年よりチューリッヒ芸術大学芸術・メディア学部助手。近年の主な展示に、∞ (Gallery b2, ライプツィヒ、ドイツ)、The Photographic(UG im Folkwang, エッセン、ドイツ)、フォトロンドン、12.ABP -ドイツ現代写真-(ゲラ美術館, ゲラ、ドイツ)、Verfuerung(ホーフハイム美術館、 ホーフハイム、ドイツ)、Plat(t)form 17(ヴィンタートーアミュージアム, ヴィンタートーア、スイス)などがある。
http://www.tomiyasuhayahisa.com/