Interview
Fumi Ishino

LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS展 作家インタヴュー vol.10
歴史や文脈を積み上げ、そこからいかに発展させるか

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石野郁和インタヴュー 01

ロサンゼルスを拠点とする石野郁和は、2017年に写真集出版の名門MACKから『ROWING A TETRAPOD』を刊行し、注目を集めた。また東京都写真美術館で開催されていた「小さいながらもたしかなこと日本の新進作家 vol.15」展にも参加した。アメリカへわたって15年、ロチェスター工科大を経て、名門イェール大で写真を学んだことは、石野の写真への思考にどのような影響を与えているのか?2016年の「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS」に参加し、アメリカの現代写真をバックグラウンドに、双方の文化を見つめながら精力的に制作を続ける、鋭い感性が見つめる先とは―。

インタヴュー・構成=IMA

―アメリカでキャリアをスタートしたきっかけを教えて下さい。

初めてアメリカに行ったのは2003年ですが、まず中西部にある大学で心理学を学んだ後に、写真とは関係のない仕事に就きました。その後にいろいろあって広告写真家の元でアシスタントとして働き、それからその彼の勧めで、ロチェスター工科大学へ入学しました。

―ロチェスター工科大学では、広告写真科に入学してから、ファインアートの学科に転科されたとうかがいました。そのときに苦労したことはありましたか?

当時私にとってファインアートはとても道が狭くて、最初は全然理解できなかったのですが、その得体の知れなさやコンセプトを漠然と面白いと感じていました。広告写真科では技術的なことを教えてもらっていたのですが、ファインアートの先生たちは、コンセプチャルな写真集やコンテンポラリーアートを見せてくれたのです。幸い図書館にはたくさんの作品集とソファーが揃っていたので、暇があれば通っていました。なぜこういう本や作品を作るのだろうとか、いろいろな人のスタイルや考え方を学ぶことから始めました。

―得体の知れないものだけれど、なぜか惹かれるものが何なのかを言葉にすることは、アメリカでアーティスとして活動していく上では必要なことですか?

惹かれる理由を言語化することにより自身または他者の作品を分析しやすくなることがあると思います。例えばアメリカでは自他の歴史や文脈を調べるとき、「分からないから面白い」から「理解する過程」にするため言葉として残す行為を重要視していると思います。歴史や文脈を積み上げることは自身の凝り固まった公式や構造から脱却し、作品を発展させることに役立つことが多々あります。

―MACKから出された写真集『ROWING A TETRAPOD』の話をお伺いしたいです。どうやってMACKからの出版が決まったんでしょうか?

院生時代からお世話になっている先生とたまに会うのですが、その時にまだ本の形にもなっていないポートフォリオを見せていたら、たまたま同じくMACKから写真集を出している方が現れたのです。その方も気に入ってくれたからMACKに見せようということになって、連絡をしてくれたのです。その後ロサンゼルスで出版社と会うことになって、会った時にはいつ本作ろうってすぐに話が決まりました。

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)

『ROWING A TETRAPOD』(2017、MACK)


―2016年の「BEYOND 2020 #4」に撮り下ろし作家として参加されていますが、実際に参加してみてどのような機会になりましたか?

とても良かったのは日本とアメリカの文脈の違いが学ぶきっかけになったことです。同世代の作家と知り合い、彼らの考え方を知って、そこから文脈が少しずつ見えるようになりました

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」アムステルダムでの展示風景(撮影:大谷臣史)

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」アムステルダムでの展示風景(撮影:大谷臣史)


―アメリカと日本でオーディエンスの見方の違いはありますか?

私の場合はアメリカ、日本というふたつの文化や文脈を取り入れて、その中での葛藤によりどういうものが作れるのか、多様性を生めるかがコンセプトなので、オーディエンスにより解釈の幅があって欲しいと願います。最近の展示でオーディエンスの方々から学んだことは、国境や文化の違いはあったとしても、いろいろな人たちが混ざり合い関わることで現存の在り方に疑問を呈し多様で新しい視点やフィードバックを作っていけるということです。

「無題(きゅうり色の集合体に関する考察)」(2016)「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」出品作

「無題(きゅうり色の集合体に関する考察)」(2016)「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」出品作

「無題(きゅうり色の集合体に関する考察)」(2016)「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」出品作

「無題(きゅうり色の集合体に関する考察)」(2016)「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」出品作

「無題(きゅうり色の集合体に関する考察)」(2016)「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS #4」出品作


―自分の作ろうとしているものが、すでに誰かがやっていないかも、ある程度知っていた方が良いのでしょうか?

知らないより知っている方が良いというのが私のスタンスです。私は情報やアイデアを見て考えるプロセスが好きで、自身の内面から出てくるアウトプットはインプットの量と相互関係にあると考えています。作品を作る側でもありますが、たとえ他の作家がやっていたとしてもさまざまな作品から違った視点や考え方を学びたいという衝動もあります。それによって自分の作品とまた違った角度で向き合う機会を与えてもらえるからです。

―アメリカで日本人というと、悪い印象を持たれることはないかもしれませんが、ブランド力はなくなってきているように感じます。

現在お互いの視点が内に強く向いている傾向があるのではないでしょうか。アメリカの一部では基本的に自国のみで回していけるという風潮を感じることがあります。多数あるコミュニティの分断が激しく、「他」や「外」に対する距離感や寛容性を見失っている感じがします。また日本ではガラパゴス的な日本(人)論や私的な精神論という言葉を時々聞きますが、これもネガティブな響きにしか聞こえない時もあります。

内側だけに向いている、内輪の話だけでは外での会話が成り立たず、排他的になる事があるのではないでしょうか。これから日本の中だけで回してはいけないだろうと思うし、アメリカもアメリカの中で回していってはいけないと思います。また大きな力が作るブランド力のみに頼らず、自身の軸で内と外の両方に目を向けて多様性を尊重し、偏見を薄めて行くプロセスが大事なのではと思っています。

―写真家としての活躍を目指す方々に、オススメのアワードやアートブックフェアなどがあれば教えてください。

ニューヨーク州にある写真のレジデンスおよびラボ「Light Work」はオススメです。素晴らしい機材や協力的で知識が豊富なスタッフ、プリンターたちも揃っていますし、レジデンス作家に選ばれるとグラントが支給され、宿泊施設及び作品制作のサポートを提供していただけるのは魅力的だと思います。この場所で働いている方々は作家である方も多く、意見交換などもできるので良い環境だと思います。

レジデンスしていたLight Workのラボスペース

レジデンスしていたLight Workのラボスペース

―これからチャレンジしたいことを教えてください。

いろいろな場所で出会った人たちと作品や考えをお互いシェアしていけたらいいですね。繋がり、話すことにより日本とアメリカなど違った背景の間にある力関係やステレオタイプなどの心理的な距離を再考するきっかけになると思うのです。現在スタジオなどの場所で、アートだけでなくほかの分野の話にも興味がある人たちが集まれる、出会える時間を定期的に設けていますが、フラットに話せる環境を継続して行いたいと思います。

また作品の面では、様々なヒエラルキーを再考する試みを行いたいと思っています。ヒエラルキーをつける行為は物事をカテゴライズするためのショートカットなのかもしれませんが、それは場所や分脈に関わらずいつでも機能するものなのでしょうか。例えば写真においても撮影時、編集時などに重要視、優先するポイントが各々あると思いますが、あまり良くないと思う写真がサイズやレイアウトなどにより面白く機能する場合が多々あります。「価値があまりない」とされるもの、もしくは認識しているものでも、その評価を一旦取り除き、他のものと同じ位置に並べることで全く違う面を見ることができると思います。東京都現代美術館の新進作家展に出展している新作の「Melon Cream Soda Float」では、ポップさやキッチュを用い、視覚や言語による認識の揺らぎからヒエラルキーが崩れて見える空間をどう表現できるのかを試みました。

「Melon Cream Soda Float」(2017)

「Melon Cream Soda Float」(2017)

石野郁和|Fumi Ishino
1984年、兵庫県生まれ。2012年、ロチェスター工科大学卒業。2014年、イェール大学大学院修了。現在ロサンゼルスを拠点とする。2015年、「ジャパンフォトアワード2015」受賞、「キヤノン写真新世紀」佳作。2017年に初写真集『Rowing a Tetrapod』(MACK)を刊行。2019年1月27日まで東京都写真美術館で開催されていた「小さいながらもたしかなこと日本の新進作家 vol.15」展に参加した。