25 January 2019

Art & Business
Martijn van Pieterson

マルテイン・ヴァン・ピーターソンインタヴュー
コレクターからギャラリストへ、日本写真に特化して開拓する

25 January 2019

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マルテイン・ヴァン・ピーターソンインタヴュー「コレクターからギャラリストへ、日本写真に特化して開拓する」 | マルテイン・ヴァン・ピーターソン

ベルギーのアントワープにある、日本の写真を積極的に紹介しているIBASHO(居場所)。2015年からスタートしたこのギャラリーは、巨匠をはじめ、楢橋朝子、水谷吉法石橋英之、Tokyo Rumandoなど、中堅・若手の日本人写真家の作品を数多く取り扱い、日本写真に特化したスタイルで注目を集めている。今回、リサーチや打ち合わせのために来日した設立者であり、ディレクターのマルテイン・ヴァン・ピーターソンに、日本写真との接続点やギャラリービジネスの展開について聞いた。

文=松本知己
写真=宇田川直寛

―今回、日本のメディアから初めてのインタヴューと聞いています。

そうですね、こうした露出はとても嬉しいです。というのも、日本の作品を扱っているベルギーのギャラリーといってもなかなかわかりづらいですし、やはり日本と関わる上で信頼関係を築く必要もあるので、どういった者であるかを知っていただけるのはありがたいです。

―IBASHOでのお仕事のことを聞く前に、ギャラリーを始める前のキャリアについてうかがえればと思います。ギャラリストとしてのキャリアは経ておらず、以前はコレクターだったんですよね?

はい、その通りです。IBASHOを始める前はまったく違う業界で働いていました。IBASHOは公私のパートナーであるアンヌマリー・ゼットホフと経営しているのですが、自分は銀行で勤め、彼女は弁護士をしていました。そうしたキャリアを積んでいる中で続けていたのが、アート作品の収集でした。彼女と出会って早々にそれは始めましたね。最初は、19世紀や20世紀初頭の作品も集めてはいましたが、その後は現代美術作品を中心にコレクションしていました。

コレクターといわれる立場として、アート業界には20年以上携わってきました。アンヌマリーと熱心にギャラリーやフェアなどに足を運び、作品を見続け、またコレクションを楽しんでいました。日本の作品との出会いは、最初は写真ではなく浮世絵だったんです。実は浮世絵は私たちのコレクションの中心でもあり、日本の方もよく知っている浮世絵師の作品も持っていますよ。

―そうでしたか。では、いつ頃から写真について興味を持ち、写真作品をコレクションし始めたんでしょうか?

最初はアンヌマリーが写真家としての勉強を始めました。アムステルダムの写真学校(フォトアカデミー・アムステルダム)にも通い、2007年に卒業しました。それが約12年前です。その頃から写真についてより一層興味を持ち、写真を「美術作品」として見るようにもなり、同時に写真のコレクションもスタートしています。ただ、最初は日本の作品はあまり見ておらず、私たちの故郷であるオランダやヨーロッパの作家が中心でしたね。

―日本写真との出会いはなんだったのでしょうか。

その後、ロンドンに移りました。そこでアンヌマリーが、オークション会社サザビーズが運営しているサザビーズ・インスティチュート・オブ・アートで修士課程を修了したんですね。ちょうどその時期の2012年にTate Modernで森山大道とウィリアム・クラインとの二人展が開催されていて、足を運んでました。それはもう衝撃的でした。本当に森山大道の作品に心を奪われ、すぐにタカ・イシイギャラリーの方から作品を見せていただき、実際に作品購入もしました。それが日本写真との最初の出会いです。

それをきっかけに、日本写真について興味を持ち調べ始めました。日本写真全般においてはもちろんのこと、森山大道さんの教え子(北島敬三さんや倉田精二さん)や、森山さんに関わる作家たちのこともです。それは、私たち自身や私たちのコレクションとのつながりを見出し、コレクションをより豊かに、また深化したいと考えているからなんです。どんどんお金がかかるようになってしまいましたね(笑)。日本の写真との出会いが2012年だったので、実際そんなに前の話じゃないんです。

森山大道作品


―では、ギャラリストになることについてお話いただけますか?

コレクターとして、かなり多くの作品を集めてきました。そして気付くんですよね、「コレクションをどうにかしたい、何かしなきゃ」と(笑)。そのひとつの手段として「このコレクションを他の人たちに見せて、共有しよう」と考えました。実際そういうことやギャラリーを持つことについては、ロンドンに移る前から考えてきましたが、その時はまだアイデアが定まらなかったんです。ただ、そういう気持ちを抱いていた頃に、私は銀行を辞め、アンヌマリーが写真で修士号を取得したこともあり、「写真を中心にしたギャラリーを開くべきなのでは」という考えに至りました。

―そうして、アントワープでギャラリーを開くことになったんですね。でも、なぜアントワープだったんでしょうか。地元のオランダでもないし、一時期を過ごしたロンドンでもないです。

元々は地元アムステルダムにしようかと考えていました。ただ、アムステルダムでは物価や物件の兼ね合いもありましたし、良い環境と出会えていませんでした。そうした中、アントワープの友人のところに遊びに行った時、たまたまついでにいくつか物件を見ていたら、そのひとつを気に入ってしまったんです。古くて素敵な建物で、周りにさまざまな美術館やギャラリーもあって、ご飯も美味しく、環境がとても良かった。オランダからも至近ですしね。「これはもうアントワープだ」とそのとき思いました。数週間後には再度アントワープを訪ね、物件を決めてしまいました。大きな計画があったというわけではなかったんです。

©︎ OTANI NIEUWENHIUIZE IBASHOでの大谷臣史とヨハン・ニューウェンハウゼによるコラボレーションプロジェクト「OTANI NIEUWENHIUIZE」展示風景

©︎ OTANI NIEUWENHIUIZE IBASHOでの大谷臣史とヨハン・ニューウェンハウゼによるコラボレーションプロジェクト「OTANI NIEUWENHIUIZE」展示風景


―それはとても早い決断ですね。ではなぜ日本写真を中心に据えたのですか?

私たち夫婦は、コレクターとして、この業界に関わっていたものの、どこかのギャラリーで経験を積んでいたわけでもない、つまりギャラリー運営に関しては素人同然でした。そういう状況でギャラリーを始めるということは、世に対してなにか強い提案をしないことには、生き残れないと考えていました。ギャラリー運営は難しいビジネスです。

また、森山作品のほかに、細江英公といった巨匠たちの作品をはじめ、中堅・若手の作品も持っていました。浮世絵などの日本美術に強い関心があり、またそれらと写真とのリンクもあると感じていました。だったら日本作品を中心にしようと至ったのは、私たちにとって自然な流れです。

―それが2014年の出来事ですよね。

2015年にロンドンでPhoto Londonが始まったのは記憶に新しいと思いますが、その出展募集が始まったのが2014年でした。その時にはまだギャラリースペースは準備中で、自分たちのコレクションとメールアドレスしか持っていませんでした。でもPhoto Londonに応募したら、審査が通ったんですよね。それは提案する内容、つまり日本写真を中心に持っていくということが評価されたんだと思います。自分でもいまとなっては驚きですが、あのフェアがギャラリーとして最初の活動でした。

マルテイン・ヴァン・ピーターソン

―日本写真を紹介する、特に若い作家を紹介する上で、難しさは感じませんか?

若手を紹介する難しさはありますが、自分たちのギャラリーの中心となる重要な仕事です。自分たちのスペースで展覧会を開催することは当たり前ですが、そこだけに留まることはできません。出会える顧客は限られますからね。そういう点で、フェアに出展することは大切で、思い返せば2018年は7つのフェアに参加しました。2019年も同じくらい参加することになるでしょう。

そのほか、他のスペースで展覧会を企画することもあります。2018年のパリフォトでは、土田ヒロミさんの広島の作品を個展形式で展示販売しました。2019年にはオランダの美術館で、日本人写真家によるヌード写真の展覧会を準備しています。戦前から現代のものまで幅広く見せる予定です。

2018年のParis Photoでの土田ヒロミの展示

2018年のParis Photoでの土田ヒロミの展示


また、IBASHOの運営を語る上で、ほかのギャラリーとひとつ大きく違う点があります。それは、基本的にプロジェクトベースで展覧会を企画していることです。他のギャラリーは所属作家を抱え、作家たちを中心に運営していますよね。私たちにとっては、まだ知名度の低い作家たちも含めて幅広く紹介することが日本の写真を広めていく上で大切ですし、状況にフレキシブルに対応するためにも、基本的に所属作家を抱えないかたちを取っています。私たちがやっていることは、「日本写真」というニッチなビジネススタイルとも言えるので、固定の作家を抱えることは、環境をより狭めてしまいます。プロジェクトベースにすることで、より環境を広げようと考えています。

―ギャラリーを始めてまだ5年ですが、頭がパンクするような勢いですね。より多くの人たちに日本の写真を広めていってほしいです。

来年は、細江さんのアシスタントをしていたこともある、普後均さんの作品を展示する予定です。まだまだ知られていない作家かもしれませんが、素敵な作品で、いまからとても楽しみです。また、数少ない所属作家でもある梶岡美穂さんは、すでに多くのファンを獲得し、たくさんの引き合いがあります。

それに常に新しい写真家や作品を探しています。知り合いからの紹介もありますし、写真集から発見すること、Kyotographieなどの写真フェスティバルに参加して出会うこともあります。新しい作家を紹介することはとてもエキサイティングなことですよね。

Miho Kajioka Courtesy of Ibasho Gallery

Miho Kajioka Courtesy of Ibasho Gallery

Miho Kajioka Courtesy of Ibasho Gallery

Miho Kajioka Courtesy of Ibasho Gallery


―お話しを聞いていて、いまやっていることを楽しんで、また愛情を注がれていると実感します。

1階にギャラリーがあり、上の階が私たちの住むフロアになっています。1階には滞在もできるゲストルームも備えているのですが、関わる作家や多くの人にとって居心地のいい場所、そこが彼らの「居場所」であることを感じてもらえるように、運営していきたいと思います。語ると長くなってしまいますが、本当にたくさんやることがあります。多くのプランが同時並行で進んでいて大変ですが、とても面白い環境で楽しんでいます。いままでも失敗もありましたが、進み続け、また挑み続けていきたいと思っています。

マルテイン・ヴァン・ピーターソン

マルテイン・ヴァン・ピーターソン|Martijn van Pieterson
1972年、オランダ出身。1996年にエラスムス・ロッテルダム大学卒業。アムステルダムとロンドンの銀行に18年間勤務した後、妻のアンヌマリー・ゼットホフと共に2014年にIBASHOを創立し、2015年3月にはベルギーのアントワープでギャラリーを開設。IBASHO Galleryは日本のアート写真に特化しており、日本の有名な巨匠から若手作家まで、そして日本での活動経験を持つ外国人写真家らを紹介している。また日本写真の収集も行う。これまでにパリフォト、AIPAD、Photo LondonやUnseenなどのアートフェアにも参加。2017年8月には、ギャラリーの延長として日本の写真集に特化したブックショップをオープンした。マルテインとアンヌマリーはまた、ゲストキュレーターとしても活動している。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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