27 December 2019

New Voice ニューヨークの若手写真家ファイル #04 ニック・セシ

27 December 2019

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ニューヨークの若手写真家ファイル #04 ニック・セシ | ニック・セシ

写真専門書店Dashwood Booksに勤め、出版レーベルSession Pressを主宰する須々田美和が、いま注目すべきニューヨークの新進作家たちの魅力をひもとく連載。世界中から集められた写真集やZINEが一堂に揃う同店では、定期的にサイン会などのイベントが開かれ、アート界のみならず、ファッション、音楽などクリエイティブ業界の人たちで賑わいをみせている。ニューヨークの写真シーンの最前線を知る須々田が、SNSでは伝わりきれない新世代の声をお届けする。

インタヴュー・文=Miwa Susuda

約10年間にわたり、自身のルーツであるインドを撮影した作品群を写真集『Khichdi(Kitchari)』としてまとめ、2018年にDashwood Booksからリリースしたニック・セシ。撮影から印刷、製本までの本づくりにおける全ての工程をインドで行ったユニークな写真集には、同国のさまざまな表情が詰まっている。急激な変化を遂げるインドのアイデンティティを探求する本作は大きな話題を呼び、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍ぶりだ。AIPADやFrieze New Yorkなどアートフェアに参加し、パリで個展「Welcome2You」を開き、そのほか多くのグループ展に参加するなどアート界でも勢力的に作品を発表する一方で、気鋭のアーティストを抱えるエージェントChristopherに所属し、多くの商業写真も手がけている。独自のキャリアを築くセシに話を聞き、大躍進の秘訣を探る。

―まずは、写真との出会いを教えてください。

高校生のときは、パンクのコンサートに行ったり、バンドを組んだりして音楽にのめり込んでいましたね。でも音楽の才能はないことを自分が一番よくわかっていたので、将来に対して悲観的で、訳のわからない怒りを日々感じていました。そんな矢先にインドで生まれ育った両親から、高校最後の一年間はインドで過ごしなさいと言われました。それまでも祖父母に会うために家族でインドを幾度か訪れていましたが、全てが混沌とし、清潔とはいえないインドの街が苦手で長期滞在は憂鬱でたまりませんでした。ただ、この頃に父親から借りたデジタルカメラを使って街の風景を撮り始めたのが、写真との出会いです。

これまでに約40冊の写真集やZINEを制作している。そのほとんどが自費出版。

これまでに約40冊の写真集やZINEを制作している。そのほとんどが自費出版。


―その頃から写真家を目指すようになったのでしょうか?

いえ、写真家になりたいと思ったのは、インドからアメリカに帰国し、ニューヨークに住み始めてからです。高校卒業後はニューヨーク大学コミュニケーション学部に進学したのですが、性にあわずに2カ月で辞めてしまいました。その後もイーストビレッジに住んでいた叔母の家で居候し、ニューヨークに残ることに。当時僕は18歳でしたが、ニューヨークの写真業界ではライアン・マッギンレーやテリー・リチャードソンが活躍していて、カルチャー誌『VICE』が若者からの絶大な人気を誇っていました。僕自身も『VICE』に載っている写真が大好きだったので、同誌でインターンとして数ヶ月働いた後、幸運にも知り合いの紹介でテリー・リチャードソンのスタジオでアシスタントとして働くことになったのです。そこでの業務は想像以上にタフで、朝から晩まで休みなく働き、体力的にも厳しかったです。ただテリーの撮影は、杓子定規ではなく直感的で現場はいつも楽しい雰囲気にあふれていました。写真家という仕事に魅力を感じました。彼のアシスタントとして2年半働きましたが、撮影のノウハウやプロの仕事を間近で見ることができた経験は、大学で写真を学ばなかった僕にとって最高の授業だったと思っています。

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)

『Khichdi(Kitchari)』(Dashwood、2018年)


―アシスタントを辞めた直後にインドへとわたり『Khichdi (Kitchari)』(Dashwood、2018年)を制作しました。苦手意識のあった国を撮りたいと思った理由はなんだったのでしょうか?

アシスタントを辞めたあとすぐに、インドで3カ月間にわたり写真を撮ることしたのは、“嫌い”という感情が、実は、“好き”という感情の裏返しであって、否定的な思いを抱いていたインドが、時が経つ中で、最も興味がある対象に変化していったためだと思います。高校時代のインドでの苦い経験がなかったら、その10年後、僕にとって写真学校のような場所であるDashwood Booksから写真集を刊行することもなかったと思います。いまとなっては、自分のルーツと向き合うことの大事さを教えてくれた両親には感謝しかありません。

The Third Gender ©︎ Nick Sethi

The Third Gender ©︎ Nick Sethi

The Third Gender ©︎ Nick Sethi


―2018年4月、アートフェアAIPADで開催された講演や同年6月のFrieze New Yorkでの展示についてお聞かせください。

AIPADでは、Aperture Foundationが企画したレクチャーに出演し、インドの風俗で働く男娼を撮った作品群「The Third Gender」の話をしました。幸運にも無事でしたが、拉致されてレイプされそうになったりと、かなり危険な目にあったのですが、男娼だけにフォーカスしてインドを切り取ることに対しては少し複雑な思いがあります。僕が体験したインドは、騒々しいだけでなく、多くのあたたかい人たちや美しい景色など一言では言い表せないたくさんの側面があり、その一部としてこの「The Third Gender」を撮影したからです。多くの出版社からこのシリーズを写真集にしたいと誘いがあるのですが、これだけでひとつの写真集にすることに対して強い抵抗感があり、お断りしています。

Frieze Art Fairでは、イギリス人のファッションデザイナー、グレース・ウェールズ・ボナーとコラボレーションしてアートのインスタレーションを展開しました。その後もボナーとは、メンズファッション&カルチャー誌『Another Man』のためにインドで一緒に撮影しました。ボナーとの仕事において最も感心したのは、インドの歴史や風俗について参考資料を大量に読み込んでリサーチしたのちにデザインに取り組む姿勢です。僕に対しても惜しみなく自分が学んだことを共有してくれて、何度も議論を重ねて撮影に臨みました。彼女とのコラボレーションを通して、僕自身も、ただインドを直感的にただ撮影するのでなく、その土地の宗教や文化を理解しようと努めるようになりました。

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー

個展「Welcome2You」インスタレーション・ビュー


2019年10月にパリで開催された個展「Welcome2You」でのインスタレーションでは、インドで見つけたさまざまなものが並べられ、2次元の枠を超えた方向を目指しているように感じました。

僕は写真家として、インドの政治問題や貧困、混乱を伝える役割を果たそうとしていません。僕が写真を通して伝えたいことは、自分の経験です。それを皆さんにも追体験してもらうために、展示では写真だけでなく、スーツケースやインドで見つけた布、お皿、食品のパッケージ、Nikeやadidasのコピー商品、インドの神々をモチーフとしたグッズ、小物や石なども展示しています。「Welcome2You」の会場では、インドの人たちが車によく貼り付けているハートや花柄などのカラフルなワッペンを用意し、来場者に展示作品に自由に貼ってもらいました。また、インドのお香を焚き、インドの音楽を流し、インドでの体験を五感で感じてもらえるようにしました。

―今年からニューヨークのエージェンシーChristopher に所属され、数々のキャンペーンの撮影、ファッションデザイナーとのコラボを手がけています。さらには、2019年9月のミラノファッションウィーク開催時期に行われていた、ヴァージル・アブローのキュレーションによる『Coming of Age』展に参加しました。アート写真とファッション写真の関係をどのように考えていますか?

極端な説明になってしまいますが、一昔前のファッション界は、ひとりのデザイナーの天才的な発想によって業界が動き、それに応じて写真家もそのデザイナーの世界観を表現するための撮影をし、一部の富裕層に向けてアピールする宣伝をしていたと思います。でもデジタル社会となったいまは、情報はより広く様々なバックグランドを持つ人々に瞬時に伝わります。ソーシャルメィデアの台頭により、デザイナーの意向よりも「スタイル」と呼ばれるもっと抽象的なものが、より多くの支持を得るようになったと思います。そのスタイルに共感するのは、一部の特権階級の人たちだけでなく、世界中の若者です。彼らがファッションブランドにおける重要なターゲットになったため、若い世代の代弁者として僕のような新人作家にも仕事がまわってきているのだと思います。僕は、アートフォトも商業写真も写真家のオリジナリティが問われる仕事だと思うので、どちらも同じくらい重要な仕事だととらえています。

―最後に、写真として成功する秘訣はなんだと思いますか?

成功することをゴールにしないことでしょうか。僕がこれまで歩んできた道は、成功するために選んだものではありません。興味があることを根気よく続けることで巡ってきたチャンスを、ひとつずつ掴んでいっただけです。ニューヨークは、クリエイティブな人たちが多く、チャンスにあふれていますが、物事には必ず二つの面があり、嫌なこともあるし、嫌な人たちに出会うこともあります。僕は、どうなりたいか、どういう人と仕事をしたいかという希望や物事の良い面に目を向けるよう心がけてきました。それを続けてれば、困難な局面に差し掛かっても物事を好転させることができると信じています。

ニック・セシ|Nick Sethi
1989年、メリーランド州生まれ。10歳でフロリダ州へと移住し、高校最後の一年間はインドで過ごした。2001年よりニューヨークを拠点に活動する。2017年冬にリリースされた雑誌『Aperture』の「Future Gender」特集にて「The Third Gender」が掲載された。2018年6月にDashwood Booksから『Khichdi (Kitchari)』を出版し、Paris Photo/Aperture Foundation First Photobookのショートリストにノミネートされ、『New York Times』では2018年のベスト・ブックのひとつに選ばれた。ニューヨークのエージェント、Christopher に所属し、『Another Man』『Garage』などの雑誌からのコミッションワークを行う。
http://www.nicksethi.com/

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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