3 September 2020

New Voice ニューヨークの若手写真家ファイル #05 ピクシー・リャオ

3 September 2020

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ニューヨークの若手写真家ファイル #05 ピクシー・リャオ | ピクシー・リャオ

写真専門書店Dashwood Booksに勤め、出版レーベルSession Pressを主宰する須々田美和が、いま注目すべきニューヨークの新進作家たちの魅力をひもとく連載。世界中から集められた写真集やZINEが一堂に揃う同店では、定期的にサイン会などのイベントが開かれ、アート界のみならず、ファッション、音楽などクリエイティブ業界の人たちで賑わいをみせている。ニューヨークの写真シーンの最前線を知る須々田が、SNSでは伝わりきれない新世代の声をお届けする。

インタヴュー・文=Miwa Susuda

上海出身のピクシー・リャオは、国際的に活躍する注目すべき気鋭のアジア人写真家のひとり。生まれ育った環境を離れ、マイノリティとしてアメリカで活動する彼女は、社会・文化的背景の違いが生み出す “普通”の感覚の差異を起点とし、日本人のパートナーとのセルフポートレイトを通して男女の関係性を探求した現在も継続中のシリーズ「Experimental Relationships」で高い評価を得た。世界各国で作品を発表したり、積極的にレジデンスプログラムに参加したりすることで活躍の場を広げてきたリャオのこれまでのキャリアや、制作への向き合い方を掘り下げ、彼女の唯一無二の魅力をひも解いてみた。

―まずは、写真との出会いを教えてください。

上海で生まれ育ち、大学にも進学しましたが、アートや写真は専攻しませんでした。卒業後はグラッフィックデザインを独学で学び、フリーランスのデザイナーとして仕事をするうちに、オンライン上でデジタル写真を集めたりすることに夢中になりました。また、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『Blow-Up』を観て、コマーシャルフォトグラファーに憧れるようになり、写真家を目指すことにしました。そのためにアメリカのテネーシー州に渡り、メンフィス大学の大学院で写真家としての知識や技術を学ぶことにしました。

―代表作「Experimental Relationships」は、在学中に誕生していますが、きっかけは何だったのでしょうか。

ある課題で、恋人である同大学の音楽学部に在籍していた日本人留学生のモロさんを撮影した写真を提出した際に、教授やクラスメートやから、育ってきた環境や宗教の違いからボーイフレンドをモノのように扱っていると批判されたんです。それまでは、私の彼に対する接し方は“普通”だと思っていたので、ネガティブな感想を持たれたことに正直驚きました。ただ、この経験がきっかけとなり、私たち二人の“普通”と、他者が正しいと考えることに違いがあると知り、それからは意識的にモロさんを私の作品に登場させ、まわりの反応を探ってみようと思いました。また男女の関係は、多くの人が関心を持つテーマであり、世代やバックグランドを超えて議論の対象になることに興味を覚え、このシリーズをさらに発展させることにしました。

―事前準備や撮影の仕方につい詳しく教えてください。

大学院生の時に購入した中判カメラのゼンザブロニカETRを使って、ブルックリンの自宅や日本に旅行した時などで撮影しています。まず撮影に入る前に、どういったイメージを作りたいのかアイデアを絵や言葉でノートに書き留めます。そのアイデアを自分の頭の中に叩き込んでから撮影に挑むことで、撮影時にあれこれと悩まないようにしているのです。モロさんにはノートの内容を共有せず、簡単な指示を伝えるだけにすることで、彼の即興的な動作をとり入れ、柔軟にアイデアを変化させる余白も残しています。想定していたよりも明るさが足りなかったり、彼との息がうまく合わなかったりして、何度も撮り直すこともあります。屋外の撮影で他人に見られることは気にならないのですが、二人の世界に入り込むよう意識しています。実際の撮影は、30分から1時間ほどで終わるのですが、何年間もかけて制作しているように感じます。

The Hug by the pond, 2010

You don't have to be a boy to be my boyfriend,2010

Playground, 2015


―「Experimental Relationships 」は、歳月を経て、どのように変化していきましたか?

実に13年もの長い間にわたり、モロさんと作品を作り続ける中で、私たちの関係も少しずつ変化し、それは、作品にも反映されていると思います。初期の頃は、より圧倒的に主導権を握ったポーズを取った写真が多く、徐々に二人の関係が対等になり、ポージングや視線も変化し、写真の中での私たち二人の関係性も等しくなっていきました。最近は、私自身によりファーカスを当て、彼が登場しても表情がほとんどわからないものが多いです。本作が今後どのように変化していくのかは、私たちの関係性次第なので予測できませんが、ライフワークととらえているシリーズの進展を、私自身も楽しみにしています。

Relationships work best when each partner knows their proper place, 2008

Start off your day with a good breakfast together, 2009

Kiss Exam, 2015

Cover Me, 2018

The woman who clicks the shutter, 2018


―中国人であるというバックグランドが、作品にどのような影響を与えていると思いますか?

中国人であることは、作品に大きな影響があると思います。ただ、中国の歴史や文学、哲学、芸術などからの影響というより、自分自身の育ってきた環境で経験したことが作品に反映されていると思います。特に20代前半まで中国で育った私には、手本となる女性像がありませんでした。常に女性としてどう生きていくべきか、どう振舞うべきか、自分の中で葛藤していました。その問いが「Experimental Relationships」の根底にあり、本作を通して女性としてのあり方を、パートナーと共に表現しているのだと思います。例えば、5歳年下のパートナーとの関係において、女性としての私の立ち位置はどうなるのか?彼が日本人であること、私が中国人であることは、二人の関係の中でどういう意味を持つのか?また、私たちの関係は、私が中国で知っている伝統的な男女の関係とどのような違いがあり、何が正しくて、どういう意味があるのかなど、常に模索しています。中国の現代アートへの関心から、私の作品に興味を持ってくれる人も多くいますが、作品が男女の関係性という普遍的なテーマを扱っているために、さらに注目されているように思います。

―これまで多くのレジデンスプログラムに参加されていますね。特に印象に残るプログラムがありましたら教えてください。

大学院を卒業してすぐに参加したウッドストックのレジデンスプログラム、Center for Photography in Woodstockですね。卒業後にニューヨークへ移ったのですが、家賃も物価も高く、制作より日々の生活を軌道に乗せることで精一杯でした。そんな時にニューヨーク州のアップステートにあるこのレジデンスで、1カ月の間、金銭面の心配をせず、自由で開かれた雰囲気の環境でさまざまなアーティストたちと共に制作だけに集中できたのは、写真家としてのキャリアをスタートする上で重要なステップだったと思います。「Experimental Relationships』をさらに進化させることもできましたし、その時に制作したハンドメイドの写真集は、2018年にJiazazhi Pressから出版された『PIMO Dictionary』の土台となりました。同出版社からは、『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』も出版し、Paris Photo-Aperture Foundation PhotoBook Awardで審査員特別賞を受賞しました。。レジデンスプログラムへの参加は、写真家のキャリアアップにとって有益だと思います。

『PIMO Dictionary』(Jiazazhi Press、2018)

『PIMO Dictionary』(Jiazazhi Press、2018)

『PIMO Dictionary』(Jiazazhi Press、2018)

『PIMO Dictionary』(Jiazazhi Press、2018)

『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』(Jiazazhi Press、2018)

『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』(Jiazazhi Press、2018)

『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』(Jiazazhi Press、2018)

『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』(Jiazazhi Press、2018)


―新型コロナウイルスの影響で、多くの美術館やギャラリーがクローズされていました。オンラインにおける作家としての活動をどのように考えていますか?

4月初旬からバンクーバー・センター・A・ギャラリーで個展を行う予定でしたが、パンデミックの影響から会場での展覧会やトークイベントの開催は難しくなりました。代わりにすべてオンラインで開催することとなり、最初はとても残念に思いましたが、見方を変えると、より多くのオーディエンスに観てもらえたのは良かったと思うようになりました。中国やヨーロッパの友人や美術関係者など、距離的に会場に足を運ぶことが難しい人にも私の展示会を観てもらえるチャンスになったと感じています。世界中からフィードバックをもらえたことで、オンラインの影響力の大きさを改めて実感することができました。

―最後に、若い世代の写真家へアドバイスをお願いします。

自分自身を信じることです。他人にどう思われるか、見られるかではなく、あなた自身の内側に意識を向けることが大事だと思います。私が若い時に、常に自身に言い聞かせてきた言葉があります。「All that I need is inside of me(大切なことは全て自分の中にある)」。何よりも自分が誰なのか、何を求めているのかをよく理解することです。あなただけが持っているものが、あなたの作品を際立たせることができるから。自分の内側の声に耳を傾けましょう。それはもしかしたら、あなたの弱さや目を瞑りたくなうような悪い癖かもしれません。しかし、それはまさしくあなただけが持っている特別なものなのです。それから目をそらさず、積極的に自分の持っている内側のものへ目を向けるようにしてください。

>ピクシー・リャオのオンラインギャラリーはこちら

ピクシー・リャオ|Pixy Liao
1979年、上海生まれ。26歳でテネシー州のメンフィス大学写真学部修士号取得。2009年よりニューヨークに活動の拠点を移し、Light Work (2015年)、Center for Photography at Woodstock (2010年)など多くのレジデンスプログラムに参加。また、Vancouver International Centre for Contemporary Asian Art(2020年)、アルル国際写真フェスティバル(2019年)、Chambers Fine Art(2019年)など国内外で個展を開催。『Experimental Relationship Vol.1 2007-2017』(Jiazazhi Press、2018年)は、Paris Photo-Aperture PhotoBook Awardで審査員特別賞を受賞。
http://www.pixyliao.com/

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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