9 December 2020

ポルノか、女性蔑視か、それとも芸術か?

映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』ゲロ・フォン・ベーム監督インタヴュー

9 December 2020

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ポルノか、女性蔑視か、それとも芸術か?映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』ゲロ・フォン・ベーム監督インタヴュー | 映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』 ゲロ・フォン・ベーム監督インタヴュー

David-Lynch-and-Isabelle-Rossellini,-Los-Angeles,-1988-© -Foto-Helmut-Newton,-Helmut-Newton-Estate-Courtesy-Helmut-Newton-Foundation

2004年にロサンゼルスで起こした自動車事故で不慮の死を遂げるまで、半世紀近くにわたって第一線のファッション写真家として活躍し続けたヘルムート・ニュートン。従来のモード写真と一線を画す彼のセンセーショナルな写真は、ときに「ポルノまがい」「女性蔑視」と激しい議論を巻き起こし、「20世紀を最も騒がせた写真家」とも呼ばれた。しかし、このたび公開されるニュートンの生誕100年を記念して制作されたドキュメンタリー『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』は、そんな彼のパブリック・イメージを覆す別の視点を観る者に与えてくれるだろう。シャーロット・ランプリングやイザベラ・ロッセリーニ、ハンナ・シグラ、クラウディア・シファーなど、ニュートン作品の被写体となった女性たちの貴重なインタヴューから浮かび上がる、彼が創造した女性のビジョンと挑発的な表現の深層とは。ゲロ・フォン・ベーム監督にオンラインで話を聞いた。

文=小林英治

ヘルムートに撮られた女性たちが語る証言

―ヘルムート・ニュートンとの出会いについて、またドキュメンタリー制作の経緯について教えてください。

ゲロ・フォン・ベーム(以下GVB):ヘルムートとは1997年頃に共通の友人を介してパリで出会いました。人間への関心やユーモアのセンスなど共通点が多かったので意気投合し、その後もヘルムート夫妻が住んでいるモンテカルロや、彼らが毎年冬を過ごすロサンゼルス、ヘルムートの故郷であるベルリンなどでよく会って、散歩をしながら話をするようになりました。しばらくして、「ぜひあなたのドキュメンタリーを撮りたい」とお願いしたんですが、最初は即答で「ノー」と断られました(笑)。それから3年かけて、ヘルムートと妻のジューンを説得しました。そのあいだに彼のことをもっとよく知るようになって、私自身も良いものが撮れるという自信がついたのと、ベルリンのヘルムート・ニュートン財団の協力も得られることになり、コンタクトシートからネガ、写真を撮るときに記していた構想メモまで、彼が残したあらゆる資料へのアクセスが可能になりました。その中から完璧な写真を選んで、ドキュメンタリーを完成させることに成功したというわけです。

Helmut Newton

Helmut-at-home,-Monte-Carlo,-1987-© -Foto-Alice-Springs,-Helmut-Newton-Estate-Courtesy-Helmut-Newton-Foundation

―この映画の最大の特徴は、かつてヘルムートに撮られたモデルや女優たち、仕事をした編集者といった女性たちのインタヴュー証言を軸に構成されている点ですね。

CVB:ヘルムートのドキュメンタリーを撮りたいと思った最初から、女性たちの声を聞きたいと思っていました。なぜなら、彼の作品を評価するギャラリストや批評家、美術史の学者など、これまで彼について語ってきた人たちのほとんどが男性だったからです。そこで私は、彼の写真のモデルになった女性たちにカメラを向けて直接インタヴューするという方法をとりました。ご覧いただくと分かるように、彼女たちは皆、ヘルムートと仕事をするきっかけや撮影時の様子など、何十年も前にことなのに事細かに語ってくれたのは大きな驚きでした。

Helmut Newton

© Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

―しかも、誰もがついこの間のことのように生き生きと語っています。かつて「女性差別的」と批判されたように、ネガティヴな意見があるかもしれないという予想はありましたか?

GVB:どんな批判的な意見が出てもカットしないで使おうと思っていました。例えばナジャ・アウアマンの話で、最初にヌード撮影を提案されたときに彼女が断ったら、ヘルムートはムッとしてそれから2年間一緒に仕事をしなかったと言っていますよね。ただ、これ以外は特に具体的な批判がなく、みな本当にいい思い出として語ってくれました。シャーロット・ランプリングが証言しているように、撮影を通して彼とともにイメージをクリエイトすることで、モデルとなる彼女たち自身が力を得ることができ、またその写真が永遠に残ることによって、その後のキャリアも長く続いたと考えているようですね。

イザベラ・ロッセリーニ

シャーロット・ランプリング © Pierre Nativel, LUPA FILM

グレイス・ジョーンズ © Pierre Nativel, LUPA FILM

アナ・ウィンター © Pierre Nativel, LUPA FILM

クラウディア・シファー


境界線を越え、タブーを破る。時代が生んだ男

ー現在、彼の写真は「作品」として鑑賞されていると思うのですが、そのほとんどはファッション雑誌の仕事として撮影されたものです。彼がパリを拠点に活躍しだした60~70年代、そして地位を確立した80年代以降と、写真というメディアと消費社会的な時代がマッチした状況があったのではないかと思います。

GVB:おっしゃる通り、その時代性というのは非常に重要です。彼は60年代後半から急激にキャリアを築いていきましたが、当時はいわゆる〈性の革命〉が起きた時期でもあり、裸がタブーではなくなりました。さらにファッション写真というものに誰もが革命を求めていた時代でもあったんです。当時すでにアーヴィング・ペンやリチャード・アヴェドンらが活躍していましたが、『ヴォーグ』も『ハーパース・バザー』も大きな変革を求めていて、そこにアナーキースト的なヘルムートが登場し、彼に期待を寄せたということがあったと思います。そして実際、彼がスタジオ以外のロケーション撮影を好み、奇抜なアイデアをどんどん出してくれて、それがファッション界で受け入れられたんだと思います。中には映画にも出てくるスーザン・ソンタグのように、フェミニズム的な視点から批判的な意見もありましたが(テレビのトーク番組での発言を使用。ヘルムートと同じ2004年没)、その時代性が彼を生んだという側面があったと思います。

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Chicken, French Vogue, Paris, 1994 (c) Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

ー近年フェミニズムの動きが改めて盛り上がっていますが、そういった視点から見直すと、逆にヘルムートが残した写真に、自立した強い女性像というか、自らの意志で行動する女性の姿を見出すような面もある気がします。このドキュメンタリーを通して若い人たちがヘルムート・ニュートンを発見し、現在の視点から批判するなり評価するなり、イメージが更新されていくといいなと思いました。

GVB:私もこの映画をぜひ若い人たちに見てもらって、議論してもらいたいと思います。そして、境界線を越えたり、ルールを破ったり、ヘルムートがやってきたことを若い写真家たちにも挑戦してもらいたいです。今の世の中は、それぞれが自分の頭の中で検閲をしているような、変わったアイデアを自ら抑制してしまうようなところがあると思います。ヘルムートを見習って、彼を真似をしろと言うことではなくて、それぞれが自分なりの表現で、表現の自由というのを大切にしてもらいたい。その勇気を彼の写真からもらってくれたら嬉しいです。

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Newton with Sylvia, Ramatuelle 1981 © Foto Alice Springs, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation


ワイマール共和国の文化とナチズムの美学の影響

―映画の後半では、幼少時代を過ごしたワイマール共和国時代のベルリンへの郷愁から、ナチス政権から逃れてオーストラリアへたどり着くまでの前半生が、ヘルムート・ニュートン本人の口から語られています。イザベラ・ロッセリーニがインタヴューの中で指摘しているように、ナチズムの美学が及ぼした影響を彼の作品に見出すこともできます。

GVB:ヘルムートが13歳のときナチスがベルリンに侵攻してきて、金髪の強い女性像が街にあふれた印象というのが、彼の写真に大きな影響を与えています。(1936年ベルリン・オリンピック大会の記録映画『オリンピア』を撮った)レニ・リーフェンシュタールの光と影のコントラストや構図に影響を受けたことを、この映画の中で認めていますね。

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Grace Jones and Dolph Lundgren, Los Angeles 1985 © Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

―一方で、彼が好んで撮影した夜の写真にはブラッサイの影響がうかがえるなど、写真史や美術史的な文脈を踏まえてオリジナルな表現に昇華していることがわかります。

GVB:彼はブラッサイの影響も受けていると思いますが、写真家よりも主に1920年代に黄金時代を迎えたドイツ映画に影響を受けています。ヘルムートの写真は、映画の始まりやエンディングを思わせるシーンを写しだして、見る人にその間に起こるストーリーを想像させるような作品が多いのではないでしょうか。たびたび公言していた通り、当時の有名な俳優で監督でもあったエリッヒ・フォン・シュトロハイムは彼のヒーローでした。好奇心旺盛でオープンな男の子だったので、時代が大きく動いたベルリンで多感な10代を過ごした経験が、自然とのちの写真に表れているのだと思います。

Rue Aubriot, Paris 1975 © Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

David-Lynch-and-Isabelle-Rossellini,-Los-Angeles,-1988-© -Foto-Helmut-Newton,-Helmut-Newton-Estate-Courtesy-Helmut-Newton-Foundation

タイトル

ヘルムート・ニュートンと12人の女たち

公開日

2020年12月11日(金)全国順次公開

劇場

Bunkamuraル・シネマ、新宿ピカデリーほか

URL

https://helmutnewton.ayapro.ne.jp

監督

ゲロ・フォン・べーム

製作

フェリックス・フォン・ベーム

撮影

PIERRE NATIVEL、SVEN JAKOB-ENGELMANN、MARCUS WINTERBAUER、ALEXANDER HEIN、PAULINE PENICHOUT、ULI FISCHER

編集

TOM WEICHENHAIN

出演

シャーロット・ランプリング、イザベラ・ロッセリーニ、グレイス・ジョーンズ、アナ・ウィンター、クラウディア・シファー、マリアンヌ・フェイスフル、ハンナ・シグラ、シルヴィア・ゴベル、ナジャ・アウアマン、アリヤ・トゥールラ、ジューン・ニュートン、シガニー・ウィーバー、スーザン・ソンタグ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ヘルムート・ニュートンほか

作品情報

2020年/93分/カラー/1.78:1/ドイツ/英語・フランス語・ドイツ語/PG12

ゲロ・フォン・ベーム|Gero von Boehm
1954年4月20日、ドイツ・ハノーファー生まれ。ハイデルベルク大学で法律、社会科学とアート史を学ぶ。1975年にドイツの週刊紙「DIE ZEIT」のためのラジオ・ホストとジャーナリストの職に就く。1978年に、妻クリスティアーヌと彼自身の製作会社interscience filmsを設立。主にドイツのTV放送局ARDとZDF、ARTEで放送するドキュメンタリーの製作・監督をする。これまでに製作したドキュメンタリーは100本を超える。劇場公開作は『Hamlet in Hollywood – Die Welten des Maximilian Schell』(2000)、『Portrait of Bettina Rheims』(2004)、『Exodus? – Eine Geschichte der Juden in Europa』(2018)に次いで本作が4本目となる。

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