9 March 2021

資生堂・原田忠が影響される写真集『セルジュ・ルタンス』

9 March 2021

Share

資生堂・原田忠が影響される写真集『セルジュ・ルタンス』 | 原田忠

資生堂トップヘアメイクアップアーティストの原田忠。著名アーティストのヘアメイクを手がける一方、人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』から着想を得た作品は世界に旋風を巻き起こし、最近はヘアスタイルを装飾的に彩る「髪を編む」技術をユニクロのグローバル旗艦店「UNIQLO TOKYO」のインスタレーションでコラボし、デザインTシャツを商品化するなど、多彩な表現活動を行なっている。気になった写真集はこまめに買い集め、自宅用とストックルーム保管用をときどき入れ替えているというほどの本好き。そんな原田が選ぶ写真集はセルジュ・ルタンス。メイク、セットやオブジェの制作、撮影ディレクションまで、すべてを一人で手掛けてしまう、完全主義者の幻想的な世界観に引き込まれ、刺激を受け続けているという。

文=小泉恵里
写真=劉怡嘉

『セルジュ・ルタンス作品集』(1998、Assouline刊)

『セルジュ・ルタンス作品集』(1998、Assouline刊)

―セルジュ・ルタンスの作品集ですね。

これは1998年に出版された作品集です。サロンでの仕事を経て、ヘア&メイクアップの学校「SABFA(サブファ)」に通っていたときに出会った本です。当時の値段で23,000円。学生でお金がなかったのですが、これは買うしかない!と意を決し、新宿の紀伊国屋で買いました。

―初めて見たときの印象は?

衝撃でした。ヘアメイクというのは、目の前のお客様を美しく仕上げるのが大前提ですが、当時の自分は表現や発想をどう形にしていいのわからずスキルもまだまだ中途半端。セルジュ・ルタンスの作品には想像を超えるさらなる表現の可能性、世界観やクリエイティビティを追求し、何もないところから何かを生み出すエネルギーを感じ、本当に衝撃を受けました。この時代はフィルム撮影でレタッチ技術もなく、作品は加工も一切せずに撮ったもの。その制作過程を考えるとすごいクオリティだなと感動します。どうやったらこのような作品が生み出されるのか、どのようなシチュエーションやコンセプトでこの作品に辿り着いたのか。すごいチーム力で一つのものに向かって進んでいるのだろうと想像しながら一枚一枚ページをめくりました。写真に吸い込まれて、現実を忘れさせてくれる。そんなパワーがあるんです。


モデルにスタイリングしているコスチュームやオブジェなども全てルタンスがデザインしているそうです。ルタンス自らがデッサンを描いて、小物など全てをオリジナルで製作して撮影しています。資生堂に入った後に、ルタンスと一緒にお仕事されていた大先輩の話を聞く機会がありましたが、気が遠くなるほどの長い時間をかけて延々と仕事しているそうです。クリエイションに対する熱量、時間のかけ方、それまでのプロセスなど物作りにかける熱い想いを感じます。これらの写真を見るたびに、自分ももっと頑張らなくてはという気持ちになり、背中を押されます。

セルジュ・ルタンスに影響されている方は多いと思います。世界中のメイクアップアーティストたちが刺激を受けているのではないでしょうか。ルタンスの作品からのインスパイア、モデルのポージングもさまざまな場面で感じることがあります。僕も影響を受けた多くの人のうちの一人なのですが。

原田忠


―セルジュ・ルタンスの、特にどのようなところが魅力ですか?

妖艶で引き込まれるような、構築的で静的な美しさに惹かれます。非日常性があるのに、それを現実として成立させているところ。どうやってここに辿り着いたのだろうかと。撮影当時からは時間も経っていて、時の洗礼を受け続け、いまだに色褪せない魅力があります。普遍的な美が一つ一つの作品に封じ込められているからだろう、と自分なりの解釈で思いを巡らせています。

微動だにせず、長時間にわたって同じポーズをモデルは取り続けている、けれど写真を見るとその辛さは全く感じず、自信に満ち溢れ、神々しくも感じる。

―完璧主義者なんですね。

まさにそうですね。撮影現場にいた先輩によると、モデルの半分の顔はルタンスがメイクを施し、半分は他のスタッフが行うことがあったそうです。ルタンスが一度で完璧に仕上げていくこともあれば、例えばアイシャドーを広げすぎた際には一度アイシャドーを消してもう一度ファンデーションを塗ってから再びアイシャドーを塗る。それすらも真似しないといけないんです。


―失敗した工程も真似しなければいけないと。

1回やり直したプロセスすら、完璧に真似しなければいけないんです。通ってきた過程も全て完璧に真似しないとここに辿り着けない。それを聞いたときに、すごいことだなと思いました。

どうしても、プロセスを省いた方が近道だと思いがちなのですが、寄り道や遠回りしたこと全てが実は必要なのだということです。裏を返せば成功するまでに色んな失敗があった場合でも、それを失敗で終わらせるのではなく、それすらも全部の過程の一部として完成に導くというスタンスが哲学的だなと。単にヘアメイクをやるのではなく、哲学的な思考があって、そうしないとここに到達しないという考え方。その姿勢はすごいなと、聞いたときには鳥肌が立ちました。

―ルタンスの妖艶で引き込まれるような、ミステリアスな世界観。これは原田さんの作品にも共通するものを感じます。

原田忠


ルタンスが土台にあります、といいたいのですがとてもおこがましいです。でも、影響は受けていると思います。世界観を作るときのアウトプットの仕方だったり、日常と非日常の境目に存在するかのようなリアリティだったり。虚像が実在するかのような説得力を目指したいと思っています。相反するものを一つの作品に閉じ込めることで新しいものが生まれるのではないかと。

―「ジョジョの奇妙な冒険」や「テラフォーマーズ」も本当に存在していそうな完成度ですよね。現実と非現実の狭間にいるような世界観を感じます。美しく、ファッショナブル、それでいてどこかフェティッシュさを感じます。

初期の作品は、ダークファンタジーといいますか、暗い中にほのかに光る美しさを探していました。美しさ、怖さもありながらどこか妖艶さがあるものをテーマに掲げ、創っていた時期があります。あの世とこの世の狭間のギリギリのところでどっちつかずの世界観、それは自分の居場所や拠り所を探しているけれど定位置に止まれない。その自分の不安定な想い、そういった内面を投影した世界観が作品に出ていたのだと思います。薄暗い世界で、いままで誰も気にも留めなかった美を探し掘り起こす。ある意味、自分探しが初期の頃のテーマでした。

―いまは違うんですね。

いまはカラフル、ポジティブなところに気持ちが向かっています。作るものにも色がいっぱい入っていますね。色のもつイメージや多色使いで、表現の可能性をクリエイションして行きたいという気持ちです。一方、過去の創作活動ではHR.ギーガーの作品集のエロティシズムや耽美的なもの、タブーなものを美しいものに昇華しているような、モノクロームで無彩色の世界観に惹かれることもありました。作風に変化性や柔軟性を直観的に取り入れています。

『www HR Giger com』(1997、TACSHEN刊)より

『www HR Giger com』(1997、TACSHEN刊)より

『www HR Giger com』(1997、TACSHEN刊)より

『www HR Giger com』(1997、TACSHEN刊)より


これはセルジュ・ルタンスの手法でもあるかと思います。西洋と東洋など、様々な文化やイメージを組み合わせる表現に、どきっとします。自分も、相反するもの、対極のものを組み合わせることによって、変容する新しい美を生み出すことに積極的に挑戦しています。

―相反するもの、対極のものを組み合わせる。これは「ジョジョの奇妙な冒険」に着想を経たキャラクター創りにも生かされていますね。

ジョジョも、男性キャラクターを敢えて女性モデルで撮るなど、本来みなさんがこのキャラクターはこうだろう、という想像を良い意味で裏切った表現にする。でも、それぞれのキャラクターのエッセンスは匂わせています。そのまま再現するということより、新たな解釈やデフォルメしたアプローチでクオリティ高く、ビューティーに仕上げたことでファンの皆さんにも受け入れられたのだと思います。

『ジョジョの奇妙な冒険』の世界に着想した原田の作品たち。『原田忠全部』(2017年、女性モード社)より

『ジョジョの奇妙な冒険』の世界に着想した原田の作品たち。『原田忠全部』(2017年、女性モード社)より

―反響が大きかったですよね。

業界を超えた広がりが凄かったです。漫画をファッションとビューティーのアプローチで挑んだところが話題になり、さまざまなメディアで露出され、やがて作品が一人歩きしていったあの感覚は新鮮でした。海外に行ったときにもコレクション会場でJOJO!と話しかけられましたよ(笑)。

―では、ルタンスの写真集の中でも特にお気に入りの一枚は?

表紙の写真です。これは、全身にカッティングした黒いレース素材を丁寧に貼っているんです。まず肌を全部白く塗ってスタートし、その上にレースを手作業で貼っていく。全部アナログでやっている。そして、モデルも結構きついポーズですよね。指先にまで気が入っている感じがします。ポラで何度もチェックしながら微調整を繰り返し、長時間撮影する中でこのベストなポーズに落ち着いたのでしょう。


セルジュ・ルタンス、若い人が知らないのはもったいないことです。セミナーで講演するときも知っておくべきアーティストですよとお伝えしています。ヘアメイクアップアーティストはもちろん、ファッション、美術関連のお仕事を目指している方など、画像処理が当たり前の時代のいまこそ見て欲しい1冊です。

―画集や写真集、イラスト、それらの本をよく買われるんですね。

こまめに買うようにしています。昔から好きですね。映画もよく見るので映画のパンフレットも必ず買うようにしています。

―ほかにお持ちの写真集もダークな雰囲気なのでしょうか?

そうですね、ティム・ウォーカーとかも好きで持っています。リアリティを切り取る写真よりも、ファンタジー寄りなのかもしれませんね。それも、何がおこっても不思議ではないダークなファンタジーが。

原田忠

原田忠|Tadashi Harada
資生堂トップヘアメイクアップアーティスト:航空自衛隊航空管制官を退官し、美容専門学校へ。サロンワークの後、ヘアメイクアップアカデミー「SABFA」に入学し、卒業後は資生堂に入社。資生堂トップヘアメイクアップアーティストとして、NY・パリ・上海コレクション、資生堂「ウーノ」の商品開発や宣伝広告等のヘアメイクに携わるなど活動は多岐にわたる。著名アーティストのCDジャケット、ミュージックビデオにビューティーディレクターとして深く関わる。漫画やアニメのキャラクターをヘア&メイクアップとファッションでビジュアル化するなどビューティー表現の可能性に挑戦し、国内外から高く評価され話題となる。2016年4月~20年3月まで「SABFA」校長を務める。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

Share

Share

SNS