22 December 2021

一線を走り続けるスタイリスト野口強、 写真、そして写真集に対する偏愛を語る

22 December 2021

TAGS

Share

一線を走り続けるスタイリスト野口強、 写真、そして写真集に対する偏愛を語る | 野口強

日本を代表するスタイリストのひとりであり、セレブリティたちから絶大な信頼を得ている野口強は、仕事でもプライベートでも、「海外に行ったときは本屋とギャラリーに行くのが一番いい」というほどの写真好き。湿度や日光などがコントロールされた専用の部屋には、推定数千冊にもなる愛蔵書と貴重なプリントが大切に保管されているという。そんな膨大な数の蔵書から、特に気に入っているという貴重な4冊をカウブックスの堅牢な本用トートバッグに丁寧に詰め込み、野口は取材場所に現れた。もちろん、ブラックデニムにレザージャケットというアイコニックなスタイルで。それにしても、彼はなぜそれほどまでに写真に魅せられるのか。写真集を眺めながら、本人が語ってくれた。

インタビュー・文=タツミハナ
写真=白井晴幸

自分が写真の面白さに魅了されたのは、まだアシスタントだった頃。仕事終わりの真夜中に、当時六本木にあった青山ブックセンターに通っては、気に入った写真集を少しずつ買うようになりました。コレクションするつもりではなかったんですが、いいなと思って買っていたら、いつのまにか増えてしまった。例えば、ダイアン・アーバスの初期の作品集『Dian Arbus』には、第2刷以降レインコート(トレンチコート)を着た双子の少女の写真が含まれるものとそうでないものがあるんですが、ファンとしては、どっちが本物? どっちが初期? と好奇心が掻き立てられて、全て手に入れないと気が済まなくなるんですね。

写真集はヴィンテージも新刊もどちらも買いますが、オンラインではなく、実店舗に実際に行って選びます。国内であれば、神保町の魚山堂書店や小宮山書店が好きですね。コレクター友達に教えてもらった同じく神保町にある喇嘛舎(らましゃ)も面白い。海外であれば、ニューヨークはやはり、ストランド(Strand Book Store)が良心的な価格で蔵書数も多いので安定して好きですし、ダッシュウッド(Dashwood Books)にも必ず立ち寄ります。ロサンゼルスの書店の人に紹介してもらって、郊外のメキシコ人街にあるスーパーの2Fに設けられた本の倉庫で買わせてもらったことも。欲しい本を求めて探すのも楽しいんです。コロナが落ち着いたら、知人から薦められたケルンの本屋に行ってみたいと思っています。

1940年代から1990年までの作品を収めた『Richard Avedon: An Autobiography』(1993)は、マリリン・モンローのプリント1枚付き。これも海外で購入。

1940年代から1990年までの作品を収めた『Richard Avedon: An Autobiography』(1993)は、マリリン・モンローのプリント1枚付き。これも海外で購入。


そんなふうにしているうちに、いまでは自宅の書棚に収まりきらず、写真集とプリントを保管するための部屋を借りる始末。かつてはタイトルのABC順に並べていたけれど、いまは作家別に管理しています。湿気は本の大敵なので除湿機も回しっぱなしだし、日焼けも防ぐ必要がある。木製の書棚だとガスが出て変色するからステンレス製じゃないとだめだよ、というアドバイスにも素直に従いました(笑)。本は増える一方なので、とにかく場所を取るし、手間も相当かかります。

それでも、たくさんの写真集を見ることは仕事にもプラスに働くし、勉強になる。もちろん好き嫌いはありますが、スティルライフからランドスケープ、ファッションまで、さまざまなジャンルの写真集を見ます。いまは昔ほど、守備範囲は広くなくなってきたかもしれませんが。

野口強

プリントを集めるようになったのは、写真集を買うようになって随分経った頃。最初は価格的にも手が出ないし、買い方も分からなかったけれど、1999年に初めてパリフォトを訪れてから、プリントを少しずつ手に入れられるようになりました。そんな初のパリフォトで出合ったのが、カール・ブロスフェルトの『Uniformen der Kunst』でした。そこに飾られていたのは、製本されていない120枚のページからなる初版で、これなんだろう? と。まず製本版を手に入れ、次に紙のカバーのない初版を見つけ、ついに完璧な状態のこの1冊に出合いました。パリ万博の3年後にあたる1928年に刊行されたものと考えると、それだけで感動を覚えますよね。アーヴィング・ペンやロバート・メープルソープら現代写真家たちも皆、植物のポートレイトを撮ってきたけど、ここに原型があるのか、と。タイトルはドイツ語で「アートの原型」という意味ですが、確かにこれを見ると、この時代にもう完成されていたんだなと思います。


レアな本という意味では、石内都さんの『水道橋』も大好きな1冊です。東京歯科大学が水道橋校舎の建て替えに際して、石内さんに旧校舎の撮影を発注したもので、東京・代々木上原にあるソウブックスで見つけて即買いしました。全てモノクロで撮影されていて、中には入れ墨が入った皮膚の標本や歯型など、ちょっと不気味なものもある。本書のようにレアな1冊を発見すると、超アガります。

自分は、写真集を見てすごく気に入った作品のプリントを求めることが多いのですが、メイプルソープの『Mapplethorpe』(ランダムハウス)初版に収められている星条旗の写真は、すごく欲しかったけどあまりに高額で断念したもののひとつ。代わりに、メイプルソープの枯れたチューリップのプリントを、アーヴィング・ペンの2枚(タバコと倒れたミルクポット)とともに、自宅のリビングに飾っています。そうした作品が目に見える場所にあることは大切だと思っているので、自宅には、ほかにカルロ・モリーノによる裸婦の後ろ姿を捉えたポラロイド2枚も額装して飾っていますが、定期的に入れ替えることはしていません。理由は、面倒だから(笑)。


ロバート・メイプルソープの『Mapplethorpe』(1988)は、当時の定価550ドルでニューヨークで購入。エディション(53/250)付き。

深瀬昌久さんの作品もすごく好きで、作品集は多数所有していますが、なかでも復刻版ではなく初版の『鴉』(1986)は本当にかっこいい。いつかぜひプリントも購入したいですね。


こうやって並べてみると、カラーよりも基本モノクロが多いかもしれませんね。テリー・リチャードソンやラリー・クラーク、リチャード・プリンス、ウィリアム・エグルストンなど、カラーで撮る作家のものも写真集、プリントともに所有していますが、見えすぎるのがあまり好きじゃないのかな。考えたり妄想できる余地がある方がいいのかもしれません。デジタルに惹かれないのも同じ理由です。

野口強


コレクターとしての目標? それは特にないですね。所有している作品を媒体やギャラリーで紹介したりしないんですか?と聞かれることも少なくありませんが、人に見せるためではなく、自分が好きな写真を集めているだけ。完全マスタベーションがいいんです(笑)。だからこの旅は終わらない。

同様に、そこまで好きなら自分で撮ったりしないんですか? とも聞かれますが、餅は餅屋。自分ではとても撮れないから、写真家と話し合ってイメージを作ったり、フォトTを作ったりしているほうが向いているんです。ただ一度だけ、友人のクリエイティブディレクター米原康正さんのお誘いで、普段、写真を撮らない人がポルノを撮るというムック本の企画に参加したことがあります。自分以外にも、確かNIGO氏などが参加していたと思うんですが、自分の写真が一番エロかったって褒められました。ポラロイドで撮ったんですが、写真って撮る瞬間に考えないといけないことがたくさんあって、「こんな忙しい仕事、無理!」と思ったのを覚えています。それが最初で最後、仕事として撮影した経験です(笑)。


野口強

野口強|Tsuyoshi Noguchi
1964年、大阪府生まれ。1987年スタイリスト大久保篤志氏に師事、1989年独立。以後、ファッション雑誌や広告を中心に活動。デニムブランド「MINEDENIM」のディレクションも手がけている。

TAGS

Share

Share

SNS