23 December 2021

フィッシュ・チャン 「アジア人としての声をファッション写真に託す」

私と愛機 vol.16~旬のフォトグラファーとカメラの関係~

23 December 2021

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フィッシュ・チャン 「アジア人としての声をファッション写真に託す」 | フィッシュ・チャン

日本を拠点に主にファッション写真の分野で活躍するフィッシュ・チャン。2017年に逝去したレン・ハンの撮影にモデルとして関わり、彼に影響を受けて写真の道に入った彼女は、ファッション写真にアジアや日本の社会情勢を反映させるナラティブ的なアプローチを取り入れた、社会的なファッション写真に取り組んでいる。現在使用しているカメラの話から、アジア人の写真家として活動する思いを聞いた。

インタヴュー&文=村上由鶴
撮影=瀬沼苑子

―写真を撮り始めたのは日本に来てからですか?

日本には2014年に来ました。写真を始めたのは2015年頃で、仕事として撮り始めたのは2016年からですね。日本に来る前はロンドンの大学でファッションジャーナリズムの勉強をしていました。日常的に写真を撮ったりはしていたんですけど、写真のことを特別に意識していたわけではありませんでした。その頃、ドキュメンタリーっぽい映像を作ったりしていましたが、自分が写真を撮るとは思っていませんでしたね。

―写真を撮り始めたきっかけを教えて下さい。

きっかけになったのは、レン・ハンの影響です。彼とは親友で、ロンドンに行く前に北京に住んでいた頃、彼のモデルをしていました。だから、本当に自分が撮る側になるとは全く考えていませんでした。レン・ハンは、みなさんが知っているようなしっかりと演出したスタイルの作品を撮っていましたが、彼が日本に来て一緒に遊んだりしているときに、みんなの何気ない普通の瞬間をとらえるような写真を撮り始めてもいたんです。私はそれに影響を受けて自然に撮り始めた感じでしたね。そのときに一緒に遊んでいる子たちはみんなカメラを持っていました。

―写真を取り始めた頃に使っていたカメラは?

オリンパスの「μ-Ⅱ(ミューツー)」です。

―現在使っているカメラを教えてください。

2、3年くらい前から、「CONTACX G1」 と「PENTAX 67」を主に使っています。よく使うのはCONTAX G1ですね。自分がモデルをしていたときにも感じたことですが、プロじゃないモデルを撮影するときには、大きなポーズを撮ってもらったほうが、モデルが撮影のムードに入りやすいので、ファッション撮影の際はモデルに動いてもらうことが多いです。だから、軽くて瞬発的に動きやすいカメラの方が自分も動きやすいし、使いやすい。PENTAX 67はポートレイトを撮るときによく使っています。いまのカメラになるまでは、CLASSEを使ったり、CONTAXのT2使ったりしましたが、ずっとコンパクトカメラを使ってきました。

「PENTAX 67」と「CONTACX G1」


―すべてフィルムカメラですね。最近の作品では、写真にマゼンタっぽい色がのっているイメージが多いのかなと感じましたが、これは、ご自身で色の調整をされているんでしょうか?

暗室で自分でプリントしています。最近、マゼンタがかった写真が多くなっているのは好みかもしれないですね。デジタルカメラを使うことも少し考えたりはしているんですが、フィルムでのプロセスの方が身についているというのが大きいです。欲しいイメージに対してなにをすべきか、とか、色や質感、最終的な出来上がりに至るまで、暗室でコントロールするほうが慣れています。

―2017年ごろの写真では、肌の色と口紅の赤い色のコントラストが印象的だと感じました。ライティングのこだわりはありますか?

ずっとコンパクトカメラを使ってきたので、その頃は自然光とカメラ内臓のフラッシュを使っていました。でも仕事をしているなかでライティングもしっかりやりたいと思ったときに、コンパクトカメラだとストロボとのシンクロができなかった。いまのCONTAX G1とPENTAX 67はシンクロでの撮影ができるので、それも現在のカメラを使うようになった理由のひとつです。

―フィッシュさんはアジア人のモデルを撮ることが多いと思いますが、その際にこだわっていることはありますか。

以前はポーズや写真自体の強さを追求していました。この2、3年は、ナラティブやストーリーを考えて撮影していて、場所やシチュエーションも意識するようになりました。人の写り方ではなくアジアの社会のバックグラウンドに関心があります。例えばこの写真はCONTACX G1で撮影しているのですが、日本の若者がトイレでおにぎりを食べるという社会問題に着想を得ています。

フィッシュ・チャンの作品


―日本を主に活動の拠点とされていて、日本のファッション写真の業界においてのご自身の作品や仕事の位置付けについてはどのように考えていますか。

日本では、ファッション写真にナラティブやストーリーを取り入れるアプローチはあまり多くない気がします。そういった面では、外国の雑誌の方が自由度が高いです。外国の雑誌の場合は、例えば「東京のストリートで撮ってほしい」という依頼が来て、それ以外はあまり細かいことが決まっていなくて、自分の方から自由にアイデアを出して撮影します。これは「日本のストリートスナップのように撮ってほしい」という依頼で、衣装はCHANELのものと決まっていました。日本では、全身CHANELを着る人たちのことを「シャネラー」と呼んだりするので、そう呼ばれるファッション・ヴィクティムのような人たちのストリートスナップを意識しました。雑誌からの依頼でストリートスナップというシチュエーションになっていますが、そのなかでももう一層、自分なりに意味を入れたいという気持ちがあります。これはCONTACX G1とPENTAX 67の両方で撮影しています。


―確かに、日本のファッション写真はストーリーや社会のバックグランドを反映するよりもイメージを作ることに偏っているかもしれませんね。ほかにファッション写真にナラティブ的なアプローチした仕事はありますか?

「self service magazine」の撮影では、その号のテーマが「美/beauty」だったので、日本のファッション雑誌である『ViVi』のモデルを起用しました。『ViVi』のモデルっていわゆる「ハーフ」の方が多いのですが、彼女たちの顔が、日本の「美」のスタンダードになっている現状がありますよね。すごく不思議なことだと思ったので、そこに焦点を当てました。このアイデアは、アジア人として日本に暮らしてきて普段から感じていることだったから思いついたと思います。そういうことに対して興味があります。


―「日本の美のスタンダードがいわゆる「ハーフ顔」といわれるモデルになっている」というような現状に対して、作品を通して批判する意図はありますか?

私は正解を求めて制作しているわけではないので、批判の意図はありません。例えば、最近のBLMをはじめとして、黒人のアーティストたちがやろうとしていることは、とても素敵だと思います。でも、一方でアジア人である自分としては、アジア人が置かれた状況をクリティカルに考えてしまったりもします。だから、わたしの写真においては、「こういうことがある」ということをクエスチョンとして提示したいですね。

―ご自身がアジア人であるということを意識しながら活動をされているということですね。

アジア人としての声って、世界の中ではまだまだ少ないと思います。そういう声を伝えられるようなことをしたいと考えています。だから、自分もアジアの文化にもっともっと深く関わっていきたいので、最近はアジアの映画ばかり見ていますね。

―ロンドンで学んでらっしゃったファッションジャーナリズムは現在のファッション写真にナラティブを導入する現在の仕事の方法につながっているんでしょうか?

ヨーロッパの大学って基本的に何も教えない場所なので(笑)、長い間、ロンドンでの学びと現在の仕事のつながりに関しては感じていませんでした。でも、最近ちょっとだけ、当時の先生がいっていたことがわかることがありました。例えば、先生が「ドキュメンタリーを撮るときは、はじめからしっかり脚本を書きなさい」といっていて、当時は「ドキュメンタリーなのにどうして脚本が必要なの?」と思っていたんですが、その先生がいうところによると「撮るならば全部自分で把握しておく必要がある」ということでした。その頃はあまり意味が分かっていなかったんですが、いまは仕事をしていくなかで、それが必要だと気づきました。どんなストーリーを語りたいかは、作っている側の人間から決定していかなくてはならないのだといまはわかります。ある人の語りがあったときに、どこを聞くのか、どのような角度からそれを見るのかで全然違う話になるから。

―これからの活動で挑戦してみたいことはありますか。

映画に興味があるんです。ストーリーを話したいという意欲が大きくなってきているので、瞬間的な表現である写真だけではなくて、もう少し長いストーリーをやってみたいという気持ちがあります。ショートフィルムの脚本を書いてはいるんですけど、まだまだわからないことも多いです。

フィッシュ・チャン

フィッシュ・チャン|Fish Zhang
1991年、中国・深圳市生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのファッション・ジャーナリズム学科を卒業したのち、2014年から東京を拠点に活動。2016年に友人の写真家レン・ハンの影響で写真を始め、現在はファッションフォトグラファーとして数々の撮影を手がける。映画などからインスパイアされた独特の構図や色彩感覚と、ストロボを多用したエロティックかつシュールな世界観が魅力で、女性ならではの感性で被写体の魅力を引き出し、多くの女性たちの支持を集めている。

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