ロンドンを拠点に、ファッション写真から広告キャンペーンなどを手がけるpiczo。今年刊行した初作品集『nikki』(aptp books)は、2015年から現在までにプライベートで撮影した写真をまとめたものだ。撮影はすべて、1990年代に完成形をみたコンパクトなフィルムカメラ。展示のオープニングに合わせて帰国した彼に、フィルム回帰の理由と作品集制作のきっかけ、進行中のプロジェクトについて聞いた。
文=小林英治
写真=瀬沼苑子
ライブハウスに通った大学時代、そしてロンドンへ
―現在はロンドンを拠点に活動されていますが、写真を始めるきっかけを教えてください。大阪のご出身で、大学で東京に?
武蔵野美術大学に入学するタイミングで上京しました。もともと美大を目指していたわけではなかったのでデッサンを習ってなくて、入ったあとが大変だったんです。でも一年生のときに写真の科目があって、写真だったら自分でもできるかなと思って選びました。その後、偶然行ったライブでミュージシャンの人と友だちになり、そこからバンドマンを撮るようになったのが、本格的に写真を始めたきっかけですね。その頃に初めて買ったカメラがCONTAX RXです。カッコよかったから選んだんですけど、オートフォーカスがないので苦戦しました。それを持って下北のライブハウスに週2、3回くらい通って、3年半近くずっと撮っていました。
―大学の授業で写真を習ったというより、ライブ撮影の経験が大きかったのですね。
当時は写真がやりたいというより、音楽をやっている人たちが面白くて続けていました。大学のコースは情報デザインやUIのようなグラフィック系だったので、周りに写真をやってる人がいなくて、カメラマンになるにはどうしたらいいかわかりませんでした。写真の学校に行かないといけないのかなと思って親に相談したところ、「行くんだったら海外に行け」といわれて、ロンドンに行くことになりました。
―ロンドンではどういうことを学んだのでしょうか。
LCC(ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション)の写真のコースに行ったんですが、そこはコンセプトワークというよりは、スタジオや暗室の使い方といった実技中心でした。最初は英語が全く話せなくてそれがめちゃくちゃ問題でしたね。
―環境が変わって撮るものも変化しましたか?
ロンドンだと音楽よりファッションをやってる人が多くて、撮影を頼まれることが増えました。最初は周りに流されて撮っている感じだったんですけど、段々と面白くなってきて。ロンドンに行ったときに中判のCONTAX 645(1999年発売/中判一眼レフカメラ)を買ったものの、フィルム代などがかかってお金が続かず、CanonのEOS 5D(デジタル一眼レフ)を買って、それを14年くらい使ってました。
デジタルでの作業感を打開したフィルム回帰
―今回写真集『nikki』の展示を行っていますが、これらの写真はフィルムで撮影されていますね。?
そうですね。ハッセルブラッドのFlextightというスキャナを買ったことがきっかけで、フィルムをまた使い始めていて。このスキャンはネガスキャンがめちゃくちゃきれいにできるんです。展示している「nikki」の写真もすべてそのスキャナで取り込んだものです。
下北沢にあるGreat Booksで行われた展示の様子
―カメラは何を使用していますか?
スナップでは、CONTAX TVS(1993年発売/35mm高級コンパクトカメラ)と、今日持ってきたFUJIFILM GA 645 Zi Professional(1998年発売/ズームを標準装備した中判カメラ)です。焦点距離は近くないんですけど、どちらもズームができて、コンパクトだけどいろいろ遊べるカメラです。スナップっぽいけどクオリティが欲しいときにはFUJIの645を使ってます。
―『nikki』のようなプライベートな写真は、普段からカメラを持ち歩いていて撮る感じですか?
そうですね。やっぱりカメラを手に持ってないと撮らないので、できるだけ持ち歩けるカメラという意味でもこの2台になるんですよね。PENTAXの67も好きなカメラですが、持ち歩くには重い。これ(FUJIFILM GA 645 Zi Professional)はオートフォーカスだし、ズームでレンズも変えなくていい便利さが気に入ってます。それに対して、デジタルはもう持ち歩いていないですね。どんどんアップデートするので買う意味がないと思っていて、仕事で使うときも機材屋から借りています。
FUJIFILM GA 645 Zi Professional
―改めてフィルムに戻ってみて変わったことはありますか?
いい意味でいい加減になった気がします。デジタルだと撮ってすぐ確認できるので、どうしても構図を整えていく作業が生じがちで、カッチリしちゃうというか。そこをもうひとつ突き破りたいという思いがあって、フィルムにしました。フィルムはコダックのPORTRAを使っています。
―仕事の場合もフィルムですか?
仕事だとデジタルと半々くらいですが、フィルムだと誰にも見られていない感じがいいというか、カメラを信頼できる感覚がありますよね。あと単純に、デジタルでは色とトーンが追いつかない。特に中判はかなり大きくプリントしても、ディテールのハイライトとか、グラデーションの滑らかさがきれいですよね。あとはフィルムだと自分が想定できない範囲で面白いことを起こすチャレンジがやりやすい。偶然性を呼び込むというか。
―今回展示している写真は、仕事で撮影する写真とは全く切り離されたものなんでしょうか。
ふと思ったことって、記録しておかないと忘れてしまうんですよ。撮ったときは何も考えていなくても、ハッとした瞬間をこうやって残しておくことで、結果的に仕事のインスピレーション源にもなっています。広告仕事のプレゼン資料に混ぜて使うこともよくありますね。
私的な写真が教えてくれるもの
―写真集をまとめるにあたって、ご自身の写真を見返して気づいたことはありますか?
まとまりがないというか、自分はいろんなものに興味あるなって思いました。でもタイミング的にもやってすごく良かったなと思います。去年パリのMaison Kitsunéで展示をしないかと誘われたときに、このプロジェクトの話をしたらぜひ、といってくれて、そこからスケジュールが決まって、仕事で日本に帰ってくるときに集中してやりました。最初はどうまとめていいかわからなかったんですけど、武蔵美の同期がデザインをやってくれて。3,000枚くらいある写真の中から一緒に選びました。
―まとめてみようと思った内面的なきっかけはありますか?
大量の写真が溜まってきたというのもあるんですけど、仕事よりこういう写真の方がいい写真が撮れてるんじゃないか?って思ったんです。そんな気がしたから、すごく私的なものだけどみんなに見てもらえればいいかなって。写真をアートにするとどうしてもコンセプトとコンテクストが必要になってくるけど、写真ってそういうものじゃなくて、もうちょっと気軽なもののような気がするから。
―セレクトの基準は?
色と流れと平面構成を意識しました。ちょっとポーズが似てるのを見開きにしたりとか、どっちかというとグラフィック的なアプローチですね。でも途中に、見開きの別々の写真だけど実は二人がカップルとか、実は親子とか、実家とおばあちゃんとか。見る人が見るとわかる遊びも入れてます。
―現在進行中のプロジェクトはありますか?
webサイトに上げてるんですけど、飛行機の中から撮ったシリーズはずっと継続してやっています。限定した条件で撮ることを試していて、いろんな空の表情や、アフリカの大地が赤かったり緑が豊かだったり、イタリアを超えるとアルプスの雪が見えたりとか、フライトの行く方角によって景色が変わってくるので面白くて。最初はCONTAX TVSでやってたんですけど、いまはCONTAX RXでズームレンズをつけたりして撮っています。
ほかには、モデルのmiuちゃんを日本に帰ってくるたびに撮ってるシリーズがあります。彼女がロンドンに来たときに訪ねてくれて知り合って、それからひっそり続けてるんですけど、人が変わっていく様が見えてきて、10年ぐらい経ったら面白くなるかなと。あとは最近、家で撮ったモデルのポートレイトを素材に、「その人とは」みたいなことをコラージュで構成することもやっています。飽き性なのでいろんなことやってますけど、写真はいろんな楽しみ方があるので、そこが面白いですね。
piczo
1981年、大阪出身。ロンドン在住。2004年、武蔵野美術大学デザイン情報科を卒業後、渡英。London College of Communicationにて写真を学ぶ。これまでに『i-D MAGAZINE』、『Union』、『Beauty Papers』などの雑誌の撮影のほか、Dunhill、Sunspel、Wooyoungmi、StudioNicholson、uniqloなど広告を中心の撮影を手がけている。
http://piczo.co/
▼書籍 | |
---|---|
タイトル | 『nikki』 |
出版社 | aptp books |
出版年 | 2021年 |
価格 | 4,091円 |
仕様 | A5変型(200×150mm)/224ページ |
▼展覧会 | |
---|---|
タイトル | 「nikki」 |
会期 | 2021年11月11日(木)〜12月31日(金) |
会場 | ie(北海道札幌市中央区南八条西1-13-75) |
時間 | 15:00~22:00 |
入場料 | 500円 |
休館日 | 水曜 |
URL |
今回の取材場所
Great Books(東京都世田谷区北沢 3-19-20 reload 内)
https://greatbooks.tokyo/