13 October 2022

「アマゾンのLGBTQコミュニティでとらえたポートレイト」ダニエル・ジャック・ライオンズ インタヴュー

13 October 2022

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「アマゾンのLGBTQコミュニティでとらえたポートレイト」ダニエル・ジャック・ライオンズ インタヴュー | アレック・ソス インタヴュー

世界最大の河川として知られるブラジルのアマゾン川。その周りに広がる雄大な熱帯雨林やそこに生息するさまざま生き物。近年では、大規模な火災のニュースを通してアマゾンを知る機会も増えた。「アメリカでアマゾンの火災のニュースを見たとき、みんな地球温暖化や環境保全の話ばかりしていた。誰もそこで生活を営む人々について報道しなかった」。最初に火災が発生した2019年当時、アマゾンでポートレイトシリーズの制作をスタートさせたばかりのダニエル・ジャック・ライオンズは、まるで他人事のように報道を続けるマスメディアに疑問を抱いた。命の危険にさらされながらもアマゾンで生活を続ける現地の人々の存在こそ、人々に伝えるべきだと確信したライオンズは、その後、三年間にわたり現地へ足を運び、その集大成として写真集『Like A River』を発表した。南仏マルセイユの書店Ensemble Booksで自身初となる写真集のローンチを終えたばかりのライオンズにインタヴューを行った。

文=安齋瑠納

「Like A River」の出版を記念してEnsemble Booksで開催されていた展示。©️ Loose Joints

ウクライナ、アフリカのモザンビークを経てブラジルのアマゾンへ

―アフリカやウクライナで撮影されたパーソナルワークを始め、『Wall Street Journal』『The New York Times』『VOGUE』など、幅広い媒体で作品を撮り下ろしされています。同時に社会人類学のバックグラウンドもあると聞いたのですが、写真を撮り始めたきっかけは何だったのでしょうか?

写真は、10代の頃から趣味程度で撮り始めました。クリエイティブなことに興味があったので、大学ではアートを学び、写真に限らず彫刻作品なども作っていました。ただ、実際に授業が進んでいくとその内容に物足りなさを感じるようになったんです。中退を考えていたタイミングで、アート作品に付随するエッセイを読んだ社会人類学の教授が、社会学科に編入し、論文を書くことを勧めてくれました。当時から政治や社会問題に関心があり、LGBTQ問題を始めとする活動にも積極的に取り組んでいたので、思わぬところで社会人類学との接点を見つけることができました。

―アートを通して全く別の道が広がったんですね。

はい。大学を卒業する頃には、別の国に住んでみたいと思うようになり、ピースコープ(平和部隊)に参加し、アフリカのモザンビークに派遣されました。そこでは、HIVの予防や公共衛生に関する仕事に従事していたんです。数年でピースコープの契約は終わったのですが、もう少し長く滞在したいと考え、別の仕事を探して最終的には4年間暮らしました。その後、一度アメリカに戻り、大学院で公共衛生と医療人類学を学ぶために、再び学生生活を送りました。大学院を卒業する頃には人権保護団体などにコンサルタントしても携わるようになっていました。

―その期間、写真は撮影していなかったのでしょうか?

写真はずっと続けていました。アートを学ぶことを辞めて、逆に写真がもっとも身近なクリエイティブツールになったんです。友人のポートレイトを撮影したり、自分の生活や身の回りの出来事をカメラに収めたり。仕事でいろいろな国を訪れる機会もあったので、時間を見つけては作品を制作していました。例えば、ウクライナでは「Dispatched Youth」というシリーズを制作しましたし、モザンビークにも継続的に訪れ、現地のLGBTQコミュニティを撮影した「Hotel Luso」というシリーズを完成させました。その頃には、ニューヨークやミラノなどでグループ展に誘ってもらう機会が増え、少しずつ写真が仕事になるかもしれないと感じ始めていました。そして、2018年にモザンビークを訪れた際に、たまたまブラジルでアーティスト・イン・レジデンスを主催している人物を紹介してもらい、2019年に初めてアマゾンを訪れることが決まりました。

© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

© Like a River 2022 courtesy Loose Joints


レジデンスをきっかけに現地の若者たちとの出会う

―それが「Like A River」を制作するきっかけになったんですね。

はい。現地に到着してから6週間森の中を歩き回り、まるで瞑想をするかのようにひたすら写真を撮り続けました。ある時、レジデンスの主催者が、近くの街で学生などの若者を集めてくれて、いままで撮影した作品についてプレゼンテーションする機会がありました。最後に、名前と電話番号をボードに書いて、写真を撮らせてくれる人は連絡をくださいと募ったところ、次の日から電話が鳴り止まなかったんです。

―それだけ反響が大きかったと。撮影場所は、被写体の自宅のような場所や川の中などさまざまですが、どのように決めているのでしょうか?

彼らがどのように撮られたいかを一緒に考えたいと常々思っています。皆アイディアがあって、川の中で撮影して欲しいという人や、よく遊びにいく友達の家で撮影したいなど、いろいろな案を出してくれるんです。彼らとコミュニケーションを取っていると、実際に撮影をする前にまず、会話をして、お互いについて深く知ることが大切だと痛感します。また、レジデンスの主催者も自分自身もLGBTQコミュニティの一員ということもあり、写真集の被写体には、ゲイやトランスジェンダー、ドラッグクイーンなど、多様なジェンダーアイデンティティを持っている人たちが集まりました。


アマゾンのLGBTQコミュニティでとらえた彼らのアイデンティ

―モザンビークでの「Hotel Luso」に引き続き、LGBTQコミュニティとの出会うきっかけがあったんですね。2019年は、熱帯雨林で大規模な火災があった年でもあります。現地はどのような様子でしたか?

はじめて熱帯雨林が燃えるのを見たのは、一度アメリカに戻るために、空港へ向かう途中でした。撮影で交流を深めた友人たちにすぐにコンタクトを取り安否を確認しましたが、何が起こっているのかすぐには理解できず、非日常的な感覚を覚えました。アメリカに到着して、テレビを点けると、そこで報道されているのは、熱帯雨林や地球温暖化の話ばかり。そこには住んでいる人がいて、営みがあるのに、なぜ彼らについては誰も報道しないのか、マスメディアに対する疑問と違和感を抱くようになりました。

タイトルの「Like A River」は、被写体のひとりが撮影の際に朗読したポエムに由来する。© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

タイトルの「Like A River」は、被写体のひとりが撮影の際に朗読したポエムに由来する。© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

タイトルの「Like A River」は、被写体のひとりが撮影の際に朗読したポエムに由来する。© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

地球環境に配慮し、写真集には100%再生利用可能な紙を採用した。© Like a River 2022 courtesy Loose Joints

―アメリカでの報道と現地での様子。そのふたつの印象が乖離していったと。

これがきっかけとなり、自分が伝えたいのはそこに住む人の姿だと確信することができました。アマゾンと聞いてLGBTQコミュニティを思い浮かべる人はほとんどいないでしょう。彼らは、アマゾンの先住民でありクィア、ドラッグクイーン、ラッパー、そしてスケーターでもある。先住民としての側面だけではなく、そこに一人一人のアイデンティティが交差していく瞬間がある。まだ誰も見たことのない視点でアマゾンの若者をとらえたいと強く感じました。

―撮影場所や服装、表情。そうした細部から彼らの魅力が汲み取れるのも、綿密なコミュニケーションが基盤にあるからなのだと思います。

いまのブラジルでLGBTQ当事者としていることは簡単ではありません。しかし、そうした難しい背景をジャーナリスティックに伝え、悲観的な印象に見せることは意図していませんでした。純粋に美しいものとして彼らの姿を残したかった。もちろん、名前や職業、彼らがどういった人物なのか。インタビュー記事が書けるくらいさまざまな話を聞きました。制作時には、そうした内容を写真集にキャプションで付けるという案も上がっていたんです。しかし、今回はストレートに写真だけで構成することで、鑑賞者に想像の余地を残したかった。写真を通して、一人一人が持つ個性やアイデンティティを感じ取ってもらえたら嬉しいです。

ダニエル・ジャック・ライオンズ|Daniel Jack Lyons
1981年生まれ。社会人類学者としての経験を軸に、モザンビーク、ウクライナ、ブラジルなど、各地に長期間かけて足を運び、若者のドキュメンタリーシリーズを撮影する。今夏、自身初となる写真集『Like A River』をLoose Jointsより刊行した。
https://ja.twelve-books.com/products/like-a-river-by-daniel-jack-lyons

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