9 April 2026

動物、記憶、創造——シャルロット・デュマが辿る“表現の起源”

9 April 2026

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動物、記憶、創造——シャルロット・デュマが辿る“表現の起源” | 動物、記憶、創造——シャルロット・デュマが辿る“表現の起源” インタビュー

オランダ出身のシャルロット・デュマは、人間と動物の関係を探求する写真、映像、紙の作品で知られるアーティストだ。東京・京橋の小山登美夫ギャラリーで個展「声が届いて / 絵筆を手にとって」が4月11日まで開催されている。本展では、映画『The Brush in your Hand(絵筆を手にとって)』と象をテーマとする新たな写真作品を披露。そこには、父との記憶や家族のつながりを起点に立ち上がる視点が通底していた。

撮影=森本美絵
取材・文=アイヴァン・ヴァルタニアン

馬から象へ

――今回の展覧会は、2020年にエルメスのル・フォーラムで開催された在来種の馬のプロジェクトの集大成である「ベゾアール(結石)」展に続くかたちで生まれたものだそうですね。2つのの展覧会の関係について話していただけますか?

シャルロット・デュマ(以下、CD):エルメスの展覧会の後、在来馬のプロジェクトは完全には終わっておらず、馬を主人公に与那国で制作した映像3部作の最後の映画作品『Ao』を2023年に小山登美夫ギャラリーで上映しました。また、2021年のタイ・ビエンナーレへの参加をきっかけに象を見つめ始めたのです。以前にも象を撮影したことはあったのですが、あまりに圧倒されてしまって、ドローイングから再び向き合い始めました。

同時に、美術館コレクションにおける象牙についてもリサーチしていました。特に触発されたのが茶入(ちゃいれ)です。蓋が象牙でできた小さな陶器の壺で、日本と中国の文化に深く結びついています(*編集部註:茶道で用いる濃茶を入れる格の高い陶磁器製の容器)。象はスリランカやベトナムからオランダや日本へと連れてこられました。そこから始まり、現在へとリサーチは蓄積されていったのですが、今はアジアゾウと象牙についての新しい映画に取り組んでいます。

念願だった祖父と孫娘の邂逅

――映画『The Brush in your Hand(絵筆を手にとって)』についてお聞かせください。

CD:最初の動機は、私の父と娘のアイヴィの間になんらかの出会いを作りたいということでした。父の存命中には叶わなかった出会いです。アイヴィが2歳のとき、父はアルツハイマー病と診断され、話す能力が衰えていました。それで父は、ドローイングを通じてアイヴィとコミュニケーションをとるようになったのです。アイヴィは、父が病気になる前の姿を知る機会がありませんでした。彼女のために何かを作りたい、それがこの映画を撮る動機になりました。

父は画家でしたが、熱心な写真家でもあって、大量のスライド写真を撮っては、何箱も何箱もクローゼットにしまい込んでいました。私は父のスライドと、彼の世界の見方にすでに深く没入していたのです。自然のあらゆるディテールが特徴的で、特別な被写体ではないけれど、野原や動物を撮った非常に精緻な写真です。父の死後、アトリエを片付けたとき、何層にも積み重なった作品の下から大きな紙が見つかりました。小さな黄色い封筒には「傑作を描くときのために」と書かれていました。でも、最後まで取りかかることはなかった。父は紙に対する畏敬の念が強すぎたのです。水彩は実に容赦のない画材で、失敗したらやり直さなければなりません。でも人は、自分がいつ傑作を作るかなんてわからない。おそらくもう作っているのに、自分では気づかないのです。

© Charlotte Dumas

© Charlotte Dumas

――編集プロセスはどのようなものでしたか?

CD:編集者のディエゴ・グティエレスとの作業の中で、これはアルツハイマーの物語ではないと気づき、深い問いになっていきました。「ものを作ることの核心とは何か?」「なぜ人はものを作る必要があるのか?」というふうに。そして、グティエレスが言ったんです。「あなた自身を入れずにこの映画は作れない。これはあなたを通過しているのだから」。そこで方向性を変えることにしました。創造性がいかに誰の中からも湧き出るか、いかに世代を通じて伝わるか、そしてどのように異なる形で現れるか、そういう映画になりました。

父はある意味、保守的な人でした。映画の中で私は父の膨大な日記を読んでいるのですが、そこに書かれているのは仕事のことばかり。しかも、マテリアルと関係を築いていたとでも言うのでしょうか、鉛筆や道具のことを、まるで同僚や仲間のように語っているんです。それがとても印象的で、示唆に富んでいると感じました。グティエレスには、こう言われました。「あなたはあらゆる方法で、お父さんを生き返らせようとしている——全力で死から生を戻そうとしている」。もちろん不可能なことですが、作品を体験している束の間はそう感じられます。ある種の魔法のような感覚とも言えて、実在しないものの中から、非常にリアルに感じるものを引き出されるのです。


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――展覧会に展示されているジオラマの箱について聞かせてください。

CD:段ボールでできたジオラマはアイヴィといっしょに制作しました。彼女は「作る人」で、非常に立体的に考えます。母が父と25年間暮らした家を離れなければならなくなり、父のアトリエを空にしなければなりませんでした。私はアイヴィの作り方に触発されて、段ボール箱の中に父のアトリエを作り、彼のいた場所の記憶を保存しました。実空間をこの小さな空間に移し替えたのです。それを猫たちが気に入って、中でよく寝転んでいました。猫が部屋に生命を吹き込んでくれましたね。アイヴィが家を作り、父が水彩画を描き、私が映画を作る。こうしたものが有機的につながり、絡み合っていったのです。

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Charlotte Dumas シャルロット・デュマ Box / Room I (The green room), size variable (approx. h.43.0 x w.74.0 x d.47.8 cm), mixed media

創造が一巡した時

――象の写真作品はどのように発展しましたか?

CD:父のカメラであるハーフフレームのオリンパス・ペンで象の撮影を始めました。とても小さなネガフィルムで、象の全体ではなく部分を撮るのに適しているんです。撮影は子どもの頃、父と通っていたロッテルダムのブライドルプ動物園から始め、父が介護施設にいた頃は動物園に連れて行って象をスケッチしました。その最後のドローイングはとても美しい抽象表現になっていて、リアルな形として象を認識するというよりも、象の気配を感じるようなものでした。父がそれまでの人生でしてきたこととは正反対の表現です。私はその3枚のドローイングを大切にしています。

そして家を片付けているとき、父が10代の頃に木炭で描いたドローイングが見つかりました。すでに同じ動物園で象を描いていたのです。つまり、創造が一巡した。それが、この一連の流れをまとめた本をつくろうと思ったきっかけです。

写真作品はモノクロで、一見すると映画とはまったく違って見えるけれど、共通するのは「父」です。とても小さなネガを使ったので、粒子がよく見えます。象が大きすぎて全体を捉えられなかったので部分だけを撮影しました。写真に個人的な物語と父のドローイングを加えると、粒子が描写から立ち上がってくるようでした。象を認識するのではなく、感じ取ることができる。私はずっとそれを試みてきたのだと思います。

photo by Kenji Takahashi

photo by Kenji Takahashi

photo by Kenji Takahashi

――AIによって画像生成が容易になったバーチャルな時代です。この作品の持つ触覚的な物質性について、どうお考えですか?

CD:AI生成画像に鑑賞者が満足することがゴールであれば、AIに対抗することはできないでしょう。しかしアーティストであるということは、自分自身の生の経験に深く関わるものです。ものを作り、時間をかけて理解し、学ぶというプロセス——それ自体が生を豊かにする営みです。もし一日中プロンプトを考えているだけなら、こうして日本で得たつながりや、いま話しているようなことは何ひとつ生まれなかったはずです。

いま周囲には、人間のスケールへと立ち戻ろうとする欲求が満ちていることを感じています。私たちはデジタルの領域に生きていて、実際には関与していない巨大なスペクタクルに巻き込まれているような感覚を常に抱いています。あらゆることに対して意見を求められる。でも実際に影響を与えられるのは、自分の身の周りのコミュニティであり、近くにいる人たちです。そこには、時間をかけることやそこに居合わせることが伴います。

私にとって一番の幸福は、何かを行い、それを感じることです。良い会話をすること、作品をつくること、プロセスのただ中にいること。本や映画は具体的な成果であり、節目であり、立ち止まる瞬間です。でも、そのあいだにある混沌とした時間こそが私の人生だと思って。それはAIとは関係がありませんし、私もAIを経験できない。AIは結果でしかなく、プロセスを経験することができないけれど、私たちはできる。そこに大きな差があります。私たちが一つの感覚だけでなく、複数の感覚を同時に使うとき――見て、聴いて、感じ、すべての感覚を働かせようとするとき――それはまったく異なる体験になります。ただ、今の私たちは常に知性を働かせるようになってしまっているので、そうした感覚にアクセスするにはある程度の努力が必要です。しかし、そこから多くのものが立ち上がってくる。それは私たちが持っている、とても貴重なものです。芸術は、その感覚を高め、引き出し、助けてくれるものだと思います。

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Charlotte Dumas|シャルロット・デュマ
1977年、オランダ・フラールディンゲン生まれ。2000年にヘリット・リートフェルト・アカデミーを卒業後、ライクス・アカデミーでビジュアルアーツを学ぶ。現在はアムステルダムを拠点に活動。20年以上にわたり、馬や救助犬など、人間に密接な動物を撮影。たびたび日本を訪れて、2014年より日本の在来馬を撮影。主な個展に「Paradis. Charlotte Dumas」(Foam Museum, 2009)、「Anima and The Widest Prairies」(Photographers Gallery, 2015)、「ベアゾール(結石) シャルロット・デュマ」(エルメス ル・フォーラム, 2020)など。

タイトル

声が届いて/絵筆を手にとって

場所

小山登美夫ギャラリー 京橋(東京都中央区京橋1-7-1 TODA BUILDING 3F)

会期

3月7日(土)~4月11日(土)

時間

11:00~19:00

休み

日・月曜日、祝日

料金

無料

URL

https://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/dumas2026/ 

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