2018年、グローバリズムの限界に社会が揺らぐ中、デジタルネイティブたちは、ソーシャルネットワークを駆使し、イメージという共通言語を使いながら独自の世界を広げている。国境や文化の壁も、写真家、出版人、キュレーターなどといった肩書の枠組みも越えて自由に活動を繰り広げる写真シーンの次世代を牽引するキーパーソンたちに、それぞれのヴィジョンや彼らから放射線状に延びるネットワーク上にいる、刺激的な仲間について話を訊いた。
文=IMA(IMA 2018 Summer Vol.24より転載)
ロンドン南部を拠点とするLoose Jointsは、ルイス・チャップリン(1992年生まれ)とサラ・ピエゲー・エスペノン(1990年生まれ)が、2015年に設立した出版社兼デザインスタジオ。これまでにハーレー・ウィアー、ショーン・ヴェジェッツィなど次世代を牽引する写真家たちの写真集を刊行しており、デザイナーとしてはApertureやThames & Hudson、Hatje Cantzなど複数のアート系出版社をクライアントに持つ。アーサー・ラッセルの同名の名曲からとった出版社名には、「実験的で多様性のある楽曲を残したラッセルのように、32ページのZINEから600ページの図録、手作りのオブジェクトからハードカバーの書籍まで幅広く、それぞれに対して誠実な本作りをしたい」という二人の思いが込められている。
『PAINTINGS』 Harley Weir(Loose Joints、2017)
Loose Jointsとしては2冊目のハーレー・ウィアーの写真集。ファッション誌で活躍する彼女は、親密かつ刺激的なポートレイトでよく知られるが、本書における主役は人物ではない。カラフルな壁、赤色のテープ、ワイヤーの影などのクローズアップは、物語や背景から切り離されている。ウィアーの新たな一面を垣間見ることができると同時に、イメージとして独立した写真の集合体に漂う緊張感は、ポートレイトのそれとも共通しているといえるだろう。
チャップリンは、2009年にTumblrを通して出会った同世代の写真家アレックス・F・ウェブとともに出版社Fourteen-Nineteenをスタートさせ、写真業界に弱冠19才で彗星のごとくデビューを飾った。 2014年に同社の活動に終止符を打ったが、フリー編集者としての活動のほか、最近まで出版社MACKのデザイナーを務めるなど活躍の幅を広げてきた。一方、写真家であり、デザイナーでもあるエスペノンは、ファインアートのバックグラウンドを持ち、Loose Jointsではアートディレクションを主に担当する。
『Humanise Something Free of Error』Sarah Piegay Espenon(Loose Joints、2018)
エスペノンの初となる写真集は、A5サイズほどの小さな判型。3年間をかけ、気象制御についての視覚的リサーチをまとめた。気象制御とは、水不足の地域に人工の雨を降らせたり、熱帯低気圧の進路変更をするなど、社会的被害を及ぼす気象現象を軽減することを目的とした研究である。しかし他方では、それらを軍事や経済的に利用する動きもある。相反する利用方法の境界線に触れ、生態系をコントロールしようとする人間の責任について問う意欲作。
世界の写真集シーンで注目を集めるLoose Jointsだが、作家の選考基準はあるのだろうか? 「私たちは編集者、デザイナーとして、作家と密な意見交換をしながら共にひとつの作品を作り上げる方法をとっているので、既に完成したダミーをそのまま出版することはありません。結果として、まだ駆け出しの写真家の本を作ることが多いんです。コラボレーションを継続し、ハーレーのように何冊も写真集を出していけるのはうれしいですね」とチャップリン。同世代の写真家と共にキャリアを積み、共に成長していく過程からは、彼らの誠実な姿勢が伝わってくる。
『BRUISES』 Samara Scott( Loose Joints、2018)
イギリス人アーティストで彫刻家のサマラ・スコットが、独自の視点で世界を“サンプリング”した一冊。6年間にわたり、ハーフサイズカメラで物質社会の断片、さまざまな都市、彼女のプライベート空間を撮りためた写真が収録されている。モノやイメージであふれる現代の消費社会の歪みが孕んでいる恐怖、そして美しさを描き出しており、スコットの彫刻作品と同様に、絶えず変化する消費物と知覚的体験が渦のごとく混ざり合う。
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Loose Jointsの生の声が聴けるラジオ番組「Know-Wave」
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ロンドンのアートシーンで話題のリソグラフ工房「PageMasters」
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