私物のアートフォトについて話を聞く連載企画「わたしの一枚」。今回はインターナショナルモード誌『ヌメロ・トウキョウ』の編集長を務める、田中杏子を訪れた。彼女が「なかなか素敵ですよ」と言って見せてくれたのは、ラリー・クラークの4枚組プリントであった。ラリー・クラークの作品において組写真は珍しい。どのようにしてこの写真を手に入れたのか。その話を聞いて「あっ」と驚かされた。そして深く納得し心の中で首肯した。アートフォトとの付き合い方。その方向性のひとつとして、示唆に富む内容だと思った。
文=加瀬友重
写真=山口賢一(JAMANDFIX)
【作家名/作品名】
ラリー・クラーク/作品名不明。映画『KIDS』の制作時に撮影したものと思われる。
数年前、ラリー・クラークが来日した展覧会(2016年に「ギャラリー・ターゲット」で開催された「TOKYO 100」)で購入した写真です。彼が撮った映画『KIDS』のメイキングのときのものだと思います。写っているのは主演のクロエ・セヴィニー。左の男の子はおそらくジャスティン・ピアース……かな。もしかしたら違うかもしれません。
展覧会を訪れたときは、そこまで「買おう!」という気持ちはなかったんです。「覗いてみようかな」くらいの感覚。もともと写真よりも、絵画やアート作品のほうが好きなので。でも「あのラリー・クラークの写真が1枚1万5000円で放出される」という話だったから、それは面白いなあと思って。
当日は会場にたくさんの木箱があって、その中に山のようにプリントが入っていました。何千枚、もしかしたら何万枚というレベル。もちろんお客さんもたくさんいらしていて、誰もがかじりつくようにして写真を見ていましたね。まさにガレージセールで、とにかくすごい量でした。
私は午後の部にお邪魔したのですが、すでに午前中にチェックしていた友人たちから「いい写真を買って帰った」なんて話も聞いていました。シュープリームの広告写真があったとか、クロエ・セヴィニーと(当時交際していた)ハーモニー・コリンのツーショットがあったとか。「へえ~。そりゃあ一番に行ったほうがいいわな」なんて思いながら写真を見ていました(笑)。
自宅のリビングにて。壁に掛けられているのは現代アーティスト、サイ・トゥオンブリーのカリグラフィ。
そうしてふと1枚の写真を見つけたんです。クロエ・セヴィニーとおそらくジャスティン・ピアースの、このツーショットを。
続けてほかの木箱を見ていたら、同じような2枚目の写真が出てきました。「あれ、この写真さっきも見たぞ」と思って、1枚目の箱に戻って並べてみました。それで、同じ場所で撮った連続写真だとわかったんです。
さらにほかにもあるかもしれないと思って、また違う木箱を探したら、3枚目、4枚目が出てきたというわけです。はたしてこの4枚だけなのか、あるいは前後や途中にもっとシャッターを切っていたのか──それはもうわかりませんけれど。
ラリー・クラークの写真の魅力をひと言でいえば、「等身大」ということでしょうか。彼に初めて会ったのは……たぶん10年以上前だと思いますが、映画『KIDS』のプロモーションで来日したときにインタヴューしたんです。
「キッズたちとの撮影現場はどんな感じだったんですか?」と聞くと、「出演した若い子たちはみな、僕のことを『兄ちゃん、兄ちゃん』ってすごく慕ってくれたよ」と言っていました。その空気感なんだと思います。遊びながら、スケートボードをしながら、映画を撮る。その流れで彼らにファインダーを向けて、記録写真も撮ってしまう。
エディトリアルの仕事のようにまず企画があって、編集者からの依頼を受けて、場所を決めて、ヘアメイクして、さあ撮ろう、という感じではないのでしょう。彼はきっと小さなカメラを持って、「お、面白いぞ」と思ったらパシャパシャ撮るのだと思います。だからあれだけの枚数があるんじゃないかな。
もちろん彼の作品には、大きなサイズで高額なものもたくさんあります。でもあの膨大な数のプリントを、一人でも多くのファンに、誰でも買える値段で放出したいと思った―その気楽な感じが好き。だから、映画制作の合間に撮ったであろうこの写真の気楽さを、私もいいなと感じたのでしょう。
ラリー・クラークの写真の隣には、チャールズ&レイ・イームズが親交のあったアレキサンダー・ジラード一家に宛てた
直筆の手紙が額装されている。インテリアショップで見つけたものだとか。
左のロボットは現代美術家、ヤノベケンジの作品「トラやん」。三角錐の白磁は陶芸家、黒田泰三の作品だ。
遠ざかっていくトラックと、煙草を吸っている彼(ジャスティン・ピアース)に時空間を感じるじゃないですか。普通のおじさんが写り込んでいるところもいいですよね。
思い返してみると2枚目、3枚目を見つけたとき、「組写真で額装するとカワイイかも」と頭の中で考えていました。サンゴー(35mmフィルム)の小さな紙焼き(プリント)ですから、1枚で額装するよりも複数のほうがいいだろうと。
ふらりと展覧会を覗いて写真を買った。それ以上でも以下でもないのですが、知らず知らずのうちに編集者の視点が入っていたのかもしれません。
私にとって「写真を見る」ということは、雑誌を開いて、ページを繰って見る感覚なんです。だから写真は基本的に、(見開きで見たときの)2枚ひと組で考えてしまう。
並びも重要です。実際に雑誌を作るときもダミー本を作って、「最初の見開きと4見開き目を入れ替えたほうがいいかも」とか、あれこれ試行錯誤します。私にとって写真とはそういうもの。「一枚絵」だとピンとこないというか、つながらないんですよね。
例えば10ページの企画のなかで強い写真の位置を考えたり、あるいは小さく扱って白場(ページの余白)を作ってみたり。いつも頭の中にレイアウトとページネーションがあるような気がします。
今回のインタヴュー中、終始そばで様子をうかがっていた愛猫の紅(べに)。
実はこのラリー・クラークの写真は、購入してから3年も封筒に入れたままだったんです。いつか額装しなきゃと思いつつ、結局取り掛かったのは今年(2019年)に入ってから。額装は“次の段階”だから、ちょっと面倒くさいじゃないですか(笑)。早く飾りたいという気持ちもそれほど強くなかったので。
でもあまりにもったいないし、額装しないとずっとこのままになってしまう。そこで今年の4月頃、「ヒロミヨシイ」(東京・六本木にある現代アートギャラリー)さんのところに持って行ったんです。写真作品の展示も多いギャラリーなので、センス良く仕上げてくれるんじゃないかと思って。
ヨシイさんは友人なので、ざっくばらんに「ラリー・クラークを4枚、縦に並べたい」とお願いしたら、「いいっすよ~」なんて気軽にOKしてくれたんです。写真の扱いをよくわかっている方ですから、色やサイズなどもお任せしました。それでようやく、玄関に飾れるようになったというわけです(笑)。
人物プロフィール
作家プロフィール
ラリー・クラーク|Larry Clark
1943年、米オクラホマ州生まれ。写真家、映画監督。’71年、自身の故郷タルサの、麻薬中毒の若者たちを撮影した写真集『タルサ』を発表。赤裸々な、記録写真ともいうべきモノクロームのティーンエイジャーの姿が当時のアメリカ社会に衝撃を与えた。その後同じく少年たちの欲望に正面から向き合った写真集『ティーンエイジ・ラスト』(’83年)を発表。以降、ドラッグ、セックス、パンク、スケートボードなどのサブカルチャーを捉える、カリスマ写真家として知られるようになる。’95年、映画『KIDS』 を制作。エイズが流行した当時のニューヨークにおける、若者たちの奔放なセックスと薬物乱用を描いた。脚本は当時スケーターだったハーモニー・コリン。コリンの恋人だったクロエ・セヴィニーの女優デビュー作品でもある。その後も継続的に映画、写真作品の制作を続けている。
http://larryclark.com/
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。