One of my favorite photo
Keiichiro Shibuya

わたしの一枚
vol. 3 渋谷慶一郎(音楽家)
「好きなアーティストとの仕事は、自分にとって何よりのごほうび」

11 December 2019

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わたしの一枚 vol. 3 渋谷慶一郎 | 渋谷慶一郎01

私物のアート写真について話を聞く連載企画「わたしの一枚」。今回は音楽家の渋谷慶一郎を訪ねた。渋谷慶一郎が作る音楽は他に類型がない。先鋭的な電子音楽作品をリリースしたかと思えば、人型アンドロイドが指揮するオペラを発表する。自身が特異なアーティストであるこの人物は、いったいどんな写真を持っているのだろうか。彼が見せてくれたのは一枚の小さな写真だった。1990年代より活動を開始し、いまも多くの後進に影響を与え続けている写真家、高橋恭司の作品である。

文=加瀬友重
写真=TAKU KASUYA

【作品名】
高橋恭司 ※作品名不明

高橋恭司さんの写真としては珍しい感じでしょ?ミニマルで物質的というか。実はご本人からいただいたものなんです。ちなみにですが僕は一時期、「写真をたくさん買う人」になりかけたことがあって(笑)。写真も、ペインティングも、リトグラフも欲しいものがたくさんあるじゃないですか。そうなるとキリがなくなるんですよね。

でも結局移動が多い仕事なので、「ないと困る」とか「肌身離さず持っていたい」ものが増えること自体、弱点になるんですよ。どう折り合いをつけようかと考えたときに……“交換すればいい”と思ったんです。例えば「音楽を作るから、代わりに写真作品を使わせてほしい」というような。

具体例でいえば、この「ATAK018」というCDもそう。杉本博司さんのドキュメンタリー映画のサウンドトラックです。このオファーを受ける条件として「サントラのCDのジャケットに、杉本さんが撮影したサヴォア邸の写真を使わせてもらえるなら」とリクエストしたんです。

2012年リリースのCD「ATAK018」。ピアノソロからピアノの多重録音まで縦横に行き来する全16曲を収録。杉本博司のドキュメンタリー映画のサウンドトラックでありながら、ピアノの可能性を追求した渋谷慶一郎のソロアルバムともいえる

2012年リリースのCD「ATAK018」。ピアノソロからピアノの多重録音まで縦横に行き来する全16曲を収録。杉本博司のドキュメンタリー映画のサウンドトラックでありながら、ピアノの可能性を追求した渋谷慶一郎のソロアルバムともいえる

裏を返せば、それほど写真作品というものが好きなんですよね。

恭司さんには(コンサートの写真やポートレートなどを)撮ってもらっていた時期があって、そのときふと、彼がこの写真をくれたんです。2014年頃だったと思います。写っているのは原宿のデニーズの外のシャッター。いや、ローソンだったかな。

写真の額装は自分でやりました。いわゆる“額装道”みたいなものもあるじゃないですか。それは面倒くさいなあと思って。額はインターネットで、勘で買います(笑)。

渋谷慶一郎の“わたしの一枚”。プリントサイズは約13×18㎝、いわゆる「2L」サイズだ

渋谷慶一郎の“わたしの一枚”。プリントサイズは約13×18㎝、いわゆる「2L」サイズだ


もともと僕は高橋恭司さんのファンだったんです。彼の写真を意識したのは中学生か高校生の頃だったと思います。新潮社が出していた『03』や、日本版の『エスクァイア』。恭司さんが撮っている写真が結構載っていたんですよね。

初めて恭司さんご本人に会ったのは、確か代々木のビストロで、友達と一緒に食事をしたとき。そこに恭司さんもいらしていて。そのときに何気なくバシャッと(渋谷さん自身のポートレートを)撮ってもらったんですけど、それが本当に良かったんですよ。やっぱりすごいなあ、と思いました。

その後、恭司さんと、新津保建秀さんと、僕で、下北沢の書店「B&B」でトークイベントをやりました。確か蜷川実花さんも飛び入りで参加したのかな。鈴木心さん、アートディレクターのムラカミカイエさんもいました。

トークの内容が「ポートレートの撮り方」になったとき、実際に皆さん撮り始めるんですよ。バシャバシャと。恭司さんは、撮るときにカメラをちょっと振るんです。わざと手ブレさせる。結果大幅にブレているときもあるし、ほとんどブレていないときもある。そのなかの僕を撮った一枚がまたすごく良くて、いまだにプロフィール写真として使わせてもらっています。

なんて言うんだろうな……恭司さんの写真は、デジタルとアナログについて考えさせられるものがあるんですよね。

例えばヴォルフガング・ティルマンスもベルリンで会った時に、僕の写真を撮ってくれたことがあります。夜遊びして酔っ払っていたから、もらい忘れて残念なんですけど。

彼はずっと「デジタルでできること」を追求していますよね。音楽ならコンピュータではなくテープで録るとか、映画ならデジタルではなくフィルムで撮るとか、アナログじゃないとできないものがある―っていう人がいますが、それに対して僕は基本的にアンチなんです。手軽で身軽なものでやったほうがいいと思っているんですよ。だから、デジタルを追求するティルマンスはすごく潔いと思っています。もちろん、僕はティルマンスの大ファンです。

ただ、以前和光のアートギャラリー(ワコウ・ワークス・オブ・アート)でやっていたティルマンスの写真展を見た直後に、恭司さんの写真展を見たんです。

アナログフィルムのプリント作品を展示した、小さいギャラリーでの写真展でした。でもそれを見たとき―現代においては、方法論としてはデジタルで身軽に武装するべきだと思っていたけど、そう言い切れなくなるくらい―揺さぶられるものがありましたね。確かにアナログじゃないとできないことは、あるなと。

それを具体的にいえば、にじみや、ゆらぎ。色の階層性というか。あとはおそらく、偶発性もあると思います。

いまは恭司さんも、ライカのデジタルを使っていると思います。ちょっと面白いのは、コンビニでプリントしたりするんですよ。店に置いてあるあのコピー機で、「ローソンは少し青味が強い」とか言ってましたが、僕は「それは単に、ローソンの看板が青いからそれに引っ張られているのでは」と思いましたけど(笑)。

でも、どこまでこだわるのか。あるいはどこまでぶっきらぼうに、無造作に作るのか。そのバランスが、作品のカッコ良さ、アーティストのカッコ良さってことなんだと思います。

渋谷慶一郎が主宰する音楽レーベル「ATAK」のスタジオにて

渋谷慶一郎が主宰する音楽レーベル「ATAK」のスタジオにて


この恭司さんの写真はスタジオに置いてあります。ただ、スタジオに写真を置くってことは、わりと慎重に考えないといけない。音楽を作る場所なので、(写真やアート作品の)影響が大きいんですよ。

作っている音楽と周りにあるものの距離が大事なんです。いま自分が作っている音楽と近いもの、写真でも絵でも、近すぎるものはあんまり良くなくて。

例えばさっきの「ATAK018」。杉本博司さんの映画のサウンドトラックを作るからといって、杉本さんの写真集や作品を見るのでは、近すぎる。もうちょっと距離が遠い……それこそ例えばティルマンスとか、ジェフ・ウォールとか、トーマス・ルフの写真を見るんです。あと、その頃よく見ていたのはニック・ワプリントンの作品。壊れ方と精密さのバランスが気になって、日本で買える写真集はすべて買ったと思います。

杉本さんは写真というメディア自体に対峙するアーティスト。だから写真というメディアの可能性を、音楽というメディアの可能性で表現したほうがいい。簡単にいえば「写真というメディアにどういう音をつけるか」。そんなふうに発想を切り替えて制作しました。それには本人の作品を横に置いて音楽作ってちゃいけないんですよね。

渋谷慶一郎 05


以前『GINZA』というファッション誌で、高橋恭司さんが僕のコンサートの記録写真を撮る企画がありました。それは「レクサス」のVIP向けコンサートでした。でもVIPと言われると逆に、お行儀良くやりたくないな、と思っちゃった(笑)。

どういうことかというと……普通、コンサートやライブで記録写真を撮るカメラマンは、お客さんにすごく気を遣います。観客の邪魔にならないように。でも、恭司さんに撮ってもらうのにそれじゃつまらない。だから「高橋恭司が僕の周りでバシャバシャと写真を撮っているコンサート」という体にしたんです。恭司さんはピアノの周りを自由に移動していい。フラッシュを焚いてもいい。その状態を、お客さんが見ているという。

それは結構面白かったですね。ピアノコンサートとライブペインティングを同時にやる、みたいな。恭司さんの対象物がたまたま僕だった、という感じで。ただ僕は、ライブペインティングというものはあまり好きじゃないのですが(笑)。

ずっと好きだったアーティストに会う。会って仕事をする。恭司さんもそうだし、そういう機会は何度か経験しています。それは僕自身がアーティストをやっていて、いちばんうれしいこと。何よりのごほうびみたいなものですね。

渋谷慶一郎 06

人物プロフィール

渋谷慶一郎|Keiichiro Shibuya
1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベル「ATAK」を設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリース。これまでに数多くの映画音楽やサウンドインスタレーションを発表している。’12年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を発表。’18年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌う、アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」を発表した。’19年9月にはオーストリア・リンツで開催される「アルス・エレクトロニカ」で仏教音楽・声明とエレクトロニクスによる新作「Heavy Requiem」を発表。ピアノソロから電子音楽、オペラまで活動範囲は広く、人間とテクノロジーの境界領域での作品を立て続けに制作。’20年8月には新国立劇場で新作オペラ「Super Angels」(指揮・大野和士、脚本・島田雅彦)の発表が決定している。
http://atak.jp/

作家プロフィール

高橋恭司|Kyoji Takahashi
1960年生まれ。1990年代より雑誌、広告で活躍。数多くの作品集や個展を通じて、時代の空気を捉えた、美しい質感の写真を発表し続けている。写真集は『The Mad Broom of Life』(用美社)、『Takahashi Kyoji』『Life goes on』(ともに光琳社出版)、『煙影』『流麗』(ともにリトルモア)、『飛伝来』『艶身(いろか)』(ともに月刊人)、『SHIBUYA』(BANG! BOOKS)など多数。
http://kyojitakahashi.com