大手セレクトショップ・ユナイテッドアローズ創業メンバーの栗野宏文さん。現在は上級顧問としてクリエイティブ・ディレクションを担う。ファッションはもちろん音楽やアートにも造詣が深く、ファッションとカルチャーの視点から社会を見る発言は示唆に富む。2020年8月には初の著書『モード後の世界』を上梓。ファッション小売業を40年以上歩んでいるそのキャリアは生きるモード辞典、そして世界的デザイナーの友人は数知れず。そんな百戦錬磨のファッション業界のご意見番が今回選んでくれた1冊はダイアン・アーバスの『Revelations』。穏やかな印象の栗野さんとは裏腹にアウトサイダーを被写体にし、48歳の短い人生を自ら絶った、エキセントリックなイメージのつきまとう写真家の名は意外な印象だが、果たしてアーバスのどこに魅了されるのか?
文=海老原光宏
写真=川合穂波
2005年に出張でニューヨークに行った際、メトロポリタン美術館でダイアン・アーバスの展示を見たんです。実は当初の目的は同時開催中だったシャネル展だったんですが、会場を出た後に、隣接するダイアン・アーバスの「Revelations」展が目に入ったんですね。この展示はスケールが大きくて、作品だけでなく、彼女の部屋が再現されていたり、テキストも網羅されていたり、どういった人物だったかを表現する展示でした。以前からアーバスを知ってはいましたが、いきなり彼女のほぼすべてを鑑賞したので、強烈な印象を受けましたね。
私は趣味と仕事柄とで50年近くファッション誌を見ています。それこそファビアン・バロンがアートディレクターを務めていたころのイタリアンヴォーグなどは圧倒的なクオリティでした。もちろんアーヴィング・ペンやブルース・ウェーバー、リチャード・アヴェドンなどのファッションフォトグラフィーの巨匠も好きです。ただそれはファッション企業のクリエイティブディレクターとしての視点かな。個人的に写真家を一人選べといわれたら、ダイアン・アーバスです。彼女はいまでいうバーニーズニューヨークのようなファッションリテールの経営者の令嬢。奇しくも私と同業の出自なんですね。写真を勉強後、キャリアの最初は実家のお店の広告を撮ったりファッション誌のシューティングをしたりと恵まれた環境のはずでしたが、その生涯は病みっぱなしで、アウトサイダーを撮り続けました。
ダイアン・アーバス作品を代表する双子の写真。
彼女の残した文に、「自分は違っているということに異常に惹かれる、惹かれっぱなしでそればかり撮っていた」といったニュアンスの一文があります。私もアウトサイダーアートが好きなのですが、それは他とは異なるものが好きだからです。以前コム デ ギャルソンを率いる川久保玲さんにインタビューさせて頂いた際に、彼女もアウトサイダーアートが好きと仰っていました。「彼らには私に見えないものが見えている」からと。私もほかと異なる部分に惹かれます。
最も好きな1枚を選ぶとしたら、アウトサイダーたちのハロウィンの1枚ですね。衣装も良い。彼らの自作の服なのかはわかりませんが、洋服屋的には「この服アリだ!」と、そういった観点からも見てしまいます。
右ページが栗野さんお気に入りというハロウィンのシーンを撮った1枚。
アーバスの写真では、被写体が撮られたがっているんですよね。だからドキュメンタリーというよりポートレイトになっている。ジャーナリストの目を持ちながら、ジャーナリズムとして撮らない写真家ではないでしょうか。でも写真は魔物なので、撮ることで、写真に引っ張られて彼女はどんどん自分の内部に入っていっちゃったんだと思います。
ディズニーランドの城を撮った作品もあるんですが、夢の国をこんなに暗く撮った人なんていないんじゃないかと。そんなアーバスの作品からは、総じて「本当の自分の居場所がない」と感じる。彼女はアウトサイダーを通してずっと居場所を探していた人だと思います。
とにかくダークなディズニーランドの一葉。
普通人はものをつくることで救済されますが、アーバスはそうなりませんでした。「すごいもの」をつくろうと思わず、被写体に惹かれて撮っていたら「すごいもの」になっちゃった。そんな印象です。被写体に自分を見ているんでしょうね。自己愛が強い。この『Revelations』の表紙の自画像を多重露光した写真を見てもそう感じます。
ダイアン・アーバス自身のポートレート作品を用いた『Revelations』の表紙。
アーバスはブルース・ウェーバーのようなハッピー感とは真逆の世界観ですよね。アーバスもウェーバーのように犬を飼えば良かったんですよ。私も犬を飼っているのでわかるんですが、犬には救われるんです。犬にココロの闇は無いですから(笑)。
そういえばいま、新型コロナウイルスのため、商品の買い付けをオンラインで行っているんですが、それで思ったことがあるんです。人間はモノを触って認知してきましたよね。でも絵画や写真は2次元でしかないし、触れることはありません。人間って長い時間をかけて絵画、写真と付き合ってきたうちに“目で触る”ことができるようになったんじゃないかと。手触り感のある写真という表現もあるじゃないですか。というのも、オンラインで画像や映像で服を見ているうちに、生地の質感も目で触る、見てわかるようになるのでは、と気づいたんですね。それでいうとアーバスの作品も触感がありますよね。
コロナ禍により、移動の制限など、人の身体性が奪われました。アウトサイダーなど多様な人を撮ったアーバスの作品は身体性を考えさせます。いまこそ評価されるべき写真家じゃないでしょうか。
栗野宏文|Hirofumi Kurino
1953年生まれ。大学卒業後スズヤ、ビームスを経て1989年ユナイテッドアローズ設立に参画。常務取締役チーフクリエイティブオフィサーとして活躍し、2008年退任後現職。ユナイテッドアローズ外では、ベルギー王立アントワープ・アカデミー卒業審査員やLVMHプライズの審査員を務める。ヴォーグやフィガロ、GQなどへの寄稿も多数。リテーラーでありつつファッションジャーナリストとしての側面も持つ。現在も機会のある限り店頭に立っている。
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。