写真、映像、空間、光などさまざまなメディアを用いたインスタレーションで、芸術体験を創り出してきたフランス人現代美術家クリスチャン・ボルタンスキー。歴史や人の記憶、人間の存在をモチーフとしてきたが、近年では神話や宗教性を感じさせる作品作りにシフトしている。
精神世界へ向かっている彼の大規模回顧展が大阪国立国際美術館に続いて、現在、国立新美術館で開催中だ。時を同じくして表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京での個展も評判を呼んでいる。こちらはボルタンスキーのエッセンスが垣間見られる展示だ。
エスパスで披露されているのは、瀬戸内の豊島が舞台の「アニミタス(ささやきの森)」とイスラエルの死海を舞台とした「アニミタス(死せる母たち)」のふたつの映像作品。フロアに敷かれた草花と共に展覧される。
1944年9月6日のボルタンスキー誕生日の夜の星座の配列を忠実になぞるように配置された300個の風鈴が短冊をはためかせつつ揺らめく10時間を超える映像。この風鈴たちは収録後、野外に置き去りにされ、時と共に朽ちて消える。展示会場の草花も11月の展示終了まで経年変化していくというが、この二重に時が経っていくこと自体が今回の作品なのだ。ボルタンスキーは単なるフィジカルなオブジェを見せることに終始するのではなく、鑑賞者を体験させること自体を作品としている。「作品の中に人が入ることに興味がある」と彼は話す。
“アニミタス”の意味は、チリの路傍に据えられた死者を祭る小さな祭壇のこと。これをオマージュとしてボルタンスキーはこれまで4作品を制作してきた。上記二つの他に、チリのアタカマ砂漠、ケベックのオルレアン島を舞台としていて、どれも日の出から日没までワンカットで撮影した長大な映像だ。
ボルタンスキーは構造主義のアーティスト
ANIMITAS (MÈRES MORTES), DEAD SEA, ISRAEL.《アニミタス(死せる母たち)》、死海、イスラエル 2017年 展示風景、エスパス ルイ・ヴィトン 東京、2019年 フル HD ビデオ、カラー、音声10時間 33 分Exhibition view at Espace Louis Vuitton Tokyo, 2019 Full HD video, colour, sound - 10 hours 33 min Courtesy of the Fondation Louis Vuitton Photo: Jérémie Souteyrat © Adagp, Paris 2019
また、豊島では心臓音を採集するプロジェクト「心臓音のアーカイブ」も実施している。すでに7万件が集まっているこの作品の終着点は、「いずれ自分の大切な人の鼓動を聴きに人々が集う巡礼地にしたい」とのことだ。
これは作品ではないのだ。哲学者のレヴィ・ストロースが唱える構造主義に一時期傾倒したというボルタンスキーは、「神話や伝説をつくりたい。神話の方がオブジェより力があると思う。豊島の心臓音を聴きに来た人が、アート作品と認識されないことを望んでいる。私の名前も知られずに。巡礼地として認知されることを望んでいる」と語る。
我々が神社仏閣を参るとき、それを建てた人物のことなどを考えるだろうか。いや、むしろ寺社は我々の社会の構造に組み込まれている。彼は即物化した「アート」などではなく、そうした高次な存在を創り出そうとしているのではないだろうか。
「作品は鑑賞者が完成させるもの。人それぞれがバックグラウンドを通して作品を解釈する」とボルタンスキー。表参道に赴いた際はぜひエスパス ルイ・ヴィトン東京に立ち寄ってみてほしい。あなたは、このアニミタスを観て何を思うだろうか?
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。