東京・九段下の九段ハウスで「MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE」展が始まった。本展は、マルタン・マルジェラの現代美術家として定義する試みだ。2008年に自身のブランド「メゾン マルタン マルジェラ」を退任し、ファッション界から退き、以後はアートへと軸足を移した彼の実践が、日本でまとまったかたちで提示されるのは初めてとなる。
会場の1927年築の邸宅空間に、2011~2025年に制作された作品38点が展示される。会場構成、キュレーションともに作家本人によるものだ。本展の作品群(コラージュ、彫刻、アッサンブラージュ等)は一見すると多様だが、二つのテーマが貫かれている。それは「オブセッション(執着)」と「世界は仮固定である」だ。ファッションでもたびたび登場した人の髪の毛をモチーフとした作品《Vanitas》は、執着を象徴する。マルジェラの父親が理容師であったことから髪に執着してしまうという。また会場内はビニールシートで養生され、「つくりかけ」を演出。仮固定である世界を創出している。各作品にナンバーが付けられているのもマルジェラらしい。
全体を通して、マルジェラがファッションで試みて来た創造行為の延長と感じさせる。既製服の裏返し、解体されたジャケット、素材の露出、ラベルの匿名化、特大サイズなどなどこれらはすべて、衣服という制度の“完成形”を疑う行為だった。しかし現在の作品では、その対象が衣服から解放されている。もはや身体に着せる必要はない。つまり彼は、ファッションにおいて行っていた「解体」を、より純粋なかたちで物質そのものへと適用している。
「メゾン マルタン マルジェラ」の服は、徹底した脱構築性・批評性を持ちながらも、最終的には「着られる」必要があった。ここに決定的な緊張があった。解体しすぎれば服は成立しない。だが成立してしまえば制度に回収される。マルジェラの服は常にこの矛盾の上にあった。だからこそ、それらはラディカルでありながら市場に流通し得た。
一方で本展の作品は、その緊張から解放されている。機能から完全に自由であること。それがアートとしての現在地である。
マルジェラの重要なテーマである「匿名性」「不在」「痕跡」は、ここでより直接的に現れる。ファッションにおいては、身体は常に潜在的に存在していた。服は身体の痕跡を前提とするメディウムだからだ。しかし本展では逆転が起こる。身体は消去される、しかし痕跡だけが残る。この構造は、彼の初期作品(使い古された素材、ヴィンテージの再構成)を想起させつつも、より冷徹に、人間不在の美学へと推し進められている。
会場となる空間も最適だろう。九段ハウスはかつての私邸であり、生活の記憶が染み付いたプライベートな空間だ。そこに配置されるマルジェラの作品は、単なる展示物ではなく、「そこにあったかもしれない生活の残骸」として振る舞う。これは、彼がかつて恵比寿の邸宅を店舗として使った実践とも呼応する。生活空間とともに衣服も美術も存在すべきという意思を感じる。
4月29日発行の『IMA Vol.45』ではマルタン・マルジェラ本人へのインタビューを敢行したので要注目だ。また今月はマルジェラのアーティザナルを披露する展示も開催される。様々な媒体を通してマルジェラの美学を探究してみてはいかがだろうか。
| タイトル | MARTIN MARGIELA AT KUDAN HOUSE |
|---|---|
| 場所 | 九段ハウス(東京都千代田区九段北1-15-9) |
| 会期 | 4月11日(土)~5月5日(火) |
| 時間 | 10:00〜19:00 (入場18:00まで) |
| 休み | 無し |
| 料金 | 2500円 |
| URL | https://artsticker.app/events/103820 |
