写真の歩いて来た道のりをふりかえってみると、多くの写真家がスティルライフ=静物写真に魅了されてきた。ユニークな発想を緻密なコンセプトで練り上げ、高度なテクニックを駆使して、新しい表現を試みる。そうしてものいわぬはずのモノたちは、まるで私たちに語りかけてくるようだ。『IMA』vol.6で特集したスティルライフ写真から、ドキュメンタリーとコンセプトを両立させた作品を発表してきたフランス人写真家、ラファエル・ダラポルタを取り上げる。彼が地雷を撮った静物写真のシリーズ「Antipersonal」は、造形美とは裏腹の機能を持つ兵器の姿が収められている。写真から発せられるメッセージを、写真家のマーティン・パーと亀山亮の文章とともに感じてみよう。
最も冷徹なスティルライフ
マーティン・パー=文
写真メディアが持つ優れた機能のひとつとして、私たちが住むこの世界を記録し秩序立てるその能力が挙げられるだろう。写真が持つ簡潔さと明朗さは、商業的にも美術的にも大きな可能性を提供してきた中、近年のドキュメンタリー写真において、社会のある側面を取り上げ、それを深く掘り下げていく手法をとるものが増えている。地雷を撮影したダラポルタの作品は、この種の作品群の中でも、最も冷徹なものだろう。地雷という物体は不可解な醜さと同時に、抗いがたい美しさも持っている。
埋められた地雷が、ずっと後に罪のない被害者を生みだしていることを、私たちはたびたび耳にしてきた。爆発するまでずっと地中に残り続けることになるからだ。私は実際に地雷というものを見たことがないし、ダラポルタの作品にめぐりあうまで、写真ですらそれらを見たことがなかった。見たときは、まるで天啓を受けたような気持ちだった。
彼の作品から、地雷には何百もの種類が存在し、見た目、かたち、そしてデザインはそれぞれ大きく違うことを知った。ダラポルタはこれらの物体を、まるで商業写真家がシャンプーボトルを撮るかのように撮影している。そうすることで、被写体に厳格さを与えながら、写真家の視線をニュートラルなものにとどめている。私たちがそのバランス感覚に気を留めることもないのは、この作品が高度な思考の上に成り立ったものであることの証左だろう。
悪魔の兵器 地雷
亀山亮=文
27年間続いた内戦がようやく終わったアンゴラの激戦地クイトで、顔をケロイドで覆われたテレサと出会った。
彼女は町外れの電気も水道もない崩れかけた建物にハンセン病や小児麻痺患者、社会的弱者と互いに助け合いながら劣悪な環境の中で寄り添うように共同生活をしていた。
テレサは畑を耕している最中に、対人地雷に接触して両目を失明。不幸にも彼女の夫と家族も戦闘で亡くなった。
それでも彼女は全力で3人の子どもを懸命に一人で育てていた。
拾ってきた質の悪い炭に手探りで火をおこし料理を作るため、煤だらけになった部屋の中には食器があるだけで、ひとつしかない穴が開いて凹んだベッドにどうやって4人が眠るのか想像もつかない。
毎朝、生活の糧を得るために、彼女は子どもたちの小さな手に引かれながら長い時間をかけて市場に物乞いに行く。
静かな日曜日の朝、小さな教会で地面に座り込んで両手を握りしめて祈るテレサのおだやかな表情を、朝日が差し込みモノクロームに染めていく様は、フォトジェニックで美しかった。
彼女たちを傷つけた地雷やクラスター爆弾などの武器をアンゴラの和平と復興を謳う国連安全保障理事国は世界中にばら撒いている。現在もなお武器輸出で莫大な利益を得ている現実とテレサの現状とをシンクロさせると、自分たちが立っている世界の根源的な闇の深淵に改めて愕然とする。
対人地雷 GMMI-43 ドイツ製 第二次世界大戦中にナチスが使用したこの地雷は、硝子構造と特殊なフューズにより見つけだすことが不可能である。 また、爆発によって体内に入り込んだ硝子片はレントゲンでも検出不可能である。 2004年には、コロンビア政府関係者が、国内のゲリラ団体が手作りの硝子地雷を使用していると伝えている。 直径: 135mm 重量: 1.2kg
IMA編集部=文
一見おもちゃのカタログか何かのようだが、写真に添えられた情報によって、このオブジェの数々が戦争の兵器だとわかる。本作でダラポルタは、人を殺傷するために設計された地雷やクラスター爆弾の子弾を被写体にした。子弾は不発弾として仕込まれて地上に残ることもあるため、子どもが興味を持つように意図的におもちゃのようなデザインがされているという説もある。血の匂いのする惨状を記録する代わりに、こうした非人道的な兵器をまるで商業写真を撮影するようなライティングで淡々と捉えることで、より一層人間の残虐性を引き立たせている。
このシリーズは地雷撤去チームとの共同作業だが、ダラポルタはこうした他分野の専門家と協力して特殊な撮影を実践する作家だ。これまでも「Domestic Slavery」(2006年)では、正式な書類を持たない移民たちが抱えるフランス国内奴隷制度の悲惨な現実をジャーナリストによるテキストとともに構成したり、「Fragile」(2011年)では法医学の医療チームとの共同作業で、死体から死因特定の手がかりとなる臓器や部位を取りだし黒い背景で接写してきた。どれも綿密なリサーチとコンセプトを下敷きに組み立てられた秀逸なドキュメンタリーである。きわめて現代的なテーマを扱うダラポルタだが、単なる社会的問題や暴力性の露呈にとどまらない。そこに隠された命の尊厳への思いこそが、真のメッセージだ。
IMA 2013 Winter Vol.6より転載
ラファエル・ダラポルタ|Raphaël Dallaporta
1980年、フランス生まれ。2004年に本誌掲載シリーズ「Antipersonnel」がマーティン・パーの目に留まり、注目を浴びる。スイスのエリゼ写真美術館での個展を皮切りに各国で展覧会を行い、2010年にはICPインフィニティ・アワード、2011年にはFoam Paul Huf Awardを受賞している。
マーティン・パー|Martin Parr
1952年、イギリス、サリー州生まれ。ニューカラーの旗手のひとりと評され、ユニークなカラー写真には社会を見つめる独特のセンスが表れている。写真集に『Small World』(2007)、『The Last Report』(2009)、Life’s Beach(赤々舎)などがある。
亀山 亮|Ryo Kameyama
1976年、千葉県生まれ。日本写真芸術専門学校報道・写真芸術科卒業。1996年より中南米の紛争地の撮影を始める。コンゴ、リベリア、ブルンジなどアフリカの紛争地に8年間通い続け、2012年『AFRIKA WAR JOURNAL』を発表。2013年、同作で第32回土門拳賞を受賞。
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