15 November 2021

New Voice ニューヨークの若手写真家ファイル
#08 ラヒム・フォーチュン

15 November 2021

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ニューヨークの若手写真家ファイル #08 ラヒム・フォーチュン | ニューヨークの若手写真家ファイル #08 ラヒム・フォーチュン

ラヒム・フォーチュン

写真専門書店Dashwood Booksに勤め、出版レーベルSession Pressを主宰する須々田美和が、いま注目すべきニューヨークの新進作家たちの魅力をひもとく連載。世界中から集められた写真集やZINEが一堂に揃う同店では、定期的にサイン会などのイベントが開かれ、アート界のみならず、ファッション、音楽などクリエイティブ業界の人たちで賑わいをみせている。ニューヨークの写真シーンの最前線を知る須々田が、SNSでは伝わりきれない新世代の声をお届けする。

インタヴュー・文=Miwa Susuda

気鋭の若手作家を抱えるエージェント、Claxton Project所属のラヒム・フォーチュン。テキサスとニューヨークを拠点とし、『New York Times』や『Rolling Stone』など数多くのメディアからのアサイメントを手がける一方、MoMA P.S.1やオクラホマ州のフィルブルック美術館でのグループ展にも選出され、アメリカでいま最も注目を集める写真家のひとりである。また、本年度のParis Photo-Aperture Foundasion PhotoBook AwardsのPhotoBook of the Year部門では、写真集『I Can’t Stand to See You Cry』がショートリストにノミネートされている。22歳で故郷テキサスを離れ、ニューヨークの大学に進学し、たった5年で輝かしいキャリアを築いたフォーチュンの魅力に迫る。

―写真家を目指すことにしたきっかけを教えてください。

20歳になったばかりのころに、テキサス州オースティンのリサイクルショップでペンタックスSF10を購入したことです。自分の家族や周りの風景を撮り始め、自然と写真家を志すようになりました。ただ僕が育った町は美術館やアートブックを扱う書店もなく、文化的に恵まれていたとはいえなかったので、2016年にニューヨークへ移住しました。写真家のアシスタントをしたり、食料品店で働いたりして生活費を稼ぎながら比較的学費が安いボロウ・オブ・マンハッタン・コミュニティ・カレッジで写真を学び、その後4年制大学に進みたかったのですが、2019年に父親が大病を患ったため進学は諦めました。でも代わりにICP やニュースクールによるオンライン講義を受講して、写真についての知識や技術を学びました。現代社会の恩恵を受けていますね。尊敬する写真家や評論家の話を聞くと、写真家としてのビジョンを深く見つめ直すことができます。


―コロナ禍にイギリスとフランスを拠点とする出版社Loose Jointsから連絡があり、写真集『I Can’t Stand to See You Cry』の刊行が決まったと聞きました

父の看病があったのでテキサスとニューヨークを行き来する生活を送っていて、2020年3月も父の誕生日を祝うため帰省していたときにパンデミックが起こりました。ロックダウンの影響でニューヨークに戻れなくなり、その後5月に父が亡くなったので、8月まで滞在を延長しました。また5月には、ジョージ・フロイド殺人事件が引き金となり、アメリカにおける人種問題を抗議するBlack Lives Matter ムーブメントが起こりました。テキサスの実家でことの行く末を不安な気持ちで見守っているときに、Loose Jointsからメールで写真集を作ろうと連絡が来たのです。

―Loose Jointsがあなたにアプローとしたきっかけとは?

2018年11月にMoMA P.S.1で8-Ball Communityが主催したグループ展「No Thanks Given」に参加し、先住民族であるシネコックインディアンを撮影したポートレイトを展示したんです。そのときにInstagramに上げた展示風景写真を見たのがきっかけと聞いています。アメリカの階級社会、人種差別、奴隷制やコロニアリズムの歴史などに対する関心が高まっていた時期だったので、作品そのものもですが、おそらく僕が南部出身で、母方の祖先がネイティブアメリカンであることにも関心を持ったのではないかと思います。

『I Can’t Stand to See You Cry』(Loose Joints、2021)

『I Can’t Stand to See You Cry』(Loose Joints、2021)


―『I Can’t Stand to See You Cry』に収録されている写真について教えてください。

死の間際、病院のベッドに横たわり虚ろな瞳をした父親、自宅の庭で友人から髪を切ってもらっているセルフポートレイト、友人や恋人、地元の風景など、日常的な出来事をとらえた写真で構成されています。過去5年間にわたりテキサスで撮影した写真約400枚をLoose Jointsに送りましたが、最終的に選ばれたのは昨年撮ったものが多かったですね。日常の中にある静かながらも確かな生の充足感、ささやかで平凡な暮らしの中に存在する優しさや希望の光を表すことに試みた作品です。日常を写すことで、文化的背景や人種に違いがあっても、同じような瞬間に立ち会った経験のある人たちに何かを伝えられればと思って制作しました。アメリカでは、虚勢をはったり、ファンタジーを追い求め過ぎてしまったりして、現実とかけ離れた考えをもとにした実体のない写真をよく目にします。自信を得るために現実から離れ、実体験以上のことを描こうとする行為の全てを否定するわけではありませんが、僕は自身の存在の不確かさからくる不安や居心地の悪さ、心の痛みや悲しみから湧き出てくる美しさを追求したいと考えています。


―ポジティブな気持ちだけで写真を撮っているわけではないということでしょうか?

昨年6月に『New York Times』のインタヴューで「自尊心の源とは?」と問われ、「対外的な自信と密かに隠し持っている不安、破壊したい騒動とまだ見ぬ世界への探究心」と答えました。写真を撮ることに自信がなければ、もちろん写真を撮ろうとなんて思いませんが、その一方で、この世界のすべての苦しみや喜びなどを表現できる才能があるなんて過信していません。自信と懐疑、その二つの気持ちにいつも突き動かされながら写真を撮っています。

―いま、アメリカの美術や出版業界では、BLMムーブメントを引き金にアフリカ系アメリカ人の写真家に注目が集まり、人種、階級、ジェンダーなどをテーマにした社会的な作品が増えています。ご自身も政治的な作品を作ろうと考えたりしますか?

 『I Can’t Stand to See You Cry』はテキサスでの日常を撮った作品であるにも関わらず、ジョージ・フロイド殺害事件やBLMと結びつけて人種差別へのアンチテーゼとして出版されたと、あるイギリスの雑誌で書かれたことがあり、正直言って快く思いませんでした。私の写真集は、家族や友人など身近な人たちを撮ったパーソナルなドキュメンタリーであって、政治的な作品ではないからです。ただ、政治に無関心なわけではありません。ネイティブアメリカンのチカソー族である祖母から、アメリカ政府からの先住民族に対する迫害の歴史を聞いて育ったので、小さいころから政治への関心はあります。でも制作においては、社会に与える影響を考えながら自分の主張を写真に反映するのではなく、見る人たちが自由に考える余地を残したいと考えています。最も小さな社会の単位である家族やその周りのコミュニティをテーマにした作品を、今後も制作したいと思います。


―コマーシャルワークをする上で、気をつけていることはありますか?

所属エージェントに来る依頼はどれもありがたいのですが、全て引き受けることはしません。例えば、自分のバックグランドと全く関係のないコミッションワークや撮る人が誰でもいいようなコマーシャルの仕事を引き受けても良い結果は出せないので。これまでのアサイメントで一番印象に残っているのは、昨年5月末に刊行された『New York Times』のオクラホマ州タルサ特集で、100年前に同地で起こった黒人の大量虐殺の痕跡を追った取材です。オクラホマは、父と離婚した母親が暮らす街で、僕自身も小学校高学年から高校まで過ごしたのですぐさまオファーを引き受けました。『New York Times』編集部が自由を与えてくれたので、母との思い出の土地に対する懐かしい気持ちも後押しし、パーソナルワークを制作するような自由な気持ちで撮影に挑むことができました。どんなアサイメントにおいても自分のスタイルは一貫していて、物語性を大事にし、ひとつの写真集を作るようなイメージで制作しています。

―オンライン化が進み、拠点は大都市でなくてもいいという意見もあります。ニューヨークで生活することをどう考えていますか?

テキサスの田舎町からニューヨークに移り住んだ僕個人の意見ですが、やはり写真やアートというものに対してリスペクトや関心があるニューヨークにいることはとても重要だと感じます。P.S.1でのグループ展に参加するきっかけを作ってくれたのは、ニューヨークで知り合ったスケーターの友人でした。自分の活動を理解してもらえる環境に身を置くことでさらなる高みを目指すことができています。写真家にとって、ニューヨークを拠点とすることは意義があると思いますよ。

―次世代の写真家へアドバイスをお願いします。

目標を達成するためには、自分ひとりでもがくのではなく、自分の才能が伸びる環境を作ることがまず大事だと思います。友人や仕事仲間との信頼関係が自分の周りのコミュニティを支える軸となるので、人とのコミュニケーションに注意を向けることもとても重要だと思います。

ラヒム・フォーチュン|Rahim Fortune
1994年、テキサス州オースティン出身。2016年、BMCCに進学するためニューヨークへ移住。2018年、MoMA P.S.1での8 ball Communityが主催するグループ展、2021年3月にオクラホマ州のフィルブルック美術館で非人種差別を主題としたグループ展に参加した。2020年12月より、ニューヨークのエージェンシーClaxton Projectsに所属。2021年、Loose Jointsより『I can’t stand to see you cry』を出版。来年には、フィルブルック美術館で個展を開催する予定。

須々田美和|Miwa Susuda
1995年より渡米。ニューヨーク州立大学博物館学修士課程修了。ジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、ブルックリン・ミュージアム、クリスティーズにて研修員として勤務。2006年よりDashwood Booksのマネジャー、Session Pressのディレクターを務める。Visual Study Workshopなどで日本の現代写真について講演を行うほか、国内外のさまざまな写真専門雑誌や書籍に寄稿する。2013年からMack First Book Awardの選考委員を務める。2018年より、オーストラリア、メルボルンのPhotography Studies Collegeのアドバイザーに就任。
https://www.dashwoodbooks.com
http://www.sessionpress.com

タイトル

ラヒム・フォーチュン『I can’t stand to see you cry』

出版社

LOOSE JOINTS

価格

6,600円(税込)

発行年

2021年

仕様

ハードカバー/235×265 mm/112ページ

URL

https://www.twelve-books.com/products/i-can-t-stand-to-see-you-cry-by-rahim-fortune

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