27 December 2021

松江泰治インタヴュー、
視覚を撹乱する「マキエタCC」展を解き明かす

27 December 2021

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松江泰治インタヴュー、視覚を撹乱する「マキエタCC」展を解き明かす | 松江泰治

現在、東京都写真美術館で開催されている「松江泰治 マキエタCC」展は、画面全体にピントが合わされ克明に写し出された世界各地の都市のシリーズ「CC」、そして世界各地の都市や地形の模型が写された「makieta」、この2つのシリーズを通して作家の現在地を示すとともにその表現の可能性を探るもの。2018年に松江の回顧展を開催した広島市現代美術館の担当学芸員、角奈緒子を聞き手に、本展の見どころを作家に伺った。

構成=森かおる
写真=瀬沼苑子

―2018年に広島市現代美術館で開催した「地名事典」の時に、図録を兼ねて『松江泰治ハンドブック』を作りましたね。その最後のページはパノラマの作品と「makieta」作品で終わっています。そこに、今回の「松江泰治 マキエタCC」展での展開の伏線が既に用意されていたのかと思いを馳せながら展示を拝見しました。今回の展示の構想はいつ頃から始まったのでしょうか?

その通り!『松江泰治ハンドブック』の最後で「makieta」とパノラマの作品を見せているのは、次に大展開するぞという伏線。今回の展示のオファーがあったのは2017年で、その時から「makieta」を大公開することを決めていました。

松江泰治《TYO 90835》 2021 年 発色現像方式印画 作家蔵 ©TAIJI MATSUE Courtesy of TARO NASU

松江泰治《WAW 62222》2021 年 発色現像方式印画 作家蔵 ©TAIJI MATSUE Courtesy of TARO NASU


―それでは、「makieta」シリーズはいつ頃から撮り始めた作品なのでしょうか。

2007年、エクアドルのキトで模型に出会ったのが始まりです。部屋の中に素晴らしいキトの都市模型があって、その瞬間にこれを撮りたいと思った。でも、裸電球が一つ点いているだけの暗い部屋で、ピントを合わせることすら難しい。露出を計算して、何分も露光し、それでも半信半疑で、写っていた時は一安心だった。次が2009年の東京模型で、集中的に撮影したのは2016年以降です。

松江泰治《PAR 32319》2008 年 発色現像方式印画 アマナコレクション ©TAIJI MATSUE Courtesy of TARO NASU

松江泰治《SYD 20119》2012 年 発色現像方式印画 東京都写真美術館蔵 ©TAIJI MATSUE Courtesy of TARO NASU

―街(=「CC」)を撮るのと模型(=「makieta」)を撮るのでは、感覚は違うものなのでしょうか。

ビューとしては同じに撮っているが、技法としては全く違います。まず、模型は置いてある環境が撮影に適しているとは限らないので、光の少ない中で細かい模型の全体にピントを合わせてぶれないように撮るだけでも非常に大変。リアルな街のほうが外光などに影響を受けたり、不確定要素が多いので撮りにくいのではとよく聞かれるが、むしろ逆だね。模型「makieta」はマクロ撮影の技法で、無限遠の風景「CC」よりピント合わせが遥かに難しい。

模型を撮るのも、街を撮るのも感覚は同じ。世界を旅して街を撮り、模型も撮る。博物館の模型もテーマパークの野外模型も、なるべく多く収集し、その中から厳選して作品を構成します。


そっくりな4つの展示室

― 1室目に入った瞬間、広島展の復習から展示が始まっていて、松江さんらしいなと、にやりとさせられました。

そうだね。1室目の動画は、広島で展示した最後の動画と同じです。内容は博物館。広島では、現在博物館を撮っていることを示して終わり、今回は模型が博物館から始まることを示している。

―そして2室目に行って、展示室がデジャヴのような構造になっていることに気がつきました。3室目、4室目と、似たような構造をもつ部屋が4つ続いていきますね。

展示プランは、担当学芸員の伊藤貴弘さんとの共同戦線です。東京都写真美術館は狭い美術館だから、その狭さを生かしたインスタレーションにしようとアイディアを出し合って、成功したと思う。展示室は20メートル四方。4つに割ると小さい正方形の部屋が4つできる。それぞれの部屋の中央に動画作品を置いて、そっくりな4つの部屋を作るというプランにした。

会場を時計回りに観覧できるようにし、伊藤さんの発案で、右手側は「makieta」、左手側は「CC」と分けました。混ぜたほうが良いかとも思ったが、結果的に良かったね。わかりやすくて、松江作品を本当に初めて見る人には説明しやすくなった。

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)


伊藤:解説を読まなくても、展示室を進んでいくと「CC」と「makieta」の違いが見えてくるようになるのがひとつの狙いではありました。

―まさにそういう瞬間を会場で目撃しました。私が1室目からじっくり作品を見ていたら、先に展示室を進んでいった二人組のお客さんが「これ模型だったのか、騙されたなあ!」と、いいながら部屋を戻ってきましたよ。

まず部屋を4つ作り、それぞれにテイストを付けていく。1室目は究極の「makietaCC」。2室目は「gazetteer」に繋がる地形マキエタ。3室目は「makieta」のバリエーション。4室目は東京やパノラマの作品を置いて、また1室目に戻る、と。

4つの部屋が似ていると飽きてしまうので、それぞれに味付けをする。1室目にある作品を「究極のmakieta」と呼んでいて、これは言わば、理想的な「makieta」。でも、こういう作品が延々と続いたら退屈してしまう。

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

―たしかに、2室目に入った時に全く違う印象を受けました。そのテイスト付けがとてもうまくいっていたんだと思います。3室目くらいまで見て、もう一度2室目に戻って、やっとそういうことかと理解しました。それに、ぐるぐると何周でも観られる展示になっていますよね。私は4室目まで観たあと出口に行かずにもう一度1室目に戻って、何周もしてしまいました。

それが正しい見方ですよ。一般的な展示だと、最後の部屋まで行くと外へ出るように促されるでしょう。最初から観るには来た道を戻らなければならない。それだと面倒でお客さんが会場を出てしまうから、すぐに1室目に戻れるように同じ幅の通路を作ってあります。

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)


見開き2点の組み合わせを生かした図録

今回力を入れたのは、インスタレーションと図録です。図録は、作品集に迫るものを目指しました。

―立派な作品集で、出版社から出したんだろうなと思ったら、発行が写真美術館だったので驚きました。ページ構成は松江さんがされたのですか?

図版の組みは作家の仕事です。「makieta」と「CC」を同じスケールにして、目がクラクラするように仕組みました。

―会場で見る以上に模型と都市の違いがわかりませんね。読者としては、松江さんに試されているような気がします。

試してはいるけれども、答えは出なくて良い。それを目論んでいるからね。「makieta」、つまり模型は小さいものなので、展示するプリントのサイズも比較的小さい。あまり大きなスケールにするとディテールがぼやけるし、模型自体、そんなに中に入っていくディテールがないからね。でも図録の場合は、「CC」、つまり都市と同じスケールで見せて区別がつかないようにして、インスタレーション以上に視覚を撹乱している。

―展示でもそうでしたが、札幌を撮った2作品が並んでいるのもいいですよね。このニューヨークは模型ですよね。まるで街が廃墟化しているように見えて、ちょっと怖さも感じます。

これは野外模型で、セントラルパークの北側からの眺めだが、放置されて風化しています。人形の首が取れているような模型はよくあるよ。精密な模型から風化した模型まで、様々な段階があって、作品として採用する加減は難しい。

「松江泰治 マキエタCC」展図録

「松江泰治 マキエタCC」展図録

―松江さんの作品は、意外と観る者をくすっとさせるところもありますよね。完膚なきまでにピントが合っていて、隙がなくて、やられたという思いと同時に笑いをもたらしてくれる時がある。それを発見した時に、やっぱりすごい作品だなと思いますね。それを改めて感じられる素晴らしい展示でした。また、ニューヨークの隣のページにシカゴのビル群が配置されていて、片方は模型で、片方はリアル。よく考えられたページネーションで、これまたやられたなという感じです。

図録の編集は楽しいよね。見開きで2点見せるというのはすごく大事。見開きに2点あると組み合わせの妙が生まれるが、見開きに1点ではそういう面白さはない。だから、白ページを一切無くして、面白いストーリーを作るのが自分にとっての編集の歓びだよ。

伊藤:図録では展覧会以上に「CC」と「makieta」が混ざっているので、松江さんがやりたかったことが図録でより実現できていると思います。

―なるほど。展示と図録を比較して見るという面白さもありそうですね。ぜひ多くの方に会場へ足を運んでいただき、この面白さを体感していただけたらと思います。

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

「松江泰治 マキエタCC」展示風景(撮影:木奥恵三)

タイトル

「マキエタCC」

会期

2021年11月9日(火)〜2022年1年23日(日)

会場

東京都写真美術館(東京都)

時間

10:00~18:00(木金曜は20:00まで/入館は閉館の30分前まで)

休館日

月曜、12月28日(火)〜2022年1月1日(土)、1月4日(火)

料金

【一般】700(560)円【学生】560(440)円【中高生・65歳以上】350(280)円

URL

https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4031.html

松江泰治|Taiji Matsue
1963年、東京都生まれ。1987年、東京大学理学部地理学科卒業。2002年、第27回木村伊兵衛写真賞受賞。『gazetteer』(2005年)、『CC』(2005年)、『JP-22』(2006年)、『cell』(2008年)、『jp0205』(2013年)、『LIM』(2015年)、『Hashima』(2017年)など写真集多数。主な個展に「世界・表層・時間」IZU PHOTO MUSEUM(2012年)、「地名事典」広島市現代美術館(2018年)など。

角奈緒子|Naoko Sumi
広島市現代美術館学芸員。これまで企画した主な展覧会は、「金氏徹平展 splash & flake」(2007)、「西野達展 比治山詣で」(2007)、「この素晴らしき世界:アジアの現代美術から見る世界の今」(2011-12)、「俯瞰の世界図」(2015)、「世界が妙だ! 立石大河亞+横山裕一の漫画と絵画」(2016-17)、「松江泰治|地名事典」(2018)ほか。ウェブマガジンや雑誌などに、展覧会評や作品批評を発表。

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