8 September 2023

川内倫子の日々 vol.30

夏の終わりに

8 September 2023

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川内倫子の日々 vol.30「夏の終わりに」 | 川内倫子の日々 vol.30

夏の終わりに

娘が小学校に入学してから初めての夏休みを迎えた。
保育所に通っていた頃はお盆期間中に数日間の夏休みがあったくらいだったから、とくに自分の仕事のペースが乱されることもなかったのだが、小学校にあがったら学童へ行ってもらう以外は基本的に家にいることになる。隙を見ては2階の仕事場へ行き、娘に呼ばれては階下へ、という感じで作業に集中しづらい。
そして夏の思い出をつくるためにいろいろ予定を入れたら、通常の業務の時間が圧迫されてしまい、余裕を持ったスケジュールで進めていた案件も気が付けば締め切り間近になっていたりして、ひと夏を忙しく過ごした。

始業式から帰ってきた娘に久しぶりの学校はどうだったか聞くと、楽しかったよと言う。
そう聞いて安心してから、自分の場合は始業式が毎年憂鬱だったことを思い出した。夏が嫌いだったが、夏休みが明けて学校が始まるのはもっと嫌だった。
8月の終わり頃、もうすぐまた学校が始まる、というカウントダウンのさなかに絶望的な気持ちになり、エアコンがなかった真夏の大阪の自宅で、扇風機の風をたよりになんとか涼をとろうとしながら2段ベッドの上で眠れなかった夜。
あれから40年以上も経って、まだあの時の辛い気持ちがなまなましく残っているなんて、でも自分の子どもは楽しそうに始業式へ行けてよかったな、などとさまざまな思いが去来する。

夏の日差しは強すぎて、当時の自分にはそれを受容する力がなかった。
真夏の大阪、冷房がない狭い集合住宅に大家族で生活していたから、とにかく暑くて寝苦しかった。冷房が家に設置された夢をみて、起きたら扇風機しかない現実にがっかりしたこともある。
毎朝早朝にラジオ体操へ行くのも、学校のプールへなぜか毎日行かなくてはいけなくて汚い更衣室で着替えなければならなかったことも、すべてが苦行のようだった。抜け毛と泥水に汚れた床の上にタオルを落として絶望的な気持ちになったことは、いまでも水場が汚いことを極度に恐れてしまうトラウマになっていると思う。
そうして心身が消耗されてくたくたになった頃に学校が始まるので、追い討ちをかけるようにつらかった。
学校に行きたくなかった理由はその時々でいろいろあったが、基本的に小学校から中学校の間は学校へ行くこと自体が自分を鬱々とした気持ちにさせた。
いま思うと特に気が合うわけでもない人たち約40人と机を並べて同じ空間にいるというのはそれだけでストレスだ。子どもは特に遠慮や配慮がないから簡単に容赦ない言葉を放つ。それによって傷つけたり傷つけられたりと、狭い教室の中で毎日多かれ少なかれそういったやりとりがあった。ただ自分は見ているだけのときもあったし、標的にされたこともあった。
高校生になってからは楽しいと思う時間も増えたが、友達とうまくいかなかった時期もあり、その間はまた同じように重い気持ちを引きずりながら通ったことがあるから、総じて学校というものには重苦しい記憶が常にまとわりついている。

自分があの頃に感じたようなつらい思いを全部消したいような気持ちで、娘には夏のいい思い出だけを残してあげられたらと、なんだか今年は躍起になっていたのかもしれない。
海水浴や花火にプール、川遊びにバーベキュー。家族と、親戚と、友達と過ごす時間。
予定を詰め込みすぎてしまい、夏休み疲れというのを初めて体験したが、娘の7歳の夏を無事に伴走できたことに達成感もあった。
始業式の朝。娘を学校に送りだしてから自分もやっと仕事に集中できることに安堵し、仕事場の窓から外に目をやると、木々にあたる光から秋の気配を感じた。

川内倫子の日々 vol.30

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