31 August 2023

“写真は次元を変える魔法”
イナ・ジャン インタヴュー

31 August 2023

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“写真は次元を変える魔法”イナ・ジャン インタヴュー | Ina Jang / Art + Commerce, a whim from ‘Radiator Theatre’ 2018

Ina Jang / Art + Commerce, a whim from ‘Radiator Theatre’ 2018

写真フリークの中には、第169回芥川賞を受賞した市川沙央著『ハンチバック』のグラフィカルな表紙を記憶に留めている人もいるだろう。なんとあの表紙は、写真家イナ・ジャンの作品『Radiator Theatre』なのだ。顔を隠したアイデンティティーを問う人物写真を撮っていたジャン。写真なのか絵なのか境界が曖昧な『Radiator Theatre』からは、彼女の更なる作風の進化を感じさせる。

取材・文=IMA

ー『Radiator Theatre』は、ラジエーター(暖房の放熱装置。ニューヨークのマンションでよく用いられている)の上にものを置いて撮影したとのことです。あのオレンジの被写体は何ですか?また、どうしてこのような作品を作ったのでしょうか?作品の背景を教えてください。

第169回芥川賞を受賞した『ハンチバック』(市川沙央著、文藝春秋)

第169回芥川賞を受賞した『ハンチバック』(市川沙央著、文藝春秋)


この作品は、ニューヨークの私のアパートに長い影を落とす冬の太陽のもとでつくられました。

まず、紙に色を塗って、それを切り抜いて抽象的な形をつくります。それらのシェープを一瞬だけラジエーターの上に立てかけて撮影するのです。まず、朝日をたくさん受けられるように、ラジエーターの上に設置しました。この仕掛けは、太陽の通り道に従って被写体の表情が1日中変わっていくのです。

水平線が、シアターを連想させて、そのプロセス自体が、まるで私が演出するパフォーマンスのように感じられました。『ハンチバック』の表紙に使用された、『mohohan(2020)』も同じように制作された作品の一つです。リズミカルにバランスをとる、気力溢れるオレンジ色の形に惹きつけられました。

Ina Jang / Art + Commerce, monohan from ‘Radiator Theatre’, 2020

Ina Jang / Art + Commerce, dal from ‘Radiator Theatre’, 2021

Ina Jang / Art + Commerce, blue mountain from ‘Radiator Theatre’, 2017


―以前、あなたは人物の顔を隠した作品を撮っていました。アイデンティティーを写真で探究していました。それから10年が経ちましたが、最近の作品を見ると、抽象度が増し、『UTOPIA』では人はシルエットのみ、『Voyages』ではもっと抽象化してグラフィックと化した作品をつくっています。それぞれのつくり方、表現したいことを教えてください。

私の作品は、形態、言語、文化、アイデンティティーのさまざまな関係性を問うことが多いです。作品制作のプロセスという点では、コラージュが三次元空間でつくられていて、それらを写真に撮ることで平面に取り込まれるというアイデアは、どの作品にも基本的に共通していると思います。

Ina Jang / Art + Commerce, Bloom from ‘Utopia’, 2022

Ina Jang / Art + Commerce, Peach from ‘Utopia’, 2016

Ina Jang / Art + Commerce, Lemonade from ‘Utopia’, 2016


『UTOPIA』では、影のある最小限の空間に浮かぶ切り絵を使って、ソフトポルノグラフィーの反復的で見慣れたシルエットを探求しました。『Voyages』は、パンデミックのある時期に、ソウルの漢江とニューヨークのイースト・リバーの水を撮影することから始まりました。それぞれの都市の水のディテールを使って、抽象的な形と散在する構造を作り出し、内省的な旅をたどるヴィジュアル・ジャーナルにしました。
 
―色と抽象化にこだわっているように見受けられます。それはどうしてでしょう?

自分自身の直感に頼るところが大きいです。色や形がどんな感情を呼び起こすかにフォーカスするようにしています。

―『Radiator Theatre』『Voyages』『Utopia』などどれも写真とはわかりませんでした。絵画のようです。写真と絵画の違いをどう考えていますか?

Ina Jang / Art + Commerce, Collage from ‘Voyages’, 2022

Ina Jang / Art + Commerce, Han River from ‘Voyages’, 2021


一般的に、写真のプロセスには被写体をさらに変形させるメカニズムがあります。拡張性もあります。どんな写真でも、気の向くままに拡大・縮小できます。世の中は、ガジェットで溢れ、写真はいつでも誰でも撮れ、無限に再現できるということは言うまでもありません。

写真と絵画の違いですが、絵画は現実に即していると感じられますが、写真はまるで魔法の呪文のように感じられます。写真の背後にある科学はすべて解明されていますが、写真を撮ると魔法にかけられたような気分になります。

―写真はファンタジーですね。あなたはファッション写真も撮っています。ファッション写真とアート写真の違いはありますか?

プロジェクトに関わる人達が両者の違いを生み出します。 個人的なプロジェクトでは、一人で仕事をすることが多いです。ですから、あるテーマに対する新しいアプローチ方法を生み出すような素晴らしいコラボレーションを体験する時は、とても興奮します。それ以外は、あまり違いを認識していません。

いつも大切なのは、新鮮さを見つけ出すことですね。

―お気に入りのカメラを教えてください。

どんなカメラも私のお気に入りになり得えます。

―今後撮りたいものは?

私の故郷であるソウルに関するプロジェクトに取り組みたいです。故郷を離れてからずいぶん経ちますが、その変化を目の当たりにするのは、私にとって非現実的な体験です。その感覚をぜひ捉えたいです。

―あなたにとって「写真」とは?

写真は、過去の一瞬と未来の可能性を通して、現在をも伝える極めて流動的なものだと思います。

イナ・ジャン

イナ・ジャン

イナ・ジャン|Ina Jang
1982年、韓国生まれ。ニューヨーク在住。2010年ニューヨーク・スクール・オブ・ビジュアル・アーツを卒業後、2012年同校MPSファッション・フォトグラフィーで学ぶ。 2011年にイエール国際モード&写真フェスティバル、翌年にはFoam Paul Huf Awardのファイナリストにノミネートされた。これまでの主な展覧会に「Fashioning Identity」京都精華大学ギャラリーフロール(京都、2016)、デグ・フォト・ビエンナーレ2012(韓国)など。彼女の作品は、『タイム』誌、『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・フォトグラフィー』誌、『ニューヨーカー』誌、『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌に掲載されている。
https://www.inajang.com/

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