ヴァレンティノは、2026年プレフォールコレクションの広告キャンペーンを発表した。本作は、アーティスト、サイ・トゥオンブリーが長年過ごしたイタリア・バッサーノ・イン・テヴェリーナの邸宅を舞台に、ファッションと記憶、空間の関係を再考する試みとして構成されている。
キャンペーンの核にあるのは、「どこにいるのか分からない」「自分自身をなぞっているようだ」といった内省的な言葉によって導かれる、主体の揺らぎだ。物語は明確な起点を持たず、身体の感覚や動きの違和に焦点が当てられる。ここではアイデンティティは固定されたものではなく、変化し続ける状態として提示される。
舞台となるトゥオンブリーのパラッツォは、単なるロケーションではない。多孔質の石灰岩の壁に囲まれたこの私的空間は、時間と物質の痕跡を内包し、創作が熟成される場として機能してきた。本キャンペーンにおいても、建築は背景を超えた存在として、身体とイメージの関係を規定する重要な要素となる。
また本作は、1968年に同所でヘンリー・クラークが撮影したヴァレンティノのビジュアルとの対話の上に成り立っている。当時の幾何学的に構成された空間に対し、今回のキャンペーンでは空間は「感受性を持つ表面」として再定義される。身体はその中で静止するのではなく、通り抜け、揺らぎ、均衡を崩す存在として描かれる。
色彩やファブリックの動きは不安定さを孕み、統一性を拒む。そこに現れるのは、秩序に従う身体ではなく、環境に対して問いを投げかける存在である。写真と映像は、こうした関係性を時間的な流れとして展開し、存在・記憶・動きが絡み合う連続体として提示する。
本キャンペーンは、ファッションイメージを単なる視覚的表象から解放し、空間や記憶と交差する経験として再構築する。トゥオンブリーの痕跡とヴァレンティノの歴史が共鳴する中で、身体は固定された輪郭を離れ、揺らぎ続ける場として立ち現れる。そこでは、自己を定義するのではなく、むしろ解きほぐすための視覚言語が提示されている。
