8 August 2019

PHOTOGRAPHER’S FILE

連載シャーロット・コットンのフォトグラファー最前線
FILE 04. マット・リップス
(IMA 2014 Summer Vol.8より転載)

8 August 2019

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マット・リップス「20世紀の写真史を再構築し、現代における写真との関係性を問う大作」 | Photographers, 2013

Photographers, 2013

20世紀の写真史を再構築し、現代における写真との関係性を問う大作

マット・リップスの新作「Library」について話を聞くため、私はサンフランシスコにある彼のスタジオを訪ねました。この大掛かりでドラマ性に満ちたシリーズの素材としてリップスは、1970年代にタイム・ライフ社が出版した全17巻の書籍シリーズに掲載された写真を使用しています。それらは主に米国の読者に向けて、20世紀における写真の豊かな展望を紹介するものでした。リップスは、リサイクルショップでそのシリーズの大半を発見し、すぐに次作の基礎となるだろうと直感したそうです。それぞれの巻から写真を選び、厚紙に丁寧にマウントし、棚に並べ、写真に収めた壮大な「Library」シリーズ。私がスタジオを訪ねたとき、切り取られたポートレイトやモチーフは、まるでミニチュアの観客のように私たちの会話に耳を澄ませていました。

Studio, 2013

Color, 2013


彼の前作「HORIZON/S」は、いかに複製写真を基準にして美術史とそれにまつわる思考が語られてきたかを明らかにしました。なかなか目にすることのできない実際の作品ではなく、カラー、モノクロ写真の複製を見ることによって、私たちの美術への情熱は焚き付けられていることを愉快犯的に示してくれたのです。「The Populist Camera」も精巧な舞台設定を行い、複製写真同士の関係性の中から偶発的な意味を浮かび上がらせる、彼らしさにあふれた作品でした。新作では、写真そのものを主題に、写真という媒体とは現代において何であるかを問いかけています。

新作の制作プロセスは、まず書籍から選んだ人物やモチーフを手術用のメスで丁寧に切り取るところから始まります。非常に集中力を要する瞑想的な作業を通して、収録された歴史的事実や人間のしぐさを拾い上げ、そこに横たわる関連性を直感的に見つけていきます。巻毎にひとつの作品としてまとめられ、「ドキュメンタリー」、「フォトジャーナリズム」、「偉大な写真家たち」、好奇心をかき立てられる「特別な問題」などといったネタ本のそれぞれの巻のタイトルがそのまま作品タイトルとして使われています。レイアウトやキャプションから解放された写真は、写真の歴史だけでなく、写真を通して語られてきた物語の新たな関係性や意味を明らかにし、息を吹き返しています。リップスは、厚紙に貼り付けた写真を切り抜き、自立させ、ガラスの棚に並べたものをさらにカメラで撮影します。新たに起きた偶然とそれらの関係性を作り上げるアブストラクトな写真的行為です。

「形式的に関係性を作り上げることも、あからさまな悪戯をこしらえることも自由です。観る人たちがそれらの本質的な関係性を見いだすだけでなく、個人的なイメージに対する記憶を思い出しながら読み解く行為を促すことに惹かれます。本作は、鑑賞者が新たな関係性を作り、どれだけ写真や歴史について知っているのかを照合するある種のゲームなのです」

既製の複製写真をセレクトし、ガラス棚に並べ、構図を考えながら微調整し、写真に収めるすべての行為において、リップスの作家性を見ることができます。着色された背景のイメージには、再構築されていない写真の作家性をあえて残しているのでしょう。それらは、リップスが高校時代にアーヴィン・ペン、アンセル・アダムス、ウォーカー・エヴァンスなどの先人たちの作品を模倣しながら熱心に撮影した写真です。

「その頃の無邪気さ、外の世界に飛びだし、ただ写真を撮っていた頃の高揚感を失ったことは哀しく思います。その純粋さは、一度失ったらもう取り戻すことができないのですから。過去に撮影した作品のアーカイブを再訪することで、若さという自由にいま一度立ち戻り、写真のクリシェに向き合うことができたのです。

Themes, 2013

Themes, 2013


リップスは自身のネガをスキャンし、Photoshopで実験的に色を付け足していますが、それは彼自身が講師として学生に教えているルールに反する行為でもあります。本作において背景が最も「自己表現的」であり、絵画的な要素であると彼は認識しています。同時にそれは、画像処理ソフトの自動処理と自身のタブーを破るという直感的な決断とが拮抗する場にもなっています。

本のページをめくり続けるというアナログな行為と、ひとつのコンピュータ画面上で画像をまとめ上げるデジタルな行為を絶え間なく行き来する「Library」は、直感的でダイナミックな写真体験を提供してくれます。リップスの行ったプロセスは、アイコニックな写真が有する作家性、歴史的出来事や文化的表象の揺るぎない価値、そしてオリジナルの書籍の編集者やアートディレクターの思考などを渦巻きのように取り込む重層的なものです。このシリーズは写真史に組み込まれた、または突発的に生まれた意味を引きだすとともに、複雑な制作プロセスを持って、観る者に写真との驚くほど豊かな関係性を提供してくれます。

マット・リップス|Matt Lipps
BIRTH YEAR:1975年
PLACE:サンフランシスコ
EDUCATION:カリフォルニア大学
http://www.mattlipps.com/

>シャーロット・コットン「PHOTOGRAPHERS’ FILE」連載一覧はこちら

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