16 January 2020

Interview
Ayako Ishiba

石場文子インタヴュー
私が写真に介入するために:「一本の黒い線」が生み出す極薄の深み

16 January 2020

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石場文子インタヴュー「私が写真に介入するために:『一本の黒い線』が生み出す極薄の深み」 | 石場文子

昨年アムステルダム、パリ、東京の3都市を巡回した写真展「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」。本展に撮り下ろし作家として参加した石場文子は、学生時代に日本画や版画を学び、そこから写真の道へと進んだ。一見デジタル合成や写真上に施されているように見える作品の黒い線は、実は被写体となるオブジェそのものに自ら線を加えている。二次元と三次元を行き来するようなユニークな作品によって、昨年のあいちトリエンナーレに参加するなど活躍目覚ましい新鋭に、この作品が生まれた背景を聞いた。

インタヴュー・構成=若山満大
写真=白井晴幸(ポートレイト)

―被写体に線を描くのは、いつ頃から始めたんですか?

2017年頃から始めました。一口に「線を描く」といっても、場合によってその意味合いが違います。例えば今回の「BEYOND 2020」で発表した作品は、単純にヴィジュアルを重視した作り方をしています。写真を「色面と線の構成」として理解したときに、ここに黒い線があったら面白いなと思ったところに直感的に線を引いていますね。

「2と3のあいだ -トタンと植物-」(2019年)

「2と3のあいだ -room C-」(2019年)

「2と3のあいだ -room T-」(2019年)

「2と3のあいだ -room T(部分)-」(2019年)

「2と3のあいだ -二つの脚立-」(2019年)

「2と3のあいだ -作者の机-」(2019年)


一方で「VOCA展」や「あいちトリエンナーレ2019」で発表したシリーズは、私の親族や友人の持ち物に線を描いています。この場合、行為を通じて彼らの生活と関わっていく、という意味合いが大きいです。

輪郭線って実在はしないので、一度でスッと描けるものではないんですよね。実際はモノの外形を確かめながら、何度も試行錯誤を繰り返して、ファインダー越しに「一本の線」が見えるように表層を少しずつ黒く塗っているんです。

―たしかに。結構たいへんな作業ですよね、これ。でもそうやって、モノの形を石場さん自身が確かめていってるわけですね。そしてそれを写真に撮ろうとした。そうしようと思った動機は何だったんですか?

生活の中にある感情って、なかなか共有が難しいじゃないですか。誰かと一緒にいても、わからないことってたくさんあるし。じゃあ「他者と生活を共にする」って実際どうやったら可能なのか、という問いがまずありました。他方、この「共有できない感じ」って写真を見ているときにも感じるなって、あるときふと思ったんです。

例えば、仲睦まじい家族写真を見ても、その家族のあいだにある「楽しさ」とか「愛情」って自分にはわからない。第三者である私が、写っている人々について知り得る情報はごく些細なものというか、軽薄なものでしかないんだなって。もっといえば、私はそれ以上の情報を知ることができないし、彼らとずっとすれ違い続けるしかない。写真の中の彼らが知っている情報と、写真を見ている私が知り得る情報は、どうしようもなく別物なんですよね。つまり、私にとって写真は「それ以上奥へいけないもの」なんです。

「2と3のあいだ(わたしの机とその周辺)」(2017年)

「輪郭2.5(知らないお客さん)」(2016年)

「輪郭2.5(ふみちゃん)」(2018年)

「輪郭2.5(まーくんとさっちゃんとまま)」(2018年)

「輪郭2.5(わたし)」(2018年)

「2と3のあいだ(ベッド)」(2018年)

「2と3のあいだ(洗面台)」(2017年)

「2.5(バナナ)#12」(2017年)


―なるほど。「もどかしさ」という一点で、生活実感と写真を見る体験が交錯したと。原理的に「他者」は自分の理解が及ばないところに存在するし、写真の中の世界にも介入はできない。でも、そういう手の届かないところに「ちょっと迂回したアプローチ」を試みた結果が、この作品だというわけですね。

デッサンを習っていたとき、モノの形を一点からいくら観察しても、うまく描けなかったんですよね。そんな折に教わったのは、モノの周囲をぐるぐる見て回ったり、裏も表も関係なくとにかく触ったりすると良いということでした。不思議なんですけど、そうやると途端に描けるようになるんです。たしかにちょっと迂回することで、行けなかった「その先」まで行けることはありますよね。

他人の所有物に線を描きながら、その形を確かめることで、わかるようになることもあるはずなんです。写真に撮られたモノは、三次元から二次元に還元されてしまうんだけど、でも私だけは完全に写真になってしまう前のモノを知っていたい。「2.5次元」というか、写真にするとわからなくなってしまう部分を、自分の中にだけ留めておく作業を続けています。

―写真の中に「2.5次元」っていうレイヤーが見えることはあまりないと思います。石場さんがそういう視座を得たきっかけは何だったんですか?

学生時代、デイヴィッド・ホックニーの作品が好きだったんです。特に《小綺麗なクッション(原題:Some Neat Cushions)》(1967年)が衝撃的で。画集をめくっていたときに、クッションの青と赤がとても鮮烈に映ったんですよね。クッションなんだけど平面的で、室内に唐突に放り込まれたその色面にものすごく惹かれました。それから飽きもせず、ずっと眺めていたり。

でも、あるときイギリスでこの作品の実物を見たんです。そうしたらもう本当に、びっくりするくらい思っていたのと違ってて(笑)。色味はもちろん、色面に見えていたクッションにも筆跡がはっきりと見て取れたし、絵の具も結構盛ってありました。もうそれがショックで…。

―(笑)。なんか、かわいそう。憧れてたのにね…。

勝手に憧れて、勝手に幻滅するっていう。失礼な話ですよね(笑)。そのときは「これは私が思ってた《小綺麗なクッション》じゃない!」と思ったんですけど、でも後になって「自分はなんでこんなにがっかりしたんだろう」って考えたんです。

私があのとき惹かれていたのは、写真としての《小綺麗なクッション》で、その実物ではなかったんですよね。写っているものよりも、写り方そのものが自分にとっては重要だったんだなって。印刷物が表現する色の感じとか、マチエールが消失した妙なテクスチャーとか。作品そのものよりも、それが写真として「一枚」になったときに現れたイメージのほうが、私にとっては重要で、リアルだったんです。だから、この体験を表現したいと思ったとき、まずモノを写真にするところから始めました。

―面白い。「写真を撮る」のではなく「写真にする」っていうところが。石場さんにとって写真は、変換機能みたいなものなんだよね、たぶん。

そうかもしれません。ただ、写真にするつもりで写真を撮っても、それはやっぱりただの写真にしかならなくて。《小綺麗なクッション》が写真になったときの「事故」は、私の写真の中では起こりませんでした。三次元に唐突に挿入された、鮮やかな色面を見たときの「あの感じ」が、全然出せなかった。

黒い線を引くっていうアイデアは、実はそれよりも前から寝かせていたもので。どうやっても昇華できず、しばらく宙づりになっていました。あるとき、ラッキーストライクと灰皿を写真に撮ってみて、なんか違うなと思っていたときに、ふと線を引いてみようと思ったんです。できあがったものを見た瞬間「そう、これ!」って。初めて腑に落ちる表現ができました。

―石場さんは学生時代、日本画を専攻していたんですよね。輪郭線のアイデアはそれとも関係している?

そうですね。写真を平面として見せるにはどうすればいいか考えたときに、まず頭に浮かんだのが輪郭線でした。日本画は油彩と違って、模写をするときも線を追っていくし、素描のときも面ではなく形として物体をとらえます。輪郭線のアイデアは、自分のやってきたことが自然と出た結果なのかなと。

―なるほど。「立体の平面化」という絵画の技術を写真に持ち込んできたわけですね。日本画から版画を経て、写真へ。作品の中で、これまでの経験が有機的にリンクしてる。

UNSEENやParis Photoを見ても思ったんですけど、ジャンルの違いに拘泥する必要はないですよね。逆に海外のアーティストの表現を見ていると、ジャンルを転々としている自分のことも肯定できるようになってきました。写真とは遠く離れているように見える表現を、写真と結びつけることで面白い表現が生まれるんだと思っています。いまやっていることを、さらに次の点へと結びつけられるようにしたいですね。

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」アムステルダムでの展示風景。(写真:大谷臣史)

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」アムステルダムでの展示風景。(写真:大谷臣史)

石場文子|Ayako Ishiba
1991年、兵庫県生まれ。京都嵯峨芸術大学(現・嵯峨美術大学)美術学部造形学科で版画を学び、愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画・版画領域修了。個展に2018年「Pop-up Dimension 次元が壊れて漂う物体」(児玉画廊、東京)などがある。2018年にグループ展「写真的曖昧」(金沢アートグミ、石川)に、2019年に「VOCA展2019」(上野の森美術館、東京)、「あいちトリエンナーレ2019」などに参加。昨年、アムステルダム、パリ、東京の3都市を巡回した「LUMIX MEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #7」に参加した。

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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