2018年、グローバリズムの限界に社会が揺らぐ中、デジタルネイティブたちは、ソーシャルネットワークを駆使し、イメージという共通言語を使いながら独自の世界を広げている。国境や文化の壁も、写真家、出版人、キュレーターなどといった肩書の枠組みも越えて自由に活動を繰り広げる写真シーンの次世代を牽引するキーパーソンたちに、それぞれのヴィジョンや彼らから放射線状に延びるネットワーク上にいる、刺激的な仲間について話を訊いた。
文=IMA(IMA 2018 Summer Vol.24より転載)
世界の写真集シーンで頭角を現している若手出版社といえば、上海を拠点とするSame Paperが挙げられるだろう。友人やインターネット上で出会った写真家と共に作る実験的で遊び心あふれる写真集や、ポストデジタル世代における注目の若手作家たちをフィーチャーした雑誌『Closing Ceremony Magazine』は、フレッシュなイメージを求める若い世代を中心に人気を博している。
「Same Paperの始まりは、軽い気持ちで微博(ウェイボー/中国のSNS)に写真集や現代写真家の情報をアップしたことでした。それを数カ月続けるうちに、自然な流れで自分も出版をしようと思い立った」というシャオペン・ユアン(1987年生まれ)。彼とグラフィックデザイナーのイージュン・ワン(同)が2013年に同社を立ち上げ、2017年からジャウェイ・リゥ(同)もチームに加わり、いまは3人で運営している。「Same Paperという名前には、多くのクリエイティブエージェンシーが、こぞってどれだけ自分たちがユニークであるかをアピールする傾向に対するジョークとして、『みんな同じだよ!』という意味が込められています(笑)。『Paper』は、もちろん出版事業であることを表しています」という。
Xiaopeng Yuan『VerticalⅡ』
上海では、近代的で新しい姿を見せるべく、至るところで工事が行われている。ユアンは、太陽の光にさらされた都市をとらえ、新しさというメッキの下に潜む真実を暴く。新しく見えていたものが、実はチープで粗末な素材で造られていたり、傷が入っていたり。新しいものは、決して完璧ではないのだ。また、本作ではユアンが初めてデジタルカメラで制作しており、その意味でも新しい挑戦となっている。
彼らが出版社を始めた頃、まだ中国の写真集シーンはニッチで、個人レベルのファンはいたが、コミュニティは存在していなかったという。そんな中、彼らは、2015年に写真集を専門とした書店Closing Ceremonyをオープンする。「自分たちも予想していなかったことなのですが、微博に写真集についてのポストを継続しているうちに、フォロワーがどんどん増え、彼らの写真集に対する認識も変化し始め、写真集には、著名作家のアーカイブのような伝統的な形式のものだけでなく、もっと自由で魅力的なものもあると気づく人が急増したんです。写真集カルチャーを熱望する次世代の波が来ていると感じ、書店をオープンすることにしました」という彼らは、いまでは微博で7万人近いフォロワー数を誇る。2018年に、彼らも運営に関わるShanghai Art Book Fairが始まったことで、その文化はより成熟していくだろう。
『Closing Ceremony Magazine』(2018)
創刊号のテーマは「ストリート」。最も使い古されたテーマのひとつだが、SNSでは若い作家たちが都市のストリート写真を、まるで一種のゲームのように絶えずアップし続けている。彼らのスタイルには類似点があるのと同時に、独自の技術や世界観があると気づき、ユアンをはじめ、デヴィッド・ブランドン・ギーティング、コーリー・オルセン、伊丹豪、水谷吉法ら14名の作家の未発表のストリート写真を紹介している。
デジタルネイティブ世代の彼らにとって、作家が住んでいる場所は関係なく、その作家が有名かどうかも気にしない。「一番重要なのは、実験的なアイデアを、本で表現できるかどうか」と話す。例えば、2014年に、国内外の写真家7名が撮ったヌード、車、ヘッドライト、メタリックな表面など、写真家が好む被写体ばかりを並べた『lifestyles』を制作。「作家の名前を記載せず、ランダムに並べた写真集です。別々の作家の作品を混ぜ合わせることで、彼らの中で共通点が見えてきました」という。また同時に、アングルや構図が似ていて誰の写真かわからないライフスタイル誌を彷彿とさせ、トレンドによる均一化に疑問を呈す。一方の新刊『Toothbrushes 』は、歯ブラシというモノがそのシンプルな役割に反して、パッケージのデザインが過剰だという点に着想を得た、マキシム・ギュイヨンのユニークなプロジェクトだ。
写真というメディアの最前線を追いながら、楽しむことを常に忘れずに、私たちに新たな視点を与えてくれるSame Paper。彼らが国内外で巻き起こす旋風から目が離せない。
Recommendations
21世紀のイメージにふさわしいアマチュアにフィーチャーする出版社・Modes Vu
『mouth hole』北村千誉則(2017)
北村千誉則のInstagramに上がっていた、iPhoneで撮った動画のキャプチャー。食事中の人の滑稽さ、エロティシズムに、過度にフォーカスしたシリーズ。
中国のシリコンバレーと呼ばれる深圳市を拠点とするModes Vuは、イメージのあり方の過渡期において、斬新な出版モデルを展開する。「あえてクオリティの低いプロダクションにしているのが、彼らのコンセプトに合っている」とは、Same Paperからの褒め言葉。まず、著者に自身を“写真家”と名乗る人がほぼおらず、遊び感覚で写真を撮るアーティストやインスタグラマーなどを“写真家”としてフィーチャー。 Instagram上のイメージを、3段階にわけて紙媒体へと移行する。まずは、イメージを48枚選び、シンプルに並べた小冊子「Workbook」、新たに撮影した写真を加え、紙面いっぱいにイメージを拡大する「Green Edition」、最後には、ページ数やサイズといった物質的な面をブラッシュアップしてさらに再編集・デザインした書籍「Modes」の3冊を作るという。またAmazonのPOD(プリント・オン・デマンドサービス)を使って制作し、直接購入者に発送。ゆらぐイメージのあり方をユーモラスで実験的な制作プロセスで体現している。
テレビのように楽しめるフランスの雑誌・Télévision
『Toothbrushes』のマキシム・ギュイヨンが第2号の表紙を飾る『Télévision』は、見たり、読んだり、そしてテレビのように楽しめる雑誌を目指す。「2016年に創刊号を見て、ほかのファッション誌とは一線を画す、シンプルでありながらもコンセプチュアルな編集に魅了されました。掲載作品、デザインもよくて、さまざまなインターネット上で目にする才能ある作家たちを紹介しています」。『Télévision』は、オンラインでも展開しており、そこでは写真だけでなく、紙では表現できないビデオやCGを用いた作品も多い。多様性のあるコンテンツをブラウジングしていると、まるでテレビのチャンネルをザッピングしているような感覚に。
女性デザイナーの飽くなきスタイルの探求・Jinkui Zhou
『Closing Ceremony Magazine』『Toothbrushes』など、Same Paperによる刊行物のデザインを多数手がけるジンクイ・ゾウ。「常に新しいスタイルや技術に磨きをかける情熱的なデザイナーで、彼女とは一緒に新しいものを作ることができる。ただ美しいのではなく、コンセプトに裏付けられたかたちに落とし込むデザインは、中国のアンダーグラウンドカルチャーにおいて一目置かれる存在」という。写真上は、Same Paperによるファッションレーベル、SAMESUNGが「SO NY」と名付けたコレクションのTシャツとイメージビジュアル。SONYが1億画素の超高解像度カメラをリリースするというニュースから着想を得て、同社のスローガン「make.believe」と商品シリーズ名である「α」の文字を配したTシャツを作り、カメラの広告にたびたび登場するカエルや花をプロップに用いて撮影している。写真の未来を変えようとするイノベーションを、遊び心あふれるコンセプトで表現した。
上海でもアートブックフェアがスタート!「Shanghai Art Book Fair」
国内外で人気を誇る写真集出版社Jiazazhi Press、2018年に10周年を迎えたアートブックに特化した書店Bananafish Books、そしてSame Paperがタッグを組み、 Shanghai Art Book Fairを立ち上げた。第一回は、ギャラリー街として知られるM50にあるO ART CENTERで開催された。「それぞれの得意分野が違うので、幅広いジャンルの出版社やアーティストに声をかけることができた」とリゥ。スイスのNieves Booksはフェアに合わせて10人の中国人写真家によるZINE10冊セットをリリースし、イギリスのSelf Publish, Be Happyは、気鋭のアメリカ人写真家、デヴィッド・ブランドン・ギーティングと本作りのワークショップを開催するなど、盛りだくさんの内容となった。
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