リサーチ、撮影、プリント、展覧会……それぞれの目的を持って生活圏内から離れ、滞在制作に挑む写真家たち。自分の作品に集中して向き合う限られた時間、あるいは未知の土地との出会いと交流が、リサーチを深め、新たなアイデアを生み、作品を進化させる。いま活躍する日本人作家たちのアーティスト・イン・レジデンスでの経験談から、写真家としてさらなる飛躍を遂げ、世界に羽ばたくためのヒントに迫ってみた。
IMA=文
ライプツィヒとパリで過ごしたアーティストとしての“賭け”に挑戦できる時間
飯沼珠実は、建築を構造物の美しさだけでなく、その周辺の空気や記憶をふくめてとらえ、洗練された写真作品へと昇華する。現在は東京とヨーロッパを行き来しながら活動の幅を広げる飯沼が、初めて海外に長期滞在するきっかけとなったのは、敬愛する写真家ハイディ・シュペッカーに会うためにライプツィヒを訪れたことだった。「彼女に自分の作品を見てもらうために初めてウェブサイトを作り、2008年にアポイントを取って渡独しました。そのまま1年半、ハイディが教授を務めるライプツィヒ視覚芸術アカデミーの研究生として現地にとどまることに。『夕食に招いたつもりが、そのまま1週間居座られたような気分!』と、冗談でいわれたことがあります(笑)」。
House of Architecture,Unite d’Habitation Berlin, 2015
旧東ドイツのライプツィヒは物価も安くてスタジオも借りやすく、多くのアーティストたちが集っているため、第二のベルリンといわれるほど。その街にもっと長く滞在するために、公益財団法人ポーラ美術振興財団による若手芸術家の在外研修助成に応募した飯沼は、「応募書類をハイディがチェックしてくれました。ステートメントを英訳するのは大変で、『言い回しが子供っぽい』と指摘されたりもしましたが、類語辞典を何度も引きながらブラッシュアップしたら、最終的には推薦状を書いてくださったんです」と当時を振り返る。
2010年に見事、助成金を手にしたものの、“学生”から“アーティスト”への突然の変化に戸惑った飯沼は、社会との接点を求め、アートコンプレックスのライプツィガー・バウムヴォレ・シュピネライ(以下、シュピネライ)にスタジオを構えることに。「本を使った表現にこだわるのは、印刷所や製本所がすぐそばにある環境でキャリア初期を過ごしたことも影響していると思います。スタジオでは壁面に鉄板を設置して、作品をプリントした紙をマグネットで貼り付け、あちこち移動させながら写真の組み合わせを考えていました。以来、それが私の編集の仕方になりましたね」と飯沼。2012年、ここで制作した写真集『schwarzschild』は、Kassel Dummy Awardにノミネートされ、キャリアにおける大きな飛躍となった。
続いて飯沼は、2014年から2015年にかけて9カ月にわたり、パリのシテ・アンテルナシオナル・デ・ザールでも滞在制作を行う。当時、博士論文のためにル・コルビュジエによる書籍作品をリサーチしていたので、資料が豊富にあるパリを選んだ。ここでの一番のメリットは、「出会い」と飯沼。レジデンスの事務局が、それぞれのプロジェクトに合わせて会うべき人、行くべき場所を紹介してくれ、特にアートブックに特化したセンター「cneai=」でのリサーチは有益なものとなった。
「後半には、リサーチと並行して作品作りも精力的に行い、最後の1カ月は毎週内容を変えたオープンスタジオも開催しました。アーティストは、自分を信じて賭けなければならないときがあると思います。何の根拠もなく、ただの思い込みであっても、面白いと信じて疑わないことにトライすべき。若いときは周りからの評価を焦って求めることもありましたが、いまは作ったものがすぐに理解されなくても、『何年後かにつながる!』と自分に言い聞かせるようにしています。実際にパリで作った作品は、のちにほかの作品とつながり、きちんと発表できる機会が訪れました」
レジデンスが終わりにさしかかった2015年6月、自主的にオーガナイズした4週連続のオープンスタジオ企画「Weekly Open Studio」の様子。週替わりで展示内容を替え、最終的には成果物を印刷物にまとめたのが飯沼らしい。ヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』を色や記号で表すことを試みたコラージュ作品や、「cneai=」で鑑賞した展示から着想を得たアイデアもあり、パリならではの成果物が生まれた。
2018年10月に箱根のポーラ美術館で開催された個展「建築の瞬間 momentary architecture」では、過去のシリーズとともに箱根で撮り下ろした作品を中心に展示し、「建築」の息づく空間と時間を表現した。広い空間を使った展示構成を練る中で、パリで制作した作品「Piece of Colonne, Fragments of Waves」を入れることで、建築に対する視点を広げられるのではと考えるようになり、併せて展示したという。
レジデンスでは、「旅の恥はかきすてというか(笑)、解放されたような気持ちになる」と飯沼。いつもとは違う環境に身を置くことは、アーティストとしての潜在意識を呼び覚ましてくれるのかもしれない。
LIA - Leipzig International Art Programme
ライプツィヒ・インターナショナル・アート・プログラム(LIA)/ライプツィヒ(ドイツ)
元紡績工場の構内に130を超えるスタジオ、ギャラリーが設けられた巨大なアートコンプレックス、シュピネライが運営するレジデンスプログラム。2007年に設立され、40カ国から200名以上のアーティストを受け入れてきた。月に1回、キュレーター、批評家によるスタジオ訪問があるほか、年3回開催されるフェスティバルRundgangには、国内外から約8,000人が訪れる
応募条件 | 国籍・年齢不問 |
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応募締切 | 随時 |
応募費用 | €20 |
滞在期間 | 3〜6カ月 |
費用 | 1カ月€1,250(家賃・サポート料など含む) |
URL |
Cité Internationale des Arts Paris
シテ・アンテルナシオナル・デ・ザール/パリ(フランス)
パリの中心、マレ地区とモンマルトルに300以上のスタジオを持ち、1965年の設立以来、毎年90カ国から1000名以上のアーティストを受け入れている。視覚芸術、文学、音楽、パフォーミングアートとジャンルも幅広く、飯沼いわく、「いろんなジャンルのアーティストと交流できたのも、刺激になった」。また、「滞在していた部屋のバルコニーからセーヌ川が一望でき、川の流れや、そこを行き交う人々や輸送船を眺める経験も大事だった」と話す。
応募条件 | 国籍不問 18歳以上 |
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応募期間 | 2019年は、1月15日〜3月1日 |
応募費用 | €32 |
滞在期間 | 2カ月〜1年 |
負担金 | €573〜874の滞在費(部屋のサイズによって異なる/2018年の場合) |
URL |
飯沼珠実|Tamami Iinuma
1983年、東京生まれ。2018年、東京芸術大学大学院博士後期課程美術研究科先端芸術表現領域修了。2019年6月にはミュンヘン・ヴィラ・
2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。