23 June 2020

How They Are Made

vol.14 石橋英之(IMA 2019 Winter Vol.30より転載)

23 June 2020

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石橋英之「古典技法とテクノロジーを駆使するコンセプチュアルアーティスト」 | Poussières d'étoiles #01, Stjernhimmeln, glass wet plate collodion with led light, variable dimension, 2019

Poussières d'étoiles #01, Stjernhimmeln, glass wet plate collodion with led light, variable dimension, 2019

フランスを拠点とし、ヨーロッパで活動の幅を広げている石橋英之。自らシャッターを切ることはせず、既存の写真をPhotoshopから古典技法までさまざまな手法を自由に操り、新たなストーリーを作り上げる。現在はパリ郊外のアーティストインレジデンス「LaCapsule」で、スウェーデンの劇作家で小説家のヨハン・アウグスト・ストリンドベリが125年前に天体を写そうとしたといわれる作品をモチーフとした新作を制作中だ。10年前に同施設が設立されて以来、最年少かつ外国人で初めて選ばれる快挙を成し遂げ、成長がやまない石橋のスタジオを訪問した。

糟谷恭子=文
Atelier 9=写真

古典技法とテクノロジーを駆使するコンセプチュアルアーティスト

石橋英之

―ご自身で撮らずに、写真を集めてモンタージュするプロセスに至った経緯を教えてもらえますか?

フランスに来る直前のシリーズ「Other Voices」が、写真をレイヤーとして意識するきっかけになったかもしれません。この作品では自分で撮影した35mmフィルムを、ポラロイドで複写しています。ポラは正方形なので、どこを切り取るかでイメージの印象や意味が大きく変化します。出来上がったイメージをスキャナーで読み込み、プリントし、またポラで撮影する作業を10回ずつ繰り返して作り上げました。複写に利用したポラロイドフィルムは期限切れの物だったので、現像されない箇所があったり、薬液が漏れたりしました。コントロールできない部分によって、元のイメージが徐々に変わっていき、最後のイメージにつながりました。その制作過程で、定着されたイメージをどう変化させていくか、見る人の視点をどうコントロールできるかに興味を持ち始めました。このプロセスが、ほかの作品や、新作の制作に強く影響しています。

半年以上、滞在制作した写真家のためのアーティストインレジデンス「La Capsule」。移民が多いパリ郊外のブールジェ市にある。

ガラス板のサイアノタイプで作った月の写真。

レジデンスに併設されているギャラリーで、館長のアルノ・レベンヌ(右)、制作監修担当のフィリップ・ブレゾン(中央)と。La Capsuleはこの二人によって運営されている。

ストリンドベリが制作したオリジナルのセレストグラフィーのポジプリントを参考に、彼が1893~94年にガラス乾板に定着したイメージを想像しながら、湿板写真で再現したイメージ。ガラス湿板に光を当てて、インスタレーションとして展示している。


―現実ともフィクションともつかないイメージは、さまざまな物語を想起させますね。

見る人の想像をかき立てる部分が、とても大切だと思います。例えば今回の新作では、天体の動きをシミュレーションするソフトを使って、ストリンドベリが125年前に見た空のイメージを再現しました。現代の技術が再現を可能にしていますが、本当に同じだったかはわかりません。現在レジデンス併設のギャラリーで開催中の個展では、自分の作品とフランス国立現代美術センター(CNAP)のコレクションとで構成しています。例えば1997年に撮られたNASAの「火星の空」という写真は、そのタイトルがついていることで、疑いなくそう見てしまいますよね。ストリンドベリが作ったセレストグラフィー(註1)も、イメージだけでは何が写っているのかわからない。イメージの裏に、月、太陽、星空とタイトルが書かれていて、その言葉が私たちの想像を喚起します。見る人が想像するためのグレーゾーンを作ることを念頭に置いています。

リサーチを行っている際に書き込んでいるノートや資料。石橋の作品はリサーチなしに成り立たない。

地下のアトリエで、湿板写真のためのガラスを切っている。ここでは額やライトボックス制作も自分で行う。

ガラス板のサイアノタイプをラボで制作中。薬品の調合も試行錯誤しながら、すべて一から自らの手で行っている。

紫外線露光機。デジタルネガを作った後に、像をサイアノタイプやヴァンダイクブラウンプリントに焼き付ける際に欠かせない。


―和紙を用いたり、アウトプットでもマテリアルへのこだわりを感じますし、時に体験型の作品も作られていますね。

大学生の頃から、マテリアルはイメージと同じぐらい重要なものだと認識していました。例えば普通は写真に使わない素材にプリントしてイメージがにじんだり、自分のコントロールを超えて像が書き換えられていくことが面白いんです。素材が最終的にイメージに力を与えますし、素材そのものの美しさも大事な部分です。

― 今回の作品を制作するにあたって、苦労はありましたか?

一番大変な部分はリサーチですね。今回はスウェーデン国立図書館まで行って、Google翻訳や辞書を使いながら、手書きの文章を自分で訳すことから始め、最終的には翻訳者と共に解読しました。図書館に保存されているストリンドベリの資料やオリジナルの手紙に直接触れることができ、そこから多くのインスピレーションを得ました。手紙に書かれていた日時と場所を天体ソフトに入力して計算し、当時の天体の様子を再現したり、1893~94年に出版された文献や雑誌から切り抜いた、100枚の星空や月のイメージを集めて、別の合成写真を作ったり、その写真の上に天体ソフトで算出した当時の天体を再現したイメージをかぶせ、穴を開けて星空を描いたりしています。

―誰かがかつて撮った写真を扱うことは、制作にどのようなインスピレーションを与えているのでしょうか?

写真を撮っているうちに、別の写真家の視点で撮られたイメージを変換することが、最も面白い作業だと気が付きました。「Présage」の制作当時はフランス語が話せなかったので、それを克服するために蚤の市でポストカードを買って、その裏に書いてある手紙の文章を訳し始めました。そして写真に写る人物を見ながら、それを組み合わせて架空のストーリーをフランス語で書き始めたんです。寄せ集めの写真はそれぞれ視点が違っていますが、一緒に使うことで一本の線につながっていきます。あとは言葉の力。ストーリーがあれば、人はその文章を読みながらイメージを読み解いていきます。それをさまざまな手法で再構築していくのが醍醐味です。

*1. 125年前にストリンドベリが名付けた、カメラやレンズを使わずに天体を写そうとしたといわれている一連の実験写真。オリジナルのガラス乾板は、その後散逸し、現存しないとされている。

Hideyuki’s Tools

Hideyuki’s Tools
古典写真技法に使われる道具が一堂に会した。マスクとゴーグルは、湿板写真用の必須アイテム。劇薬を使用する湿板では、目を保護するためや、強烈なニオイ防ぐために欠かせない。ガラスを切る際にもプロテクターとして使用する。左下の箱はLumiere社の未使用のガラス乾板で、ストリンドベリが125年前に使ったものと全く同じ。モノクロ写真用の定着液とポジ現像用の特殊現像液のほか、アンモニアはガラスの表面に銀膜を張って、鏡面状の作品を作るために利用した薬液の一部。「銀浮かし」という、イメージの黒い部分を銀に還元する特殊な溶液は、6章立ての本作の次のチャプターのためのもの。茶色の瓶に入っているのは、古典技法ヴァンダイクブラウンプリント用の薬液で、前面に並ぶボトルや筆は、月や部屋をモチーフにした作品を作るために使用したオロトーン技法用の塗料。まるで化学の実験室のような、さまざまな液剤が並ぶ。

石橋英之

石橋英之|Hideyuki Ishibashi
1986年、兵庫県生まれ。2009年、日本大学芸術学部卒業後、2011年よりフランスを拠点にする。主な出版物に『Présage』(IMA Photobooks)、『Other Voices』(The Méditions)がある。近年の主な個展に、「Présage」(Galerie Thierry Bigaignon)、「Un regard vers le ciel」(La Capsule)などがある。

*展示情報などは掲載当時のものです

2021年3月以前の価格表記は税抜き表示のものがあります。予めご了承ください。

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