アレック・ソスインタヴュー
開かれた地平線

IMA 2019 Winter vol.30より転載

18 December 2020

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アレック・ソスインタヴュー「開かれた地平線」 | アレック・ソス

アメリカ中西部に位置するミネソタを本拠地とし、自らの内なる声を探す旅を続け、独自の道を切り開いてきた現代を代表する写真家、アレック・ソス。 これまでのキャリア、物語と写真の関係性、制作プロセス、成功と葛藤……、 撮影をやめていた時期を経て生み出した新作、そして彼がいまでも写真を撮り続ける理由などについて、幅広く語ってくれた。

海原力=インタヴュー&文
イーサン・ジョーンズ=写真

アメリカに生まれ育った者に限らず、一度この国に足を踏み入れてしまえば、たとえ、クィーンズの工業地帯の3ベッドルームを4人でシェアしている地方都市出身の学生であろうと、サンフランシスコのすさんだテンダーロインにある狭いホテルの部屋に泊まっている中年旅行者でも、水平線に向かって果てしなく続く道を思い描き、ハンドルを握りしめて車を飛ばす自らの姿をデイドリームしたことがあるだろう。

「路」というテーマは、写真にとって相性が良い。当時無名だった写真家がアメリカの真ん中を流れるミシシッピ川を北から南に縦断するルートで作品を生み出し、世界中から注目を集めた。アレック・ソス。『Sleeping by the Mississippi』がホイットニー・ビエンナーレに選出されると、以降第一線で活躍を続けるアーティストとしての道のりを歩んできた。その華やかな表舞台の裏側で、徹底して自らの「路」を追い求める写真家の目には、いまどんな世界が見えているのか?


アートに自らの声を見いだすこと、
アーティストとして歩んでいくこと

ソスは、どのジャンルにおいても、作家がアート作品に自らの声を見つけるまで最低10年はかかると考えている。初めてアートに興味を持った学生時代、彼が絵画でなく写真を選んだ理由は、写真ならもっと早くその声が見つかると思ったからだっだ。事実、写真技術の習得にそれほどの時間はかからなかった。デビュー作『Sleeping by the Mississippi』はソスの「声」を世界中の鑑賞者へと知らせ、大きな成功をもたらす出世作となった。

「2004年、ホイットニー・ビエンナーレに選出され、自分を取り巻く環境は一変しました。自分はとても幸運だったと思うし、またその状況を冷静にとらえていました。この人生に訪れた最大のチャンスを逃さぬよう、必死に成功への階段を上り、途中で休むのが怖くて随分と長い間走り続けてきたように思います」

Sleeping by the Mississippi

Charles, Vasa, Minnesota

Hotel, Dallas City, Illinois

Ste. Genevieve, Missouri

華々しいデビューを飾り、『Niagara』や『Dog Days, Bogotá』と次々に作品を手がける一方で、ソスは斬新な冒険を始める。デビュー作での成功の直後に自身のブログを始め、そして出版やイベントなどを行うプラットフォームLittle Brown Mushroom(LBM)を2008年に立ち上げる。「この時期インターネットが急速に普及したことは、私のキャリアに大きな影響を与えました。新たなテクノロジーの向こう側に広がる世界にポテンシャルを感じ、ブログを始めると、それまで想像もしていなかった大きなコミュニティとつながることができたのです」。

ニューヨークの大学で写真を学び、その後、故郷のミネソタに戻って独自の道を開拓したソスは、都市を拠点にしなくても作家活動を続けられる時代の到来を体現する新たなロールモデルとなった。「新しいことへの挑戦には、たくさんのエネルギーが必要となる。けれども自分の中で、初心に戻るための何かが必要だと感じていました。10代の若者がバンドを組み、何から始めればいいか分からないまま挑戦する ― 優れた作品とは、そういった状態から生まれると思っています。私にとってLBMは、いろいろなことに挑戦し、失敗もする、そんな場所でした」。

また、アートの世界が流行で回っていることをよく知っていたソスは、もとよりアートマーケットに依存して暮らすことなど考えていなかった。「2年ごとに新しいアーティストが現れ、そのほとんどが姿を消してしまう。私も他人事ではなく、不安定なアートの世界に収入を依存するなど、とても考えられませんでした。ほかに生活のための収入源を探す必要があったのですが、修士号を持っていない私が学校で教えるのは現実的ではなかった。それで雑誌の仕事を始めたのです。始めたばかりの頃の写真は本当にひどいものでしたが、自分は現在でもとても平凡なエディトリアル写真家だと思っています。それというのも、雑誌のページをめくった瞬間に誰の写真か分かるようなスタイル重視の写真に興味がないからです」。

作家として活動する傍ら、2008年にはマグナム正会員となりコミッションワークも手がけ、LBMの企画・運営を行うなど、活動の場は多岐にわたっていった。ひとつの分野に依存しない独自のキャリアを築き上げてきたソス。そして一見多方面へと向かっているかに思えるそれぞれのベクトルは、作品という核心部で密接につながっている。

「作品に自らの声を反映するために無理やり一貫性を持たせるのではなく、その声が作品を通じて自然と流れていることが望ましい。若い時は、辛抱できずに先を急いでしまうけれど、逆に年齢を重ねると若い頃のナイーブで無邪気なエネルギーを失ってしまう。私も写真を始めてから随分と時間が経ちました。初期の頃に持っていたエネルギーを取り戻すことが、いまとても大切になってきています」

Niagara

Best Western

Two Towels

Falls 34

Melissa


写真という点をつなぐ線が観る者に物語を描かせる

ソスの作品を表す重要なキーワードのひとつに、物語性がある。「ストーリーテラー」という肩書で呼ばれることも多く、作品にも詩や音楽からの引用句や手書きメモ、手紙を撮影した写真を加え、物語的要素を積極的に取り入れている。ソスは自身の考える物語性を、どのように作品へ還元しているのだろうか?

「大きなテーマのひとつですね。物語性について話をする機会は多いのですが、そのたびに、写真がどれだけストーリーテリングに向いていないかも伝えるようにしています。矛 盾していますよね。物語には『始まり』と『途中』と『終わり』がありますが、写真はそうはいかない。『Connecting the dots』という点と点を線で結ぶゲームがあるのですが、写真はこの点によく似ていると思います。作り手はどのように点を配置するかが重要になり、点と点が近すぎると作品は単純で退屈になり、遠すぎれば作品としてのまとまりを欠いてしまう。鑑賞者が点を結んで独自の物語を作れるよう、十分な余白を与えることが望ましい。写真以外の文字やタイトルなどの要素は、点を結ぶ行為をサポートするためにあります。過去の作品は、それぞれが異なった点の配列で出来上がっていて、『Sleeping by the Mississippi』では川が点を結ぶためのガイドとなり、『Broken Manual』はより難解に仕上がっています」

点と点を結ぶ行為を写真になぞらえるソス。一見静的な点の配列が思い起こされるが、実際にはもっと動的なレベルでの働きかけが行われている。ソスは「Stream of Consciousness(意識の流れ)」の概念を撮影プロセスに取り込んでいった。「何を撮るべきか一日中空想をめぐらせ、眠る前まで必死になって考え込んでいると、急に夜中の2時にアイデアがひらめいて目が覚め、その時に思いついたことをメモに書き留めることがあります。頭の後ろ側で常に何かが働いているような感覚があって、それを『意識の流れ』と呼べるのではないかと思っています。理論的に考えることをやめた途端、それまで考えていた物事の断片が結び付くという理論があって、確かに『意識の流れ』を取り入れたモードのまま撮影を行うと、それまで考えていたことが自然と視覚的に結びつくことがあるのです」。

Broken Manual

Frank’s View.

2008_08zl0238


想像以上のプロジェクトを生む魔法を引き寄せる

写真家というものは、プロジェクトを掲げて撮影するタイプと、プロジェクトの概念に縛られず撮影をするタイプのふたつに、大きく分けられるのではないだろうか。前者に属するソスは、どのようにコンセプトを具現化するのだろうか。

「私は映画監督のように期間を設定して撮影に入り、一度撮影が始まれば毎日制作に没頭します。ときには、エネルギーもお金も使い尽くしたのに、ひどい作品が仕上がることもあります。私はぼんやりとした状態のままカメラを持ってさまよえないので、まず初めにコンセプトを設定し、それを元に『キーワード』を書き出して被写体の候補をリスト化します。初期段階でのコンセプトは非常に柔軟で、変化を繰り返します。なぜなら、世界が、自分の想定していた以上に興味深いものを示してくれるからです。

そしてその予想外の展開に柔軟に反応することがとても重要となります。もし最初にコンセプトを固めすぎてしまえば、それを作品に押し付けることになってしまう。ただ、逆に何もなければ、探すものが 見えなくなってしまうので、私の場合は『ハーフコンセプチュアル』といったところでしょうか」

撮影対象のリストをハンドルに貼り付け、予想外のことにアンテナを向けながら、こ の広い大地を車で駆け抜けるソス。「リストはあくまで対象を探す方向性を示すため のものであって、そこに書かれているものをそのまま撮影することはありません。例えば、『ペーパータオル』とリストに書くとします。インターネットで検索してみて、ペーパータオル専門店が存在することを知る。向かうべき場所が決まり、その店に向かって運転していると、ペーパータオルを抱えて歩いている人を歩道上に見つける―という具合に撮影していきます。私は、世界のどこかに『この世は魔法に満ちている』と書かれた標識があって、それを見つける冒険に出かけるような気持ちで旅をしています。もちろんそんな標識など存在しませんが、世界をそうとらえることによって、これまで何度も、たどり着くと目の前に驚くような世界が広がっていたという体験をしてきました」

ソスの冒険で最も多く使用される道具が、8×10インチの大判カメラである。圧倒的な描写力を誇るこのカメラを好む写真家はアメリカに多い。「ニコラス・ニクソン、サリー・マン、スティーブン・ショアといった私の好きな写真家の多くが、このカメラで撮影していたことがきっかけでした。同じ道具を使っているにもかかわらず、撮影者によってまるで作風が異なることにも惹かれました。どのジャンルにも共通すると思うのですが、長くひとつの表現を続けていると、道具の向こうに作家の個性が浮かび上がってくるものです。あなたが毎日バイオリンを弾いていたとしたら、バイオリン奏者ごとの音の違いが、恐らく聴き分けられると思うのです。私も自分の作風とほかの8 ×10インチを使う作家との違いが分かります。例えば、私とショアの作風の違いは、ショアはより構図や形式的な部分に関心があり、彼が内省的な写真家であるとは思いません。逆にロバート・フランクはスタイルの面から見ると私とは大きく異なる写真家ですが、何か近いものを感じています」。

魅力的なタイトルを作品に与えることは、写真家にとって大きな喜びであると同時に、頭を悩ませる仕事でもある。「学生たちには必ず作品タイトルを尋ねます。『考えてない』『まだ決めてない』なんて答えが返ってくると、私にはとても信じられません」と、ソスはタイトルの重要性を訴える。「タイトルは中身を入れる容器です。バンドを組んだら真っ先にバンド名を考えるし、映画のスクリプトを書いてハリウッドのプロデューサーに売り込むなら、『タイト ルは考え中』なんてことは絶対にあり得ない。タイトルとは、作品を概念化し、作品に文 脈を与えることなのです。例えば『Sleeping by the Mississippi』を『The Mississippi River』と名付けたら、全く別の作品になりますよね? 片方は詩的なニュアンス、もう一方は記録的ニュアンスを含む。私は普段から、タイトルを含めて文章や言葉と写真の関係について考えていますが、言葉には一方向に流れる作用があり、文脈を特定しすぎてしまう恐れもあるので注意が必要です」。

Songbook

Bil. Sandusky, Ohio

The Key Hotel. Kissimmee, Florida

Crazy Legs Saloon. Watertown, New York


一枚一枚の写真と向き合いポートレイトのあり方を問う

2019年2月、ソスの新作『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』が発表された。大判サイズの写真集に収録された作品の点数は少なめで、全体的に明るく柔らかいカラーパレットが用いられている。室内で撮影されたポートレイトを中心に構成され、余白などレイアウトにもゆったりとしたスペースが配されている。ポートレイト以外では窓の写真が多く、そのほとんどは開放され、屋外から部屋の中へ空気が流れ込んでいるような軽やかな感覚を覚える。ソスのこれまでの写真集を改めて見返していくと、外の世界へと向かって撮影されたかに見える作品が、特に本作では、彼の内なる世界を繰り広げていることに気付く。ソスの作品が持つ緊張感の変化を感じるとともに、ニューヨーク近代美術館写真部門の元ディレクター、故ジョン・シャーカフスキーによる著書『Mirrors and windows』が頭に浮かぶ。「鏡」と「窓」をコンセプトに、自らの内面を映し出す写真家と、外の世界を写す写真家に分けて写真の本質に迫る名著である。対照的なふたつの世界ではあるが、ソスのまなざしはどちらに向けられているのか?

「私は、カメラは外の世界へ向けていても、自らの内面に向かって作 品を作り上げる内省的な写真家です。『Niagara』『Broken Manual』とダークな作品が続き、その後の作品もまた暗かったのですが、私の心に変化が起こり、途中でやめてしまいました。その結果、ポジティブな印象の『Songbook』が生まれることになりました」。心の動きが、作品制作に直結しているソス。本作では、内と外の世界という構図を、写真家とモデルという関係に置き換えて課題に取り組んでいる。

本作がこれまでの作品と大きく異なるのは、事前にコンセプトを設けずに制作を始め、画家のように一枚一枚の作品に向かい合うことで、根源的段階までポートレイト写真を掘り下げようとした点にある。「実は本作を作る前に大きな変化が起こり、1年くらい写真を撮らないで、彫刻作品を作ったり、サンフランシスコのフランケルギャラリーで、訪れた人たちと対話をするだけのプロジェクトを試みたりしていました。ポートレイトの撮影自体を、もうやめてしまおうと考えていたんです。写真は確かに被写体の外的な特徴や表面をよく描写しますが、その瞬間の姿は撮影時の限定された空間と時間に支配され、私が一方的に関係をリードする状態で押されるシャッターのタイミングや、写真の選択、写真集や展示などでの写真の見せ方に大きく委ねられてしまう。利己主義的な目的で、展示や写真集のひとつの要素としてポートレイトを使用することに倫理的問題を感じていたのです」。

そこでソスは、写真を始めたばかりの頃のように、被写体をコントロールするのではなく、対等な関係性でとらえようとした。その感覚をつかめたと感じたのが、ダンサーのアンナ・ハルプリンを撮った一枚であり、その後ひとつのシリーズにまとめるまでに至った。「疑問を持ちながらもポートレイトを撮り続けてきた理由は、自分の作品で 伝えたいことに、ポートレイト写真がどうしても必要だからです。本作を通して、自分と他 者、内と外の世界、というふたつの世界が、水と油のようにはっきり区切られる世界ではなく、一度に体験できる世界であると学びました。私はこの矛盾を受け入れ、楽しむように作品と向かい合ったのです」。

I Know How Furiously Your Heart Is Beating

Anna. Kentfield, California.

Vince. New York City.

Nick. Los Angeles.

The Blue Room. New Orleans.

Michelle. Berlin.

Susanne’s View. London.


アレック・ソスを駆り立てる回帰への“路”

この秋、ソスはスティーブン・ショアの依頼で、ニューヨークのバード・カレッジで講義を行った。講義のテーマは、「写真と記録」。ミネソタからニューヨークを目指す道中、ソスはまずミシシッピ川沿いを走るルートを選んだ。『Sleeping by the Mississippi』で撮影した写真の地名が間違っていると人から聞き、確認してみようと思ったのである。その場所に到着すると、景色は一変していた。すぐにGoogleストリートビューで検索すると、過去に遡って撮影した頃のその場所を確認することができた。ソスの頭に講義のテーマが浮かぶ。以前は写真家が特定の場所を記録することに、もっと価値があったはず。ところが、誰でも写真を撮る現在では、同じ場所が無数に撮影され存在している。この経験は、ソスの「写真と記録」という関係のとらえ方に、大きな変化をもたらすこととなる。そしてソスは、ウォーカー・エヴァンスの有名な墓地の写真で知られるペンシルバニア州のベツレヘムへと向かう。

「講義のタイトルは、『なぜ私たちは墓地の写真を撮るのか?』にしました。バードに着くまでの道中、墓地の写真を撮ることの意味を考えるところから始まり、『なぜ写真を撮るのか?』『世界を記録するためか?』『経験の記録?』『それとも撮影という経験のため?』『経験のきっかけとして写真があるのか?』 と、ずっと考え続けました。写真とパフォーマンスアートに関連性を見いだし、リチャード・ロングのように世界で何かを表現する行為こそが重要なのではないかという結論に至りました。もちろんロバート・フランクやジャック・ケルアックの作品それ自体からも刺激を受けますが、世界を移動する行為そのものに心動かされているのだと気付かされました。それが、私がこの世界に入った理由であり、作品を通じて伝えたいことなのです」と、「路」をテーマに写真を撮る原点を見つめ直すソス。「写真は、外の世界へと出て、人と出会い、自然に触れ、実体験をするために用意された、最高の言い訳。写真を通じて得られる貴重な贈り物は、できあがった写真よりもその経験の方なのです」。

ただ、なぜ墓地を撮影する理由が、今回の講義のテーマと結びつくのだろうか? 墓地と世界を移動する行為との接点を探っていると、「 アメリカのティーンエイジャーは、遊ぶ場所が限られているので、よく墓地に行くんです」と背景を説明してくれた。「墓地が生と死を明確に感じられる場所であることも、若者を惹きつける理由のひとつでしょう。若者が墓地で生を実感するように、私も写真を撮ることで生きていると感じています。若者に向けてのワークショップを企画したり、若い助手と共に旅をするのは、実は、自分自身が初心を思い出したいからなのかもしれません。初めてフィルムを現像してイメージが浮かんできた時の純粋に感動する学生の姿に、私も一緒になって興奮します。それは絶対に忘れてはいけない気持ちなのです。だから私は、何度も何度もその感覚を見つけるために、新しい『路』を探し続けるのです」。


アレック・ソス|Alec Soth
1969年、ミネソタ州ミネアポリス生まれ。2008年よりマグナム正会員。ロードトリップ系のアメリカ現代写真を継承し、早くからコンテンポラリーアートの世界で注目を集める。ニューヨークのホイットニー・ビエンナーレ(2004)、パリのジュ・ドゥ・ポム(2008)、ロンドンのメディア・スペース(2015)など、世界各地で数多くの展覧会を開催している。『Sleeping by the Mississippi』(2004)、『Niagara』(2006)、『Broken Manual』(2010)、『Songbook』(2015)、『I Know How Furiously Your Heart Is Beating』(2019)など多くの写真集を出版し、作品はサンフランシスコ近代美術館、ヒューストン現代美術館、ミネソタ州ウォーカー・アートセンター等に収蔵されている。

  • IMA 2019 Winter Vol.30

    IMA 2019 Winter Vol.30

    特集:アレック・ソスの終わりなき旅