IMA Vol.36「流動するジェンダーの時代」の関連記事第3弾は、ローランス・フィロメンのインタヴューを掲載。掲載作品「Puberty(思春期)」はフィロメンが2018年から始めたホルモン補充療法によって、自身の体と心が変化する過程を記録し続けているシリーズである。男女二元論にとらわれない世界を描き、現代におけるジェンダーのあり方を模索するフィロメンの魅力に迫る。
インタヴュー=IMA
―写真表現を始めたきっかけとは? ソーシャルメディアが最初のきっかけなのでしょうか?
ジーナ・ガランの『This is Blythe』(ブライス人形の写真集)を見つけたことがきっかけで、2007年からブライス人形と自分の姿を写した写真をFlickr上で共有し始め、私と同じように人形とのセルフポートレイトを撮影する若い写真家のコミュニティがあると知りました。コミュニティのメンバーと出会ったことで写真にのめり込み、Flickrの後は、みんな2009年頃からTumblrに移行しました。流行りのソーシャルメディアに移り変わりはありますが、アーティストのコミュニティはそのまま残り続けています。インターネットが私にもたらしてくれた、すべてのつながりに感謝しています。最近はInstagramが主流ですが、近いうちにまた新しいオンラインプラットフォームが誕生するでしょう。そして誰も想像もしなったようなかたちで、写真に新たな影響を与えると思います。
―日本で「ノンバイナリー」という言葉が認知され始めたのは、ごく最近のことです。あなたが拠点とするモントリオールではどうですか?
言語は常に進化するものです。私が住んでいるエリアで第一言語として使用されているフランス語には、性別二元論が根底にあります。英語に比べると、ノンバイナリーというアイデアを受け入れるのにかなりの時間がかかったと思います。北アメリカでは、ここ10年でトランスやノンバイナリーに対する認知度は飛躍的に高まりました。そのような社会の変革の手助けになる作品を作るのが、私の喜びです。作品制作を通して、ジェンダーの枠組みの中だけでなく、その枠組みを超えたところで自身を探求し、理解を深めることができています。
―ご自身のステートメントで、子どもの頃、図書館で見た写真集でクィアの歴史に接し、当事者が記録することの重要性に気付いたとおっしゃっています。その当時、特に印象に残った写真集を教えてください。
学生時代は、公立図書館にあるクィアの歴史書やトランスジェンダーの自叙伝を読んだりもしていましたが、それ以上に写真集ばかりを見て過ごしていました。特に好きだったのは、ヴォルフガング・ティルマンスの『Truth Study Center』、ナン・ゴールディンの『The Ballad of Sexual Dependency』、ベッティナ・ランスの『Modern Lovers』、ティム・ウォーカーの『Pictures』など。クィアな作家による写真集に限らず、クィアのコードのようなものが感じられる写真集に惹かれました。また、FlickrやTumblrの黎明期に共に活動していたマイケル・ベイリー・ゲイツ、オリビア・ビー、エリカ・セゴヴィア、ホッブズ・ギンズバーグからもたくさんの刺激をもらいました。
―掲載作品のタイトル「Puberty(思春期)」に込めた思いとは?
私はホルモン補充療法を受けているのですが、その時期というのはよく「第二の思春期」に例えられます。本作では、私の心身が共に変わっていく過程を公開することで、より多くの人たちにトランスジェンダーについての理解を深めてもらいたいと考えています。
―美術史における女性の身体描写を参考にしていますか?
はい。美術史からもインスピレーションを得ながら、セルフポートレイトを撮る際のポーズやフレームの切り取り方を決めています。本作でもヌードの女性が描かれた伝統的な絵画において、被写体に向けられていた視線を自分たちの手に取り戻すことを試みています。同時に男性性の描写にも興味があり、さまざまな要素をどのようにイメージに落とし込むかを常に考えています。
―身体が変わったことで、あなたの精神面や生活、社会での役割はどのように変わりましたか?
自分の心と身体が以前よりも一体化し、しっくり来るようになりました。私は自身のアイデンティティを目に見えるかたちで表現する自伝的な作品を作っていますが、自信を持って、ありのままの姿を記録できるようになるまでには長い時間が必要でした。見た目からノンバイナリーであるとすぐわかる姿で、社会生活を営むことに怖さを感じるときもあります。現代社会では、まだまだジェンダーノンコンフォーミングに対する理解が十分とはいえませんし、私たちに対する誤解も多いので。しかし私は自分自身に満足していますし、自信を持って独自の道を貫いています。
社会における私の役割は、人と人、コミュニティとコミュニティの橋渡しをするストーリーテラーとして、ジェンダーの枠にとらわれず、私たちの生活の中にある美しさや愛、そして気づきを与えることだと思っています。いまの私は、その役割を担う準備ができていると自負していますし、私の作品が、次は私をどこへ連れて行ってくれるのか楽しみです。
―今年の11月にYoffy Pressから発売される写真集『Puberty』について教えてください。
2019年冬から2020年冬までの2年間にわたり、ホルモン補充療法を続ける自身の変化をとらえたビジュアルダイアリーです。つい最近、制作を終えたばかりで、最終的に288ページになりました!写真だけでなく、手書きのキャプションも、デザインも私によるものです。この写真集に収められているのは個人的な記録ではありますが、コロナ禍を共に過ごした世界中の多くの人たちも共感できる内容になっていると思います。
ローランス・フィロメン|Laurence Philomene
1993年、カナダ・モントリオール生まれ。デジタルネイティブ世代のノンバイナリー、トランスジェンダーとしての自身の経験に基づき、ジェンダーやアイデンティティをテーマにした写真作品を制作する。『Vice』『Dazed』『i-D』など数多くの雑誌でフィーチャーされ、世界各国で展覧会を開催。2021年11月にYoffy Pressより、写真集『Puberty』を刊行予定。