13 January 2023

コン・イェン・リンがルーツをテーマに選ぶ写真集
「巨大な力の影響をささやかに表現する」

13 January 2023

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コン・イェン・リンがルーツをテーマに選ぶ写真集「巨大な力の影響をささやかに表現する」【IMA Vol.38特集】 | コン・イェン・リンがルーツをテーマに選ぶ写真集「巨大な力の影響をささやかに表現する」【IMA Vol.38特集】

IMA Vol.38「ルーツをめぐる断章」の関連記事第6弾は、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アジアと拠点の異なるスペシャリストたちが、今号のテーマである「ルーツ」をそれぞれの視点で解釈し、ユニークなアプローチの写真集を5冊ずつ選んだ企画「30 Photobooks Around Roots」から、コン・イェン・リンのセレクトを紹介する。シンガポールを拠点に活動する写真研究家であるリンは、個人的な歴史の延長上に存在するその時代の社会との繋がり、そしてこれからの未来について写真集を通して考察してくれた。

セレクト=コン・イェン・リン

教養小説を代表する1冊、トーマス・マンが1924年に刊行した『魔の山』では、語り手が主人公の人生を通して、大きな歴史と個人における意識の関係性について考察している。「人間は、個人としての人生だけでなく、意識的、無意識的にその時代や同時代の人生をも生きている」という一節が示すように、個人史と社会史の間には、強い相互関係が存在することが多い。ここでは、個人的な体験からその時代、未来に起こる問題や現象について考察する。ここで紹介する5冊の写真集は、感情的なつながり、アイデンティティ、記憶を追求するという点で共通している。

『The Bliss of Conformity』Yingguang Guo(La Maison de Z、2018)

結婚適齢期を過ぎた33歳の独身女性である、中国人写真家グォ・イングァンの個人的な体験から生まれた1冊。上海の公園では親たちが、まだ独身の子どもの名前、生年月日、職業、性格を記した紙を手にして婚活する。結婚しなければならないという大きな社会的圧力に対する答えを探ろうと、イングァンは自らメモを持って相手を見つけるフリをしながらその様子をドキュメントした。ベルベットの表紙は結婚式のゲストブックを思わせ、ドキュメンタリー写真と抽象的なイメージの相互作用によって、絶望的で意味のない愛を再現している。写真集に付けられた赤い糸は、運命の象徴であると同時に、お見合い結婚の在り方にさりげなく疑問を投げかけている。


『Home Sweet Home』Anton Gautama(Afterhours Books、2017)

アントン・ゴータマは、インドネシアのスラバヤという都市に住む中国系インドネシア人の居住空間を通して、自身のルーツやアイデンティティの探求、そして故郷の文化や民族の多様性の観察を行う。住人のプライバシーや実生活を写真に収め、私たちが誰かの家を訪れたときに得る感覚を視覚的に表現しようとしている。写真に住人の姿は写っていないが、彼らの存在、習慣、内面、信仰の跡が浮かび上がる、秀逸な家のポートレイト。


『Hayal & Hakikat: A Handbook of Forgiveness & A Handbook of Punishment』Cemre Yeşil Gönenli(GOST Books、2020)

タイトルが示す通り、贖罪と断罪を主題にした2冊の小冊子で構成され、それらを隣り合わせで同時に見ることができるユニークな装丁。20世紀初頭、トルコで有罪判決を受けた囚人や裁判を待つ受刑者の手の写真を、オスマン帝国の皇帝、アブデュルハミト二世のアルバムから抜粋し、シンプルかつ力強いビジュアルで表現した。当時の権力者は犯罪小説に魅了され、「親指が人さし指より長い犯罪者は、殺人を犯す傾向がある」と信じていたという。彼はすべての犯罪者の手を撮影し、誰を赦免するか決めていたが、その判断基準は根拠のないものであった。この本は、事実とフィクションの、曖昧で、しばしば恣意的な境界線や、ステレオタイプな考えが与える影響を考察している。


『I’ll always be here for you』Crystal Sim(自費出版、2022)

自傷行為に苦しんだ20代前半のシンガポール人アーティストが経験したトラウマ、癒やし、再生の過程を反映する、複雑で感情的な1冊。これまでタブー視されてきたメンタルヘルスの問題に対する認識を高めるために、徐々に声を上げるようになった、不安定で複雑な時代に生きる新世代であるクリスタル・シムは、本作を通して、自分たちの世代が抱える精神的・感情的な問題に目を向けるよう読者を優しく誘導する。布製の表紙には、手作業で刺繍が施されており、1冊ずつが1点ものとなっている。


『The Man Who Attends to the Times』Yim Sui Fong(自費出版、2018)

本書は、現在進行中の29冊から成るプロジェクトの1冊で、香港政府用品局で29年間監視員として働いた亡き父の思い出をつづるビジュアルダイアリー。1971年から2000年までをまとめた前編と、2018年から未来までの後編に分けられ、歴史をひもとくための資料やアーカイブ写真から彼女が撮影した日付入りの写真へと続き、父親が毎日の通勤する様子を再現している。年代順に写真が並ぶことで、終盤に向けたカウントダウンを感じさせながら、同時に時間の流れを読者が追体験できる構成になっている。イギリスから中国へ変換されるという香港の転換期の中で、個人、家族、国の歴史が複雑に絡み合っている。

 コン・イェン・リン|Kong Yen Lin
1987年生まれ。シンガポールを拠点に活動する写真研究家、ライター。シンガポールの視覚文化の発展を支援する枠組みを検証することに、特に関心がある。アートスペースDECKとシンガポールフォトフェスティバルの教育プログラムマネージャーを務めた経験を持つ。

  • IMA 2022 Autumn/Winter Vol.38

    IMA 2022 Autumn/Winter Vol.38

    特集:ルーツをめぐる断章

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