世界同時多発的に写真集ブームが起こった2010年代、作り手は増加し、受け手の見る目はどんどん成熟していった。ブームのピーク、そしてコロナ禍を経て、現在の若手作家が生みだす新しい写真集は、どう変化しただろう? 『IMA』vol.39の関連記事第5弾は、写真集のプロフェッショナルたちが2020年以降、35歳以下の作家が出版した写真集を、さまざまなテーマのもと3冊ずつ紹介する「若手作家による2020年代のベスト写真集」の企画から、グウェン・リーを選者に迎えたセレクトを紹介する。パンデミックで世界中の時間が止まっても、淡々と制作に向き合った南・東南アジアの作家たちが生み出した写真集とは?
セレクト=グウェン・リー(DECK共同設立者)
目次
「静かに流れる時の中でも、沈黙しなかった作家たち」
東南アジアと南アジアのアートとクリエイティブコミュニティにコロナが与えた影響については、もはや詳しく説明する必要はないだろう。しかし、当時の孤独な時間は、私たちひとり一人に、精神的、また感情的な変化を遂げる段階に入るために必要な「新たなスペース」を与えてくれた。作家たちはペルソナの研究に没頭したり、自費出版したりしながら変幻自在の旅を続けている。ここでは、パンデミックという精神的に貧しかった時代でも、旅を続けた3名の若手作家を選んだ。彼らは静かに時が流れていても、沈黙することを選ばなかった。シンガポール出身のウン・ソーク・テンは、徹底したリサーチと緻密な思考、ブックデザインによって、リミットは超えられると示した。カムナ・パタールは、マスメディアから集めた素材を使ってインドの複雑な現代社会を描いた。ショーン・リーによる『Young Love』は、人生の節目となる愛と喪失の記憶を呼び覚ます。
『Rules for Photographing a Scoliotic Patient』 Woong Soak Teng(The BookShow、2021)
作家自身が脊柱管狭窄症という、脊柱が狭まって神経を圧迫し、痺れた痛みが現れる病気を患っていたことを起点にした写真集。医療系のアーカイブ機関、Wellcome Collectionで見つけた医学文献やオブジェを用いたり、同じような症状を持つ患者とのコラボレーションをしたりしながら、脊椎に関するさまざまな発見や医療分野におけるイメージの役割、女性の身体に向けられる男性の視線、変形した脊椎と共に生きる人間を理解するためのリサーチを行った。
『In Today’s News: Alpha Males & Women Power』 Kaamna Patel(Edition JOJO、2020)
印刷メディアからの画像を流用するシリーズの第一弾。『In Today’s News』というタイトルから連想できるように、イメージの記号論を巧みに使いながら、ある時代の一般的なイデオロギーを浮かび上がらせる。ハーフトーンのイメージを使った表紙、綴じ方をあえて見せた背表紙、タブロイド紙、さまざまなソースから切り取られた画像などから成る本書は、私たちが生きる混沌とした現代社会を表している。
『Young Love』 Sean Lee(自費出版、2022)
若いカップルや友人たちをとらえたポートレイトが、廃墟感のある空間の中で生命力を放っている。17歳で急逝した同級生との思い出から生まれたこの写真集は、人生のはかなさを優しくささやきかけてくる。シンプルなレイアウトは写真を引き立て、観る者も自身の過去や青春を振り返りながら、思い出に浸ることができるだろう。「この作品は、私の青春と友人であるエスターに、きちんと別れを告げるための方法だったのかもしれません」という巻末に添えられた作者の言葉が切ない余韻を残す。
グウェン・リー︱Gwen Lee
シンガポール国際写真祭の創立者。写真を専門とするアート施設DECKの共同設立者。2013年、ゲーテ・インスティトゥート・シンガポールとナショナル・アーツ・カウンシルの支援を受け、ドイツで写真の研究を行った。2022年、フランス文化省より芸術文化勲章シュヴァリエを授与される。現在リニューアル中のDECKは、2025年に開館予定。