2 June 2021

川内倫子の日々 vol.5

同じ空の下で

2 June 2021

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川内倫子の日々 vol.5「同じ空の下で」 | 川内倫子の日々 vol.5

同じ空の下で

ちょうど一年前、一度目の緊急事態宣言の最中、自宅近辺でツバメの巣を探しては撮影していた。

予定していた仕事もプライベートの用事もすべてキャンセルや延期になり、ぽかりと空いた時間になにをしようかと思ったとき、ちょうどつばめの子育ての時期と重なったのだ。

フランスの出版社から鳥の写真集を出してほしいという依頼が数年前にあり、一度自分のアーカイブから鳥の写真を集めてまとめようかと写真を組んでみたがピンとこず、新たに撮影してつくりたいという意向を先方に伝えてあった。それはここ数年の宿題のようになっていたのだが、リサーチで行ったある場所に飛来する鳥の群れに興味をそそられ、夏に撮影しようと計画していた。しかしながら新型コロナの影響でしばらくは現地に行けそうになく、撮影が難しくなった。

それでふと、数年前に近所で見つけたツバメの巣が気になっていたことを思い出し、コンビニやガソリンスタンドの軒先をのぞきに回ったのだった。ご近所さんからの情報もあり、いくつかの巣を見つけて撮影したが、あまり満足した仕上がりにならなかった。

もう少し背景がシンプルな場所がないか探していた矢先、コタツ布団を丸洗いしたくて近くのコインランドリーに行ったところ、入り口の両脇の排気口の上にツバメの巣がふたつあるのを見つけた。背景は白壁だけど、すこし薄汚れている。でもストロボを当てたらきれいにとびそうだ。しかも脚立がなくても巣の中のヒナの表情も撮れそうだし、望遠レンズじゃなくても大丈夫そう。それなら三脚なくてもいけるな、なとコタツ布団を抱えながら撮影の方法を考える。布団を洗濯機に入れて回しているあいだに自宅に戻り、機材を持ってまたコインランドリーへ。撮影しながら洗濯が終わった布団を乾燥機に入れてまた撮影。乾燥が終わってちょうど撮影も終わった。

成果に満足して編集作業を開始したが、一冊の本にするには少し枚数が足りない。今日撮影した状況で、もう少し小さな、生まれたてに近い状況で撮影したいなと考えた。調べてみると、ツバメの巣は同じ巣を同じシーズンで二回使うこともあるということだから、また撮影できるかもしれない。

それからしばらくクリーニング店に通い、巣の状況をチェックすることとなった。数日で空になった巣に再びツバメが戻ってきたのは数週間後。前回撮影した雛は巣立つ直前だったので、きょうだいたちが窮屈そうで巣からはみ出しそうだった。今回は見るからに頼りないが、餌を求めて鳴いている声はとても力強い雛たちがいた。

それは写真集の構成を考えると理想的なサイズの雛だったので、再度撮影して最終的な構成が完成した。

ひとつの作品の制作過程で、ある時点になると自分が欲しい絵柄がなんとなく見えてきて、それが撮影できたらいいなあと毎日なんとなく思っていると、向こうからやってくることがある。毎回そうやって歩み寄って最終的に作品が出来上がるのだけれど、気がつけばそんな感じで20年以上経っている。毎回一つ作り終わってつぎはどうなるのか、もう作れないのかもと思いながら、なんとか続けてこられているので、身体が動ける限りは続けていきたいものだ。

今年もいるかな、と買い物ついでにクリーニンク店を覗きにいったら、巣にとまっている親ツバメの横に生まれたばかりの雛が顔を出していた。

川内倫子の日々 vol.5

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