8 April 2022

川内倫子の日々 vol.15

写真と言葉

8 April 2022

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川内倫子の日々 vol.15「写真と言葉」 | 川内倫子の日々 vol.15

写真と言葉

小学生の頃、交換日記が流行ったことがある。当時仲の良かったひとりとしばらく続けたが、たわいもない内容で、日記というよりは手紙のようなものだった。なんとなく物足りなくてもう少し創作的なものを書いてみたいと思い、もうひとり別の友人に声をかけ、3人でリレー形式の小説を書いてみようと提案した。自分はとてもおもしろいと思ったが、ほかの2人はそうでもなかったようで、いつのまにかそのやりとりは途切れた。

月日が流れて、写真を生業とするようになり、依頼の仕事が増えて精神的なバランスが取りづらくなった頃、なにか日課を持ちたいと思った。毎日なにかを続けることで、その時間だけは、鬱々とした気分から少しでも抜け出せるかもしれないと思えた。それで手軽に撮影できる携帯電話で写真を毎日一枚撮り、それと共に日記を書くことを始めようと思い立った。

公開しない個人的な日記だと怠けてしまって続かない可能性もあり、ある程度締め切りを決めないとずるずると書かなくなってしまうので、当時お世話になっていた出版社のホームページに、アップするようになった。数年後、それがある程度の量になったので、本として出版してもらえることとなった。

当時はスマホもなかったのでいわゆるガラケーの写真だったから解像度も低く、印刷するには4cm×3cmくらいの大きさが限度だったのだが、そのサイズ感を生かしたデザインで、有山達也さんが綺麗な佇まいの本に仕上げてくださった。そのとき有山さんに、「どうして文章を書くの?」と問われ、そう言われれば、どうしてだろう?と思ってから、日々のことを忘備録として残したいのと、そうすることで考えていることなどが整頓されるから、というようなことを言ったような気がする。

それはいまでも変わらないが、振り返ってみると写真では残せないものを残したいという気持ちがあるのだろうと思う。

撮影して現像する行為と体験して文章化する行為は、似ているけど少し違う。

写真は言葉にできないものを写せるが、文章でしか表せないものもあるので、お互いが補完する関係でもある。

似ているところは写真を一枚選ぶと次の一枚を連れてきてくれるところ。文章も1行書くと次の1行が現れ、その積み重ねでひとつのものが出来上がる。そうして俯瞰したときに、無意識下にいたものが立ち上がって見えることが、自分にとって次へ行ける糧になる。

とくに出産から子育ての記録として「fasu」(旧Milk japon web)というwebマガジンで連載したものを中心にして「そんなふう」というタイトルで書籍化した本は、いま思うと仕事と子育て、家づくりなどで忙殺されそうになりながらも、隙間の時間でこつこつと書いておいてよかったと思う。文章化することで、初めての子育てによる戸惑いや混乱を整理することができたし、残していなかったら細かなエピソードなどはすっかり忘れてしまっているだろう。いつか子どもが成長したときに読んでもらえるといいなと思う。

自分のように自ら書いてみたい、という思いではなく、周りから請われて書き出した友人がいる。熊本で橙書店を営む、店主の田尻久子さんだ。

10数年来のつきあいがあるが、初めて彼女の文章を読んだのは、熊本で発行された小冊子で、水俣に出かけたときのことを書かれたものだった。すっと読めて読後じわりと余韻が広がり、もう少しつづきが読みたい、と思ったのは、いまでも彼女の文章を読むといつも感じることだ。押し付けがましさは微塵もなく、なにも言わずにそばに寄り添ってくれるような距離感と、膝の上に座っていた猫が、すっと立ち上がっていなくなってしまったときのような読後感。それは久子さんの在り方そのもののようで、ある意味猫のような人。

そんな彼女の文章の魅力にいち早く気がつかれたひとりが、編集者の川口恵子さんだ。久子さんの1冊目の本「猫はしっぽでしゃべる」の執筆を依頼されたと聞いたとき、わたしもまとめて彼女の文章読みたかったから、とても嬉しかったことを覚えている。いいじゃない、ぜひ引き受けなよ、と言ったあと、「でも断ろうと思っているんだけど、、」と後ろ向きだった久子さん。書いてほしいなあと思いつつ、彼女の尋常ではない忙しさも知っていたから強く勧められなかった。

それからしばらく経ち、久しぶりに店に行くと、「あの話だけどね、断るつもりで電話しようとして、顔を上げたら川口さんがお店の玄関に立っていたの。それで引き受けることになって,,,」川口さんは直談判するために予告なしで熊本に来たそうだ。川口さんナイス。

その1冊目の本が出版されるまでのあいだにも、彼女のもとにはつぎつぎと執筆や書き下ろし本の出版依頼があり、本人はとても大変だろうけれど、久子さんの文章が読めるから嬉しいなと思っていた。

そうして無事1冊目が刊行され、著者インタビューのためのポートレート撮影の依頼を雑誌『SWITCH』から受けた。そのときに編集者の新井さんから久子さんが文章を書き、わたしがその文章に写真を添えるという連載企画をいただけた。願ってもないことだったから、二つ返事で引き受けた。

連載は3年続き、それを1冊にまとめた本が先月刊行となった。タイトルは「橙が実るまで」久子さんの幼少期から、お店を出すことになるまでの記憶の連なり。いままで聞いていたエピソードもいくつかあったが、文章になることで彼女の抱えていたものがより深く伝わってきた。

選んだ写真を並べていくと、彼女の記憶と自分の記憶がひと繋がりになり、意図していなかったけれど、この本のためにこれらの写真を撮影したんだなと思えて、ある日の過去の自分が昇華したような気持ちになった。

川内倫子の日々 vol.15

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